第五話「レトロゲーム」
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「いってぇ……ちくしょう、アイツ、思いっきり殴りやがって……」
灯に殴られた真人の左のほっぺたは、まだズキズキと痛んでいた。あいつ、パンチ強くなったな。真人はそう思った。
灯はかなりショックを受けたらしく、少し一人にしてほしいと、どこかへ行ってしまった。
そりゃぁ、ショックだろうな。俺だって泣きたいよ。真人は思った。事故とはいえ、幼馴染を恥ずかしめ、傷つけてしまった罪悪感はないわけではない。
よくタクミが、前時代の本を見つけては、主人公がそういう「事故」に巡り会うシーンを羨ましいと嘆いているが、今度会ったら反論しておこう。全くもって羨ましくない。むしろ、不幸だ。
憂鬱な気持ちで、真人はどこに行くあてもなく、キャニオンの中をふらふらと歩いていた。靴屋、ブランドの洋服店、コーヒーショップ、前時代の紙媒体の本屋、電化製品エリア、どれも、真人にとっては目新しいものだったが、今の真人の興味を惹きつけるものは、一つとしてなかった。全てのものが、灰色に見えた。
その中で、一カ所だけ色づいて見える場所があった。さっきちらりと見た旧式のゲームセンターだ。ゲームのレトロな音声が耳をつつく。
入口に置いてあるゲーム機の前には、さっきの黒いキャップの男が、まだひたすら忙しそうに、ゲームのレバーを操作していた。見た感じ、真人より少し年上のようだった。よくもまぁ、一人でレトロゲームなんてしていて飽きないもんだなと、真人は関心する。
男がプレイしているそれは、旧式の格闘ゲームのようで、筐体の画面の中では、二人のキャラクターがパンチやキックを繰り出していた。画面上には、体力ゲージや残り時間が表示されている。
男は、目にも止まらぬ早さで、左手でレバーを操作し、右手で様々な色のボタンを押して、技を繰り出していた。男の操作するキャラクターは、確実な技の応酬で、どんどん相手を追いつめていく。こいつ、手練だ。レトロゲームをプレイしたことのない真人でも、見ただけでそう分かる。
「ねぇ、そこのキミ」
画面に<<YOU WIN>>と表示され、ゲームが終わると、キャップの男が、振り向いて、声をかけてきた。見た目と声の高さのギャップが鼻につく。彼の橙色の前髪は長く、彼の目を覆っていた。
「え、僕ですか?」
突然話しかけられ、真人は少しびっくりする。
「キミ以外に誰がいるんだよ。そんなとこに突っ立ってないで、そこ座って対戦、対戦。CPUだけじゃ飽きちゃってさ」
そういうと、男は顎で向かい側の席を指し示した。
「え、あ、でも僕、レトロゲームやったことないんですけど……」
「うっそー! レトロゲー初心者?」
男が大きな声を出す。前髪で見えないが、目を大きく見開いているに違いない。
「あ、はい。一回もやったことないです」
真人は頭をかく。別にそこまで驚くことじゃないだろ。と、真人は少しばかり心の中で反論する。今の時代、よほどのゲーム好きでなければ、レトロゲームをやる機会などない。
「まじかー。……まぁいいや。ビギナーズラックってこともあるしさ。やろうよ一回。キミ、意外な才能を秘めているかもしれないし」
真人は、意外な才能、という言葉に、一瞬ドキッとする。思わず、右手で、左手をぎゅっとにぎりしめた。
違う。この手は才能なんかじゃない。「呪い」なんだ。真人は、唇をかむ。
「ん? どうかした?」
男は、不思議そうに首をかしげる。
いや、何を考えているんだ。それは、今考えることじゃない。
「分かりました。一回やりましょう。でも、手加減してくださいね」
「おー。キミ、話がわかるね。それじゃ、一発やろう!」
真人は、男の向かい側の席に座ると、料金センサーに、アミーダが埋め込まれた右手をかざした。ピピッ。という電子音とともに、料金が引き落とされる。
<<SLUM BATTLE>>というタイトルが、画面に現れ、同時に、スタートボタンが表示される。
「えぇと、この赤いボタンを押すんですか?」
操作方法さえ、真人はよく分からない。
「キミ、マジでやったことないのね。レトロゲー」
「恐縮ですが」
「赤のボタンはキャンセル、黒いボタンが選択で、横の緑が決定。黄色が弱攻撃で、青が強攻撃。あ、あと灰色がガードね。基本操作は、そんなところかな」
意外と複雑なんだな、と真人は思った。電脳ゲームは、基本自分の体を動かすだけなので、こんな風に複雑な操作は必要ない。
「あ、あの……このレバーは何のためにあるんでしょうか?」
と、真人は男がさっきまで素早く操作していた、赤いレバーを指差す。
「レバー? ああ、スティックのことね。これを動かすと、技の方向や種類が決まったり、コンボができたりするんだけど。まぁ、はじめは攻撃したい方向にスティックを動かすだけでいいよ」
意外と、このレバーの役割は地味なようだ。男のプレイを見ていると、このレバーで全てを操作している様にしか見えない。
「おーけー。じゃあ、始めるぜ」
「はい」
真人は、スタート画面で黒ボタンを押し、キャラ選択画面に進んだ。画面一杯に、使用可能なキャラクターが表示される。
真人は、とりあえず、無難に主人公風のキャラを選び、男は、昔の中国風ドレスに身を包んだ女性キャラを選んだ。
「キャラの性能からして、キミの方が有利だからね。頑張れよ」
男が笑う。
そこまで言われたら。やってやりますよ。と、真人は燃えた。真人は、こういう勝負事では、結構負けず嫌いなところがあった。
「親」である男が、ステージをランダムに設定する。画面が変わって現れたのは、赤い空に、茶色の地面の、シンプル、かつ緊張感漂うステージだった。
「おー、『終末』ステージだね。こりゃあいい。ステージの特殊効果がほぼないから、俺たち二人の、実力勝負だ」
男がそういって腕まくりをする。実力勝負か。よぉし、やってやる。真人も、自然と肩に力が入った。
<<Ready?>>の文字の後、<<Fight!!>>と表示され、戦いが始まった。
ええと、黄色が弱攻撃で、青が強攻撃だから、と。
真人は、すぐさま攻撃に入る。レトロゲームのしきたりは分からないが、とにかく攻めるのが真人のモットーだ。
真人のキャラクターが、素早く前方にダッシュする。相手のキャラクターとの間合いが一気につまる。パンチ、パンチ、キック、一歩下がって、タックル。一つ一つの攻撃が、確実に相手にヒットする。相手もガードで対応するが、パワーで勝る真人のキャラの方が、確実に押していた。
ばしっ、どかっっ、ががしゃあっ、という効果音と共に、相手の体力ゲージが、じわじわと減っていく。
相手も反撃しようと、攻撃を繰り出してくる。しかし、タイミングよくガードをすれば、基本数値で上回る真人のキャラは、大きなダメージを受けなかった。
いける。複雑だけど、基本操作は、電脳ゲームとそうは変わらない。このまま、ダメージを確実に与えていけば、勝てるかもしれない。
しかし、それではダメだ。真人は思い直した。相手は、手練だ。いつ、どう逆転されるか分からない。畳み掛けるなら、早いことに越したことは無い。
真人は、一斉攻撃に出た。やり方は分からないが、見よう見まねで、攻撃に合わせて、左手でレバー、もとい、スティックを素早く動かす。同時に、黄色と青のボタンを連打する。
突如、真人のキャラクターが、ピキイイィィイインンという金属的な音と共に、青い炎を纏った。
必殺技だ。
初めての真人にもそれが分かった。今だ。行けえええええ!
真人がそう思いながら、ボタンを連打すると、炎は、神々しく青白く光り、キャラクターの腕に集中し、そして相手のキャラクターに向かって放出された。
ズガガガガガアアアアァァッッッッッ!!!!!
攻撃は相手に直撃し、大きな効果音と共に、相手の体力ゲージが一気に減る。画面には、<<Critical Hit>>の文字。
相手の体力は、警告の赤色になってしまい、もう10%も残っていない。真人の方は、まだ8割以上体力が残っている。いける。勝てる。
「おぉ。必殺技まで出したか。やるねキミ」
筐体の向こう側から、男が笑う。
そんなに余裕ぶっていて、知りませんよ。真人は心の中でほくそ笑む。もう、既に勝負は決まったも同然だ。
しかし、男は、ふぅと、息を吐き、そして黒いキャップを目深にかぶり直してこういった。
「それじゃあ、今度はこっちのターンといきますか」
え? 真人が、それを聞くや否や、男の手が、さっきの倍以上のスピードで動き始める。それに呼応し、男の操作するキャラクターも、今までとは比べ物にならない程の、ものすごいスピードで動き始める。
女性キャラが、真人のキャラに詰め寄るまで一瞬。右手からパンチが2度繰り出され、真人のキャラがのけぞった隙に、大きな回し蹴りが決まる。そこまで、コンマ0.5秒とかかっていない。
なんだこれ――。さっきと全然動きが違う。
真人は、必死にボタンを操作する。しかし、真人のキャラが動く前に、次の攻撃が繰り出され、ダメージを受けている間に、また次の攻撃が繰り出される。
ズガッ、バスッ、ドギャァアアッ。
相手の攻撃ラッシュは、止まる様子を見せず、連続して繰り出される。
駄目だ――。止まらない。
真人のキャラの体力ゲージが、ものすごい勢いで減っていく。
カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ。
男の手は、ますますスピードアップする。赤色のスティックが、右へ左へ下へ、自由自在に、まるで自由を得た鳥のように、飛んだり跳ねたりしていた。
真人も、必死で手を動かした。止まれ、止まれよ。
しかし、必死の思いも虚しく、相手の攻撃の応酬は止まらない。今まで、ガードできていた相手の攻撃も、なぜか全くガードできず、確実に真人側の体力ゲージは、ぐんぐん減り続けていく。
どうして――。
真人がそう思う間にも、真人の体力ゲージは減り続け、そして、尽きた。真人のキャラは、最後の攻撃を受けると、虚しく、赤い空へと舞い、そして地に伏した。
<<YOU LOSE>>、の文字が、真人の目の前の画面に表示され、ゲームは終わった。
「いやぁ、大健闘だよキミ。惜しかったね」
男が、そういって立ち上がる。
「ずるいですよ! こんなやり方ってあんまりです!」
真人も思わず立ち上がって抗議する。
「ハハ。悪い悪い」
男は、そういって笑う。悪気を見せる様子はない。
「でも、手加減するって……」
「してたさ。気づいてたかい? 俺、必殺技はおろか、強攻撃さえ使ってないよ?」
男は、肩をすくめる。
気がつかなかった。クソ、それじゃあ完璧に俺の負けじゃないか。悔しさが、腹の底からにじみ出る。
「まぁ、キミの戦い方は悪くなかったよ。初めてにしては上出来さ」
男が、真人の席まで来て、肩にぽん、と手を置く。
「でもね、キミ、覚えておくといい」
男が、真人の耳元でささやく。
「勝利者になりたかったら、もっと冷静になれ」
真人は、はっと目を上げた。冷静じゃなかった? 俺が?
「キミは、序盤、勝とうと躍起になって、攻撃ばかりした。本来、最後息の根を止めるための必殺技も使ってね。結果、キャラの耐久力が落ちて、終盤の攻撃を防ぎきれなかったのさ」
そうか。だからあの攻撃の連鎖を止められなかったのか。くそ、もっと早く気づいていれば。
「チャンスを逃せば、全ておしまいさ。他の時は、なんとかテキトーにやり過ごせばいい。そして、どうしても必要な時に、自分の出せる限りの力を尽くせ。勝利を手にしたいならね」
なんだか、阪野浦先生がいいそうなことだな。特にテキトーの辺り。と真人はふと思った。
「まぁ、キミと対戦できて楽しかったよ。それじゃあね」
黒いキャップの男は、そういって立ち去ろうとした。
「あ、名前をまだ……」
真人は、男の名前を聞いていなかったことを思い出す。このまま立ち去られるのは、あまりにも後味が悪い。
「僕の名前? 野暮なこと聞くもんじゃないよ。ナンパじゃあるまいじ」
男は、振り返って、そう笑った。白い歯が、きらりと覗く。
誰が好き好んで男なんかナンパするか。と真人は心の中でつぶやく。
「まぁ、僕のことは、『黒帽子の男』、とでも覚えておいてくれたまえ。それじゃあな、麻野真人クン」
そういって、男は立ち去った。
黒帽子の男って、見た目そのまんまじゃねぇか。と、真人は突っ込みかけて、気がついた。
なんでアイツは、俺の名前を知っている――?
数秒、真人は考えてから、気づき、そして、ゲームセンターから飛び出した。
「てめぇえええ!! 人のデュアルコア勝手に覗きやがったなコノヤロー!!」
男は、それを聞くと、右手をひらひらさせて、振り向かずにそのまま立ち去った。
やられた。完全に。
ゲームに夢中になっている間に、真人はデュアルコアをハックされていたのだ。男は、まともにゲームをプレイさえもしていなかったのだ。
慌てて、アミーダを開き、電子マネーの残高や、アプリなどを調べたが、幸い、何も盗まれたり、いじられたりした形跡はなかった。実害を加えなければ、ハックがバレても処罰されることは少ない。人のコアの履歴を覗いてほくそ笑むだけの、イヤらしい連中も少なからずいた。
ちくしょう、ただの嫌がらせかよ。被害が無いのは幸いだが、真人は心中穏やかではなかった。
帽子の男に腹を立てていると、真人は突然、騒々しい物音を聞いた。何やら、誰かが、遠くの方で叫んでいる。何の騒ぎだ? と、真人は辺りを見回す。
ざっざっざっざっざっざっざっざっ。
大きな足音が聞こえてきた。しかも、一人ではなく、大勢のものだ。
その規律正しい足跡は、だんだん大きくなっていった。少し経って、真人の視界に入ってきたのは、黒い防護服に身を包んだピースキーパーの一団だった。彼らの防護服は、いつ見ても、ゴツくて、威圧感を感じる。
なぜ、ピースキーパーが、こんな所に。しかも、フル武装じゃないか。
その疑問が解決するには、そう時間はかからなかった。
ピーッピーッピーッ。
真人のアミーダが、警告音を鳴らした。
<<警報レベル2。当エリア内に、問題発生。屋内は危険です。直ちに、屋外へ避難されたし。繰り返します。 当エリア内で、問題発生。直ちに、屋外へ避難されたし>>
アミーダがそう告げる。
警報レベル2? 問題発生? 一体、何が起こったんだ? 疑問が解決したと思えば、また更に新しい疑問がわいてきた。
警戒レベル2で、あの数と武装では、明らかにやり過ぎだ。 まさか、さっきのあの黒帽子の男が関係しているのか……?
真人は、右手で、左手をぎゅっと握った。いや、 ここは、俺の出る幕じゃない。レベル2だろうが、それ以上だろうが、既にピースキーパーが到着している。俺がしゃしゃり出る必要はない。
「おい、そこのキミ、警告を聞いていないのかい?早くここから出るんだ」
真人がそんなことを考えている間に、ピースキーパーの一人が来て、真人の避難を促した。どうやら、あの男にハックされている間に、アミーダの情報が一時的にカットされていたらしい。まったく、ろくなことが起きないな。そう思いながら、真人はピースキーパーの誘導に従い、屋外へと避難した。
真人が屋外に出ると、既に大勢の人々が、外に避難していた。これは俺が最後の避難者かもな、と真人は帽子の男を恨んだ。
「落ち着いてください。只今、当隊員が、問題の解決にあたっています。問題はすぐに解決する予定です。しばらく、その場を離れず、待機してください」
ピースキーパーが、利用客たちを一カ所に集め、混乱を防いでいる。絶対の信頼が置かれているピースキーパーに逆らう者はおらず、利用客たちは皆、指示に従っていた。こういう非常時にも、秩序が乱れないのが、この時代のすごい所だな、と真人は改めて思った。
そういえば、灯はどうしているだろう。真人はすぐに灯のことを思い出した。無事、避難しているだろうか。
真人は、とっさにアミーダの画面を開き、灯の居場所を確認する。デュアルコアのセキュリティーコードを認証している相手なら、いつどこにようと、アミーダさえオンになっていれば、GPSネットワークを使い現在位置が特定できる。
普段はアミーダを切っている灯だが、非常時は自動でオンになる仕組みだ。今なら、すぐに灯の居場所を特定できる。
灰色の画面に、3Dでキャニオン周辺のマップが表示される。右下の一覧から、灯の名前を選び、認証する。すぐに、灯の居場所が、赤く点滅した。
真人は、自分の目を疑った。灯がいるはずのその赤い印は、未だに、建物の中で点滅していた。歯車の形をしたキャニオンのマップの、左上、北西のエリアで、その赤い点は、動かずに同じ場所で点滅している。
まだ、避難できていないのか。その場から動かないということは、身動きが撮れなくなっているということだ。安全シャッターに閉じ込められてしまったのだろうか。
真人は、すぐにアミーダの電話機能を呼び出した。表示された名前の羅列の一番上に、灯の名前があった。ほぼ同時に、その名前をクリックする。
頼む、繋がってくれ。
焦る真人の想いは虚しく、のんびりとした呼び出し音は、いつまでも鳴っていた。
クソ、繋がらない。一体、灯の身に、何が。
「おいマジかよ」
突然、真人の後ろで、若い男の声がしたのが聞こえた。
「ほんと。マジマジ。やばいって」
後ろの若い2人組が、何やら話している。何だ? 何が起こっているんだ? 真人は聞き耳を立てる。
「でもさ、ほんとかよ……。テロリストなんて、俺、聞いたことないぜ?」
テロリスト……だと? 真人の背筋が、一気に凍りつく。
「ああ、間違いない。この耳でちゃんと聞いたんだよ。まぁ、警報レベル2だし、大したことないよ。ピースキーパーも、もう来てるし」
後ろの男達は、のんびりと話している。
分かってない。真人は唇を噛んだ。
大戦後、犯罪は完全に縮小傾向にあった。テロというテロはほとんどない。だからこそ、この現代において、本当にテロリストと呼ばれる奴らは、これ以上なく危険な奴らのだ。先日の、旧式強盗たちとは、訳が違う。
真人は、さっき見かけた、ピースキーパーの集団を思い出した。あの隊列の数、フル装備、どう見ても、警戒レベル2ごときの事じゃない。少なくとも、レベル5以上の事態に間違いない。何か、事情があって、意図的に情報が隠されているのだ。
だとしたら――。
真人の脳内で、最悪の事態が想定される。
「おい、お前」
真人は、後ろを振り向き、後ろの男の胸ぐらをつかんだ。
「な、な、なんだよオマエ」
「そのテロリストがいるっていう話、本当か?」
真人は、キツく男をにらみつける。
「ほ、ほ、本当だよ。だ、だって、僕、さっき、ピースキーパーの人達が話しているのを、聞いたんだ。嘘じゃないよ」
男は、口をもごもごさせながら答える。
それを聞くや否や、真人は、男から手を離し、非常口の方に全力で走った。
もし、警戒レベル5以上の事態になっていたら――。
灯が、危ない。
真人の本能が、そう告げていた。
ピースキーパーの目を盗み、非常口の方に走ると、防護シャッターが既に閉められていた。
真人は、両手にしている黒いグローブを外す。
両手を、シャッターに当てると、その「呪い」が発動し、シャッターは音もなく溶け、大きな穴ができた。穴の奥は、非常階段へと続いている。
頼む灯、無事でいてくれ。
真人は、そう祈りながら、全力で階段をダッシュした。
「どうしても必要な時に全力を出せ」。あの男はそういった。
その必要な時が、こんなに早く来るとは思わなかったよ。真人は思った。




