仕事が無い日の狩り
「諸君らの疑問は最もだが、自然の中での狩りは知識と実践をよく理解するための手段の一つだ」
「知識と実践は違う…、正しい知識なくては実践は意味が薄く、正しく実践をしておかねば知識は役に立たない」
「まあ、ノルマを達成せねば今晩の飯は随分寂しいものになるぞ、がんばりたまえ」
魔法式を展開、術理を現実に展開させる場所は様々だ。認識箇所で任意に発動できるというのが現在の魔法式の利点だが、これは術者の認識能力に多分に左右される。
最も広い意味で「認識」する際に用いるのは「視覚」だ。見ている場所に対し、魔法式を展開することで発動を行う。次に「触覚」も用いられる。特に医療系の術式を修める術者は、自身の医学的知識も併せて用いる。
理論上は、認識・感知できる場所の情報を得られるならそれを元に術式を展開できる。ただ、展開場所の情報が少なければ少なければ少ないほど魔法式が術理界面から現実へ効果を及ぼす力は弱くなる。
視覚以外の認識能力も併せて用いる必要があり、魔法式が認識空間や物体の法則を改変する為の解析が上手く働かなくなるのだ。不完全な改変では、力が弱すぎ世界の普遍性に弾かれてしまい、効果は一切発揮されない。
一応、遠距離を認識する為の望遠鏡などは存在するが、高度な硝子加工技術が必要な事や戦いで戦況分析に必要な事から、まだこちらの大陸では需要に対して供給が間に合っていない。
魔法式の中には、水をレンズに形成して遠距離を観察できるようにしたものや、大気の圧力を変化させてレンズに形成するものがあり、どちらも<遠見>と呼称される。ただ遠距離攻撃に用いるには攻撃魔法と同時発動する多重魔法か、あるいは攻撃魔法に組み込んだ遅延術式を応用する必要がある。ただそれも、視覚のみに認識能力が限定されるため、術式が効果を発揮するまでの現実改変に時間がかかり動作速度はどうしても遅くなる。
探索者の間では単体での観察や偵察など、一般においては景色を眺めたり、一部では覗き行為をする際に用いられる。
「…えーと、地上1000mの位置を光学的に”認識”して、その位置に氷塊を作った上で<気体操作>により空気抵抗を実質無視させて、自由落下させた上で術者の直接視認範囲に操作して落とす<雹殴>…って、なんでこんなめんどくさい術式あるのよ」
「魔力が少ないから、最小限で最大の効果を出したかったんだって。氷を固めるのと、それが落ちてくるまで時間かかるから、前もって準備できる奇襲にしか使えないって言ってたよ」
「…まあ、上空認識用のこれがバカでかいから準備に時間かかるのも考えると、奇襲用よね」
少年が視線を落とした丁度その先に、上空1000m上の空の光景が拡大して表示されている。<遠見>の変化形であり角度を変えれば周囲を見渡す事もできるが、人も物もそのままでは豆粒にしか見えない。
少年と少女は、街の外において野生の獣の一種、打撃豚の狩りをしていた。予定されていた引っ越しが伸び、未だ同室での生活を余儀なくされる中、気分転換にと親方代理のガルドから行って来いと言われたのだ。
「ま、ミユの見立てで打撃豚辺りはイケると思ってな。街道沿いに出てるってからなりたて初級の傭兵辺りにも討伐依頼が出てる、お前らも気分転換がてらいってこいや」
との事だ。
そして街からあまり離れていない街道から少しだけ外れた草原で、魔法書の理論を確かめるべく突撃豚を探している。
突撃豚、または打撃豚。逃げ出した豚が魔獣化した猪と交配した結果生まれた、直線速度が非常に早い猪豚のような野獣である。平均的な成体で人族の成人二人分程の体重があり、牙は無いが頭部が固く、十分な速度で突撃すると村の柵が吹っ飛ばされたり、家の壁に穴を空ける威力があるため、下手をすると死人が出る。
縄張り意識が強く繁殖力はそこそこで、肉食ではないが樹木すら倒して栄養にするなど食欲は旺盛。捕食者が居ないと山一つがいつの間にか禿山になっている事がある。肉食獣や魔獣に狩られるが、集団で突撃する事で逆に倒す怖さもある。
初心者を脱した傭兵や探索者にとっては、旅途中での重要な食料になるため、この周辺を旅する場合は血抜きと解体の方法を学ぶ事が殆どである。
「…いた、ちょっと西の方。地面を掘ってる」
少女は自分の視界に映る「窓」の映像を見ながら応える。これは<三人称視点>という最近組み上げた視覚拡張用の魔法式だ。
遠い場所の光景をそのまま拡大する<遠見>と比べ、少女の使う<三人称視点>という術式は、少々違和感があるが慣れると通常の自分の視覚より周囲を見渡すのに便利であった。
奇襲用の<雹打>を構成する術式の要素の一つだったが、少女は解析の末に視点位置を自身の後頭部少し後ろから最長で5mの位置まで変える事ができる術式を創りだした。自分の通常視界に丁度、ゲーム的な窓が追加されるようになっている。こういった改変は、魔力量と知識に余裕と広さがある少女故の発想だ。
将来のロボット作りの為、視界の確保方法の獲得は大きな収穫だとか。
それはさておき、様子を伺い続ける少女に焦れ、思わず問う。
「どう、群れだったりする?」
「いいえ、小さめのが一匹だけね、丁度いいかも」
攻撃用の術式で仕留めてもいいが、小型とはいえ小銭稼ぎも兼ねているため、なるべく外皮も傷つけたくなかった。慎重に近づいて二人は様子を伺う。
できれば50mより近くに寄りたいが、相手は野生の生物だ。感覚の鋭さからすると既に危険域である。弓や弩弓については、二人の腕前は素人に毛が生えた程度だったため持ってきてはいない。
「二人共ヘッタクソだったのはショックね…」
「いわないで、ミユ姉…」
迂闊!と少女は内心、自身の甘さを呪った。
既に突撃豚はこちらに気付いていたのだ。最大速度で早馬と同じ速度を出せるため、できるだけ遠距離か、身を隠せる地形で速度が乗らないよう対処するのがセオリーだったが、魔法式を過信した二人は窮地に陥っていた。
速度が乗る、一気に距離が詰まる。驚きにより少女は棒立ち気味だ。少年は少女の様子を見て咄嗟に地面を蹴り、少女を突き飛ばす。そしてそのまま身を翻すと、腰から短剣を引き抜き、切っ先を真っ直ぐに突撃豚に向ける。
「そんなっ…!」
そんなもので、と言いたかったが言葉が続かない。少年は緩い構えで短剣を向けている。迎え撃つにせよ、それでは手からスッポ抜けるのが関の山だ。その後はすぐに少年が突き飛ばされる光景が思い浮かぶ。少女は、受け継いだ記憶から交通事故の事を思い出し、表情を青くする。脳裏に起動の早い攻撃用魔法式を呼び出し、展開しようとする。秘匿していたいくつかの術式の一つだが、四の五の言っていられなかった。
しかし、それは杞憂だ。少年は意思を込めて真っ直ぐに突撃豚を見る。少し上に短剣を水平に掲げる。まるで刺突用の剣を構えるかのような奇妙な動き。
「<火口>!」
目眩ましの熱と光。ほんの少し、ほんの少しだけ突撃豚が怯む。その一瞬で十分だった。
「喰らえ!」
空気が炸裂するような音が鳴り、少年の手元で鈍く短い打音が響く。手元から短剣が弾き飛ばされて水気を帯びた音が響く。手の部分から砕けた氷の欠片が飛び散っていた。
少女が視線を移すと、突撃豚の眉間から目寄りの、柔らかい部分に深々と突き刺さった姿が見て取れた。額の硬い部分より下、急所である。
「ギピィ!?」
勢いはすぐには減衰しないが、突撃豚の足は動くのを止めた。比較的小型だったとはいえ、少年よりは大きな突撃豚が盛大に地面を抉りながら倒れ伏した。
もしも勢いそのままに少年にぶつかっていたなら、速度の乗った馬に体当たりされたように吹き飛ばされていただろう。
少年は落ち着いて周囲を見渡すと、まるで息をする事をようやく思い出したかのように大きく深呼吸して地面にへたり込んだ。
「い、今のは?」
脳裏の術式用仮想領域に展開していた攻撃用術式を破棄し、座り込んだ少年に問う。
「応用、になるのかなぁ? 上から手元に落として、地面に来る手前で空気の筒に通るように、最後の所で固めた風で加速して、目の前に曲がってくれるようにしたんだ」
それで、短剣の尻を叩いて飛ばしたのだと少年は言った。
<雹殴>自体は、上空1000mから空気抵抗をほぼ無いものとして落下させるとして、氷の大きさは大人の拳程の大きさだ。十分に加速した所で、頭部などの弱点や急所に直撃させなければ割れ易い氷塊の打撃力は高が知れている。より殺傷性の高い氷柱を作って落とす方法も魔法書には記載されていたが、安定して垂直に落下する落とし方や先端部の氷をより強く圧縮するにはまだ少年は術式への理解力が不足していた。
今回少年は、氷塊の持つ質量と加速によるエネルギーへ空気による更なる加速を加えた上で、もっと固い物へ全てのエネルギーを伝えさせた。それを突撃豚の急所へ直撃させたのだ。運悪く別の場所に突き刺さったとしても、<火口>が牽制となった位なので、避けた上で方向転換して戻ってくる突撃豚へ再び短剣を射出できれば止めはなんとかなっただろう。
「いい発想じゃない。相手が動いてると当てられなくなるから奇襲用だったけど、これなら戦う必要のあるときに使えるんじゃ?」
「うーん? でも氷を落とすと決めて落ちてくるまでほんの少し時間必要だし、咄嗟の時に使えないから、不意打ち位じゃないかな」
「ああ、杭を持って無いとダメだったりするから、そうか」
「次はもっと色々試したいな、そろそろ戻ろう?」
「おっと、もう傾いてるわね。ガルドさんから<解体>の護符を借りてるから、ばらして持って帰ろ」
護符の中には、比較的遭遇数の多い野獣や魔獣専用に、魔力の恒常力が失せた後なら解体を行えるものがある。少女が借りてきたのは金属製のそれで、血抜きと解体が行えるかなり高度な代物だ。
仮死状態にしての解体ではないため少しばかり血の臭いが強く残ってしまうが、腕の良い狩人が解体する程では無いにせよ、標準的な探索者が狩るよりはよほど上等な部類である。
護符の動作が完了し、ひと通り解体が終わる。血は護符の術式である程度は流しだされるので、地面に穴を掘って埋めておく。内臓は内容物を出しきった後、<洗浄霧>を応用した術式で洗って<保存>をかけ、他に用意しておいた革袋に放り込む。
「いよっと!」
少年と同じ程度の大きさの突撃豚。それをちょっと大きな荷物程度の感覚で少年は担いだ。力強く地面を踏みしめているが、必要以上にふらふらとはしていない。
「大丈夫? 半分にして持とうか?
「大丈夫だよ、村でも狩りに出る人の手伝いで獲物を運んでたんだ」
成人程度の重量なら担いで持っていけると言う。ただ、それを鍛えたのはかの先生の奥方である。子供の頃の過度な鍛えは成長を阻害するのだが、そこは青年先生が子供一人一人を見極めつつ奥方に鍛え方の方針を伝えていたため、親がなかなかの力自慢であった少年は他よりは多くの鍛錬を積んだ形となっていた。
「結構たくましいじゃない、いい筋肉だわぁ」
「や、やめてよ、持てるって言ってもバランス取らないといけないんだから」
「はいはい、それじゃ頑張るんだぞ、男の子?」
「うん」
突撃豚の肉は獲った日に食うより、少々寝かせた方がより美味い。ただ専門の知識による処理と施設が必要な為、肉の買い取りに出す予定だ。状態も良いので、外皮の代金も合わせると子供の小遣いの範囲を超えた稼ぎになる。
目算の通り、その日の夕飯から数日、二人共腹いっぱい食べ、食べ過ぎて、痩身のため運動量を増やさざるを得なかった事を付記しておく。
物理の力を可能な範囲で活かしてるのが、かの青年先生の戦闘用魔法式です。変則的すぎて即応力に若干欠けるものが殆どなので、どれも術式への理解と事前準備が重要です。
ミユの<三人称視点>は、受けた光学映像を一度情報にして脳へ直接送り込んでいます。フィルタリングを工夫すれば夜間も視界が得られますし、目眩まし対策も搭載済みです。
人間の視覚というのは面白いもので、光学的にはそのまま送り込まれてくる情報を脳が一括処理して整理する事で我々は視覚を活用できていますが、脳という処理中枢が無ければ目は単なるレンズ、網膜はそのままごちゃっと映像を受けるだけだったりするそうです。
脳が感知、処理できるのなら…、もっと実は色々見えるものが増えるのでしょうね。
10/14日、書き殴り状態からちょっと手を加えました。




