表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

第五.五話「暗闇の中の手」

5.5


 真人が非常階段を駆け上がる二十分前、灯は、あてもなくキャニオンの中をとぼとぼと歩いていた。


 あーあ、また失敗しちゃったな……。

 灯は、ショーウインドウに映る自分の顔を、ふと見つめた。目の周りが、少し赤く腫れている。


 真人のバカ……。私だって、勇気出して、誘ったのに。やっぱり、ちょっと勢い余って、派手すぎる水着を選んでしまったのが間違いだったのかな……。


 灯は、少しうつむき、しょんぼりとする。そのまま歩いていると、中央の噴水の所についた。噴水の周りを緑色の植物が囲み、上から照らされる太陽の光で、水がきらきら光っている。ふと横を見ると、そばのベンチに同い年くらいのカップルが座っている。それを見て、また落ち込む。


 どうしてこうなっちゃうんだろうな。


 灯は、胸につっかえる、曇りがかった気持ちのやり場も分からず、そのまま左の奥の通路へと入っていった。


 私だって――。


 灯が、そう思った時、がたん、と大きな音がした。え、何?

 次の瞬間、通路の照明が突然切れた。突如、灯の周りを暗闇が包む。


 え、え、何? どうしたの? 停電?


 あまりの突然の出来事に、灯はただ立ち尽くすことしかできなかった。まだ暗闇に慣れていない目では、何も見ることもできない。遠くの方で、かすかな悲鳴や、足音が聞こえる。さっきのカップルだろうか。そう思って、噴水の方に繋がる方角を見る。噴水の上にある窓から入る太陽の光のせいか、そちらの方がかすかに明るく見えた。


「すみません! 誰かいませんか?」

 灯は声をふりしぼって叫んだが、応答はない。周りに、人はいないようだ。



 暗闇に一人取り残される感覚――。

 灯の脳裏を、かつての記憶がかすめる。そうだ。あの時も――。



「やめて!」

 その記憶が、一気に戻りかけた時、灯はとっさに自分の頭を両手で抑えて叫んだ。


 やめて。それだけは。その記憶だけは、今、思い出したくない。


 しかし、記憶を完全に制御することはできなかった。灯の脳内で、「あの時」の映像が、ビビットに映し出される。狭い空間に、一人いる自分。手を伸ばしても、届かないもう一つの手。閉まる扉。暗闇の中にいる自分。やめて。やめて。やめて。


 灯はその場にへたり込んでしまった。手と足、全身が、ガタガタ震えている。呼吸が荒くなる。うまく、息が出来ない。

 どうしよう。身体が動かない。助けて。助けて、真人。


 ビーッビーッビーッ。


 その音に、灯は心臓を射抜かれる。それが、アミーダの警告音であることに気づくと、とっさに震える左手を広げて、アミーダのウインドウを出す。


<<DISCONNECTED>>


 緑色の画面に、赤い文字でそう表示される。嘘。繋がらない?

 灯がそう思った瞬間に、アミーダの警告音が灯の聴覚に直接働きかけた。


<<警戒レベル2。当エリア内に、問題発生。屋内は危険です。直ちに、屋外へ避難されたし。繰り返します。 当エリア内で、問題発生。直ちに、屋外へ避難されたし>>


 嘘。問題発生? 何が起こっているの? なぜ、電気が消えたの?どうしよう。早く、ここから逃げなきゃ。

 しかし、フルスピードで回る思考とは裏腹に、身体はどうしても動かなかった。その震える両足では、逃げることはおろか、立つことさえ困難に思えた。


 がががぁぁぁああああああっしゃぁあああん。


 通路の先、噴水の方へ繋がる方で、大きな音がした。かすかに見えていた光が、消えた。灯は、それが通路を封鎖する防護シャッターが閉まった音であることを、瞬時に理解した。


 待って。まだ私が、ここにいるよ。どうして。どうして。待ってよ。

 そう叫びたい思いは、声にすらならなかった。暗闇の中に、灯は一人取り残されていた。もうとっくに目が慣れてきていい頃だが、周りには何も見えない。ただ、暗闇だけがそこにあった。


 灯は、もう一度、アミーダを広げる。緑色のウィンドウに、無情にも表示される、<<DISCONNECTED>>の赤い文字。

 灯は、必死に何度も、その緑色の画面を指でクリックする。しかし、画面が変わる様子はなかった。

 どうして。どうして。動いてよ。助けを呼ばなきゃ。どうしてこんな時に限って動かないの。

 

 でも。

 

 灯は、泣き出しそうになるのを、ぐっとこらえた。「あの時」も、助けてくれた。真人が。暗闇の中にいた私に手を差し伸ばしてくれた。だから、信じる。今度も。真人が、助けてくれるって。

 

 カツン。

 

 通路の奥の方で、足音がした。


 真人? 灯は、さっと後ろを振り向く。そこにあるのは、暗闇だけだった。


 カツン。カツン。


 違う。真人じゃない。この音は、ハイヒールの音だ。灯の不安が大きくなる。身体が、さらに震え出す。どうしよう。逃げなくちゃ。でも、身体が動かない――。


 カツン。カツン。カツン。


 足音は、ゆっくりと、でも確実に大きくなっていく。


 カツン。カツン。カツン。カツン。


 足音は、灯に近づいた。暗闇でも、もう1メートルと離れていない所に、誰かいるのが分かる。



 そして、暗闇の中から、白い手が伸び、灯の肩に触れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ