亡者の契約
頬が両方とも湿っていた。
「本音ではありません。ただ、現実はそう簡単に変われるのではないと痛感しているのです」
何とも言えない悔しさが心から込み上げていた。それを慰めるように、夜行は小夜を優しく抱きしめた。
「本当に変われると言ったら、おぬしはどうする?」
「それは誠ですか」
「我と契約すればいい」
夜行が言うには、夜行は結構力がある者で、契約という名の交じりをすれば同じ力を得られるということなのだ。ただし、同じ力を授けることは勿論、人間では耐えられるものではない。そのために、一回生まれ変わる必要があるという。つまり、死を表す。
「得られる瞬間に、今まで味わったことがないような痛みが伴う。それでもいいというなら、我なりに全力で手伝い致しよう」
生まれ変わるという言葉を小夜にはまだ聞き慣れないものであった。普通の身体に戻ったら、何をしよう?今まで、障子のマスを数えることだけが趣味だった私がまた色々なものに触れるというの?危険な雰囲気に触れたいと思うと、ゾクゾクした。
「生まれ変わるのにどんなことをすればいいのです?」
小夜は決断した。やはり、この弱々しい身体で逝くのも本音ではない。健康な身体を得て、外の世界を見回したい。
「我は人間ではない。正しい表現をすれば、妖と言えようか。妖というものは、特殊な力が潜んでおり、時には意思に反して暴走する場合がある。同時に自身は消え、ただの化け物に凶変する。そうならないために、生まれ変わったら直ぐ、おぬしを封印しなければならない。
封印といっても、力を発揮させないためであって、段々コントロールできるようになれば、自然にその封印は消える。まあ、完熟するまで、我の監視下に置くということだな。それでもいいか、小夜よ」
「身体は普通に動けるのですか?」
「もちろんだ。力が暴走しない限りな」
小夜にとっては美味しい話だった。普通に動けるなら何でもいい。痛みなんぞ、元々普通じゃない身体に生まれた時点で失われた。生きていることを実感出来なかった。一回死ぬこともあまり恐怖を覚えなかった。亡者家に生まれた私はまた亡者なのだから。
「では、お願いします」
声を落とし、身を夜行に授けた。
「そのまま逝くがいい。そしてまたここに戻ってくるのだ。我はいつでもおぬしを呼び続けるから」
力強い腕の下で深い眠りに落ちる。同時に私の名前を呼び続けていた。途中で耐えられずにそのまま堕ちないよう、呼び戻すためだ。この未熟な身体に、今まで味わったことがないような痛みを味わさせてもいいのか。夜行もまた迷っていたが、小夜の揺るがさない強い目で訴えたのを思い出し、同時に強い決断を下した。少しでも、小夜が健康に動き回せるよう、笑顔を沢山見れるよう、この我に手伝えることがあれば何でも致しよう。
何故この時期に、小夜を守る義務を与えられた理由を今なら何となく理解できた。我は、小夜を守ることで、また生き甲斐を見つけられるからなのではないだろうか。まだ守る理由が見つけられなくても、きっと我は小夜の笑顔をみることで満足出来よう。
夜行の溢れる力を少しずつ小夜に分けていった。朝日の頭が完全出てきたっていうのに、また沈んで周囲は真っ暗になっていった。異常な気候に周りは驚きを隠せなかった。ばあばが小夜の様子を見ようと、隣の障子を開けるが、鍵が閉まっているように開けられなかった。そんな馬鹿な。今までこの私に反抗したことがないというのに。
「小夜!どうしたの!返事しなさい!」
大声で小夜を呼んでも、返事をくれない。ばあばの声が響くだけであった。箪笥の奥に潜んでいる鍵を取り出した。障子の鍵穴に鍵を入れようとするが、長年使っていないからせいか、合わない。不安が更に広まり、ついには鎌を取り、障子ごとを壊そうとした。腕を振ろうとすると、障子から電気が発したようにばあばごとが奥にある箪笥まで飛んでしまった。強い体当たりをしてしまい、そのまま意識を失ってしまった。その時に大きな黒影があり、腕の下に眠っている小さな女の子がいるのが見えた。
邪魔するな
その赤い目が更に恐怖を与えており、ばあばは完全に意識を失った。




