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 振り返ったのは偶然だったと思う。

 いつもと同じ日々を消化し、言葉を消化し帰ってきた帰り道にその人はいた。


「僕はねえ、とっても偉い人だったんだよ。」


 少しシミの目立つ服を着ながらそれでも臭が気にならないからとても身なりに気を使っている人だったんだと思う。


「僕はね、えらいけど馬鹿だったんだ。」


 聞いてもいないのに語りだす大人はなんなのだろう。自分の過去を昇華したいのかそれとも私をとどめるために音を切らさないようにしているのか。大人という言葉を使って嫌悪したがる私は十分大人だった。


「女の人よりもやっぱり男のほうが使えるじゃない?」


だから酷い扱いをしてしまったと彼は語った。しかし語りたいのは結構だがそれを口に出してしまう時点でまだ彼の価値観が変わっていないという証明になってしまっている。


「なにも、学べない人なんですね。」


ふと零した言葉は思ったよりも温度が低く、また彼への興味のなさが言葉としてありえない軽さを持って消えていった。目の前の彼は目を剥く。そのきっと手入れしてあるだろう髪や、ヒゲや、すべてがどうでも良かった。


「何も学んでいないのに私に何を話したいのですか?」


目に薄い膜が張るのが見える。目の中に感情が飛び散りしぼんでいくのが見える。いつだって誰だって、純粋な感情が絡み合うのは綺麗だ。


「あなたが奥さんに捨てられ、娘さんに罵倒され、愛人に騙されて、それでも愛されたいのは分かりました。」


かっとたるんだ頬に赤みが差す。


「分かりました。見えますから。あなたの感情なんて」


「だから。どうした。ですよ。」


小娘に人生を語り、山と波と感動を語り、少しでも過去を清算しようとする大人。

他人に助けをずっと求める人種、求めざるを得ない人種、諦めきれない他人との付き合い。


「寂しさを盾にしようとするのはずるいですよね。みんな本能的に寂しいというのに。」


少しだけ大人気ない言葉を投げつけ飲みかけのコーヒー缶を捨てる。中身が入っている分とても汚い音がした。


「でもだからこそ貴方は愛される人ですね。」


厚い雲は凶悪な色となって日の沈んだ空を占拠していく。ああ、ひどい天気になりそうだ。

他人にあげる優しさなんて持ち合わせない私はただイラつきながらお金を投げつけた。

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