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プロローグ

 街や都市からは離れた、ただ豊かで長閑な農村。


 そこに住む住人にとっては、住む村が世界の全てだった。村が所属する国家はあれど、ただ「国」とだけ村人たちには認識され、それが当たり前だった。その地域を治める領主も居たが、村長を除いてただ領主様とだけ呼ばれた。


 国の政策で、村には小さな教会と学校が作られていた。政策の決定はおおよそ50年ほど前。国の中央でも大きな貴族の一人が、国を豊かにする為と当時の王に進言し、反対する勢力にも粘り強く交渉を重ねて取った政策である。政策は功を奏し、今では老人を除いて殆どの住人が共通語の読み書きと簡単な計算ができる。そして、その副産物として国で暮らす人々の殆どが初級の魔法と魔法式の概念を理解するようになった。魔力自体は小さくとも、生活に便利な魔法を誰しも扱える事は、細かい不便さを駆逐する事で国力を押し上げた。


 十数人程度が村の学校に通う。先生は3人居て、一人は今の大人たちも教わった事のある老人。最近は無理が聞かぬと嘆いているが、老人らしからぬ体躯と力仕事も畑仕事も難なくこなす膂力から、この老人は長生きすると囁かれている。老人のげんこつは、子供達はおろか今の親の世代にとっても恐ろしい代物だ。


「じいちゃんせんせぇ、おとーちゃんがかーちゃんと喧嘩して泣かせた…」

「またか! 何で喧嘩したんじゃ?」

「昨日、記念日の夜なのに飲み過ぎて真夜中に帰ってきたの」

「…そうか。結婚して8年目じゃったのう、後で説教しておく」


 これである。子供の告げ口というのは色々問題はあるが、夫婦仲の事で子供が泣き腫らした顔で学校に来れば、これはもう老人にとっては「説教」ものである。尚、老人の説教にはげんこつが付き物である事を付記しておく。


 もう一人は、ほんの数年前に赴任してきた青年。表情の変化は分かりづらいが、穏やかな声音で話し、授業も丁寧。体力は村の男衆と比べると低いが、それでも休日は奥方と自分の畑を手入れする姿が見られた。


「先生、これでいいですか?」

「よしよし、<火口>の魔法は小さい火だけど、使う時は十分気をつけるんだよ」


 ある日の授業。生活に使える魔法の一つに<火口>がある。国の魔法研究院が定める階梯では、最も初級に位置し、また当たり前の魔法。ほんの数秒だけ、指定した先に魔法の種火を生み出す魔法だ。


「すげぇ…、ほんとに俺、魔法使えてる…」

「ちょ、こっち向けんな!」

「ごめん。でも、びっくりだよ…」


 初めて自分で使える時の興奮は、親世代も子供達も共通の感動が漏れる。何度も使う内に当たり前になってしまうものではあるけれど。


「攻撃用の魔法って教えてくれないの?」

「既に教えた式をある手順で組み合わせると使えるよ」

「え、じゃあ組み合わせ方おしえてよ!」

「ダメだ」

「えー、つまんなーい」

「許可免状を取らずに攻撃用魔法を唱えたら、牢獄入りだぞ」

「…ろ、牢獄」


 日常では馴染みのない言葉である。村では殆ど牢獄入りする人物などは出ない。村と近くの街を繋ぐ街道で行商人を襲った盗賊が出た時は領主の命令で討伐隊が編成され、村の宿屋に泊まっていた盗賊の仲間らしき男が兵士に引っ立てられた事があった程度である。


「考えてもみなさい? 初級の魔法でも、真正面から喰らえば普通の人なら怪我をする。この国の人は最低限でも、使い方を間違えれば人に怪我をさせる位の魔法が使える。そんな力を無分別に振るわれたら、怖くて外を出歩けない」

「だから、許可免状が必要?」

「そう。許可免状と言っても、持っているからと人に攻撃魔法を使って良いという訳でもない。使っていいのは、狩猟の時、人を襲う獣や魔物と出会った時、あとは、悲しいことだけど…」


 青年は複雑な顔を一瞬して、質問してきた生徒の表情を見る。


「盗賊や、あるいは、戦争のときだけなんだ。それだけ、魔法は危険な大きな力なんだよ」

「…ごめんなさい」

「先生は、許可免状を持ってるの?」

「一応ね。先生になるためには、必要な条件なんだよ」

「すげー、俺も父ちゃんみたいに狩人になりたいから、許可免状とりたいなー」

「14になったら試験に合格すれば取れるよ、今から勉強かな」

「うう、勉強かぁ…うん、頑張るよ」

「その意気だ」


 最後の一人は青年の奥方。臨時で教鞭をとる立場だが、内容は授業というより訓練というべきもので、ナイフや棍棒、槍や盾の使い方、村の周囲に生息する生き物の事から、弓と罠による狩りの仕方、遭遇する可能性のある魔物の生態と、遭遇時の対処を時には知識で、時には腕力と実践で教えこむ。


「とったどー!」

「おねーちゃんせんせー、大兎がとれたよー」

「よーし、すぐに血抜きと内臓取りを教えるぞー。血に慣れてないのはここで慣れときなさいよ」

「「うぇぇ…」」

「なっさけなー、男でしょ。この位で青い顔してどーすんの」

「おねーちゃん先生が慣れ過ぎなんだよー」


 青年の奥方は、少々強烈で村でも有名人である。よく通る声で話し、村の男衆に平気で混ざって酒をかっ食らう。腕力も強いし、平均より恵まれた魔力で身体強化の魔力を扱うので、腕っ節で敵う男衆は居ない。それでいて顔は幼めで背が低いので、魔物対策の村の駐在兵に新人が来る度に、巡回でよく補導されるらしい。


 村に住む一人の少年。両親の牧畜業を手伝う傍ら、学校に通う次男坊。長男は家を継ぐ決心をして、既に実家の舵取りを祖父と父について学んでいる。少年は兄が家を継ぐと聞かされてから、卒業したら街の方まで出て仕事を見つけると両親に告げている。元傭兵の祖父はやんわりと反対していたが、両親と兄は定期的に連絡する事を条件に承諾してくれている。


 少年は3人の先生の内、青年の教える魔法の授業が特に好きだった。青年の魔法は初級魔法だけであったが、生徒の一人一人に合った魔法式の手順を教え、魔力を浪費しない事を第一に考えられていた。青年は生来、魔力が低いという事で既存の魔法式では魔法が発動しなかったそうで、魔法を使うための式を研究し、どうにか初級魔法に定められたものを使えるように構築しなおしたという。


 中級から上級の魔法であれば、魔力消費を抑える魔法式の構築と研究は重要ではあるけれど、殆ど魔力を消費しない初級魔法においてそんな工夫は必要ないというのが通説だった。半刻程度、連続で初級魔法を使えば確かに魔力の消費を体感できるかもしれないが、日常生活での使用において魔力の枯渇を体感する事はほぼ無いに等しい。



 魔法。術者の意識下に魔法式を組み上げた後、魔法式をイメージした先に転写する事で、世界の法則に一時的な介入を行い、事象を変化させて望む効果を得る技術である。魔法の発動時、光る幾何学的な模様が見えるのは流し込まれた魔力が魔法式を作動させている事を示す。魔力については、魔法式を自分の意識下から転写した後、望む結果を得るために魔法式を作動させる時に消費される。自分の意識下での組み上げや、転写だけを行った場合は、魔力は消費されない。


 魔法式は、術者だけが組み上げ、変化させる以外に、転写をした時点で止めて複数の術者で組み上げ方をいじる事ができる。中央の魔法研究院ではこれを「記述開発」と言い、新しい組み合わせを日夜、研究しているという。



 少年は、同じく学校に通う子供達と較べて魔力が強い。ただこれは、魔物退治も仕事の一つとしている冒険者の内、攻撃魔法を専門とする術者の平均と同程度のものに過ぎない。国の大多数を占める人族は生涯で魔力の量は変わらない為、一定以上の魔力を持つ者以外は魔法を生きる糧にする事を早々に諦める。


 一定以上の魔力を持つ者は、ある者は国の魔法研究員となり、ある者は魔力の底上げや補助をする護符作りをする護符屋に、またある者は一攫千金を求めて冒険者となる。ほんの一部には不届き者も居るが、末端とはいえ一定以上の定期収入と身分が保証される魔法の研究員の立場は犯罪者に身を窶すよりよほど魅力的なため、魔力が大目であれば積極的に中央への就職が勧められる。


「冒険者になる積りなのかい?」

「憧れるけど、家族が心配するから護符屋か魔石屋とかがいいかなって」

「なるほど、最近は需要が伸びてるからね」


 護符。護符は、魔法を使う際に転写済みの魔法式が記述されていて、護符ごとに指定された手順で魔力を流すだけで魔法を扱える。記載した素材によるが、魔力を流す度に素材が傷んでいくので基本的には使い捨てである。ただ、意識下での魔法式の構築と転写が必要ない事から即応性が高いので、用心やお守りにと持っている者が居る。尚、過去の大魔法使いが開発した魔法式は魔導書や巻物に残されている事が多いが、護符と本質的には同じで、記述された素材や形態が違うだけだ。


 魔石。鉱山でたまに見つかる透明度のある石で、特殊な魔法式を表面に記載しておくと内部に一定の魔力を貯め込む性質を得る事ができる。溜め込める量は基本的に魔石の大きさに依存し、手のひらサイズの標準的な魔石で中級魔法一回分程度の魔力を溜められる。魔力を引き出し終わると空になるが、また魔力を込めておけばいつでも引き出せる為、冒険者は仕事以外の時間で魔石に魔力を込めておいたり、魔石屋で依頼して魔力を込めてもらう。標準的な魔石一つの値段は、中堅どころの冒険者の一回の仕事料と同程度のため、魔石の所有が駆け出しとベテランを見分ける手段の一つともなっている。


 冒険者にしてみれば、いざという時に中級の攻撃魔法が自分の魔力消費無く使えるのだから、命を繋ぐ意味合いからも半ばお守りのように魔石は用いられている。尚、魔力が低く初級魔法も苦労する一般の住民にとっても、日々の便利を得る為に小さな魔石が普及している。自己の魔力と小さな魔石の魔力をあわせれば、必要量の多い魔法も使えるからだ。最近は便利な魔法が次々と開発されているものの、必要な魔力量が増えたため標準的な魔力では扱えない事も多く、これも魔石の需要を引き上げている。


「中央の魔法研究院は目指さないのかな?」

「無理だって。勉強、そこまで得意じゃないし」


 青年の勧めは最もだ。中央での仕事ができれば生活はかなり保証されている。ただ、少年にとっては中央は見たことも無い、聞くだけで頭がくらくらする都会である。そんな所に田舎者の自分が行った所で馴染める訳が無いと考えていた。


「先生は、村に来る前は何をしてたの?」

「中央の図書館で司書と、ほんの少し、記述研究の手伝いさ。ただまあ、魔力が殆ど無いから本格的にはやってないよ」

「殆ど無いって…、でも畑を焼く時に中級魔法の<火球>だっけ、あれ使ってたじゃん」

「ちょっとだけ冒険者のまね事をして旅もしてたんだ、その時、標準魔石もいくつか手に入れてたから、それで使えるだけだよ」


 そう言って、標準魔石を少年に見せる。


「私の魔力じゃ、これ一杯にするだけでも一苦労さ。旅をしてた時は、街で毎度、魔石屋に頼んで込めて貰ってたんだよ」

「なるほどー、そんで、旅先でねーちゃん先生をゲットしたのか」


 にやけ顔で少年が言うと、青年が引きつった顔になる。


「…あのな、それは事実だけど結婚のために旅をしてた訳じゃないぞ」

「知ってるよ。古いのから新しいのまで、色々な魔法式を探して旅してたんだろ、旅の途中で商隊の護衛してて、たまたま同伴したねーちゃん先生と一緒になったって」


 端折っているが事実である。最初の顔合わせから街道途中で盗賊に襲撃されるまでの間、強そうでも無く、魔力も殆ど無い青年は見下されていた。盗賊の襲撃時、的確な動きで盗賊を翻弄し、仲間を支え、どう探ったか盗賊の頭を気絶させた事で評価ががらりと変わった。


「まあ、そうなんだが。誰から聞いた?」

「ねーちゃん先生に。一目惚れしてアタックして、よーやく落とせたって言ってた」

「…」


 これまた事実である。商隊の仕事を終えた後、他の冒険者や傭兵が青年に称賛の言葉を言って笑顔で挨拶して去る中、複雑な表情で彼女は青年の前に立ち尽くしていたのだ。


「言ってたよー、枯れた老人みたいな事ばっか言う癖に人の困りごとにはすぐ頭突っ込んで、そのくせ、腕っ節は弱いのに機転と度胸だけはあって、それから…」

「もういい、わかった、色々聞いてるのは理解できたから!」


 惚気話を自分で言うのもそれはそれで周囲の被害が甚大だが、人伝てに聞かされるのがどれだけ当人にダメージになるかはまだ、少年には早かった。


 血気盛んな若者が街を目指したり、遠くの仕事の為に通りかかる冒険者が居るほか、たまに家畜や作物に獣や魔獣の被害が出るが、人的被害や騒ぎは皆無。兵士の配置や巡回が適切な領主の手腕もあり、変化や娯楽は乏しいが、多少の贅沢をたまに楽しむ程度の余裕のある平和な時間が、村には流れている。



 学校の年長組が進路を決め始めた頃、少年は青年にこう切りだされた。


「卒業するまであと半年、大抵の事は教えた。街で魔法関係の仕事をする時、ちょっとだけ役に立ちそうな魔法式を覚える気は無いかな?」

「え、いいの? っていうか何を教えてくれるの?」


 後に近代魔法式開発の父と歴史に刻まれる少年は、後年こう語る。


「先生が教えてくれた原型魔法式こそが、私の開発した魔法式全ての基礎なのだ」と

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