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第四話「キャニオン」


 その日の放課後、真人と灯は、大型ショッピングセンター「キャニオン」にいた。

 ネット販売が主流となった現代、キャニオンは真人たちの住むエリアにある数少ない旧型ショッピングセンターだった。



「あのね、一緒にキャニオンに買い物に行かない?」

 放課後、待ち合わせをした校門の前で、目をキラキラさせた灯にそういわれた真人は、少し面食らった。

「キャニオン? なんでまた?」

 そんなところにわざわざ行かなくとも、大抵のものはネットで事足りる。


「もー、どうせネットでいいとか言うんでしょ。いい? ネットと現実じゃ違うのよ? 大切な買い物は、やっぱり自分で見て確かめなきゃ」

 やばい。これは説教モードだ。と、真人は少し後ずさりする。


「だけどさ、アミーダ使えば、リアルとそう大差ないじゃん」

 アミーダは、脳内にあるデュアルコアと呼応している。脳内に直接電気信号を送ることで、あらゆる視覚、聴覚、または味覚までも、完璧に再現することができる。


「女の子のショッピングはね、自分でまわってこそ意味があるのよ。物を買うだけが、買い物じゃないの」

「そうなのか? 俺にはよく分からないな……」

 真人は言葉つまって少しうつむいた。


 二人の間の、わずかな沈黙。


「……分かってないなァ」

 灯がぼそっとつぶやく。

「え?」

 何か、まずいことを言ったのだろうか。

「もう! いいの! とにかく、付き合うって言ったんだから、付き合いなさいよね!」

 以前、前時代の書籍でも読んだが、いつの時代も男は女に勝てないらしい。



 キャニオンの中は、真人が思ったより賑わっていた。

 なるほど。今の時代でも、灯のようにアミーダを使いたがらない人も結構いるようだ。


 建物の中は広く、中央に大きな噴水があり、そこが吹き抜けになっていた。天井の窓ガラスから、太陽の光が照らされ、そこを明るく照らしている。中央からは、いくつもの通路が四方八方に伸び、外側は大きな円のような通路になって繋がっていた。上から見れば、大きな歯車が重なっているようなデザインだ。


 店内は、アミーダで視覚可能な電子情報のような、最先端の技術や、手書きのレトロな看板などがうまい具合にミックスされ、アミーダを使っても使わなくても、快適に買い物が楽しめるようになっていた。なるほど、こういうところも、たまには来てみるものだな、と真人は少し関心する。


 噴水エリアのベンチには、真人と同じ年くらいの男女が座っていた。二人は手をつないでいる。こんなところに、デートに来るカップルもいるんだな、と真人は思った。


 真人は、ふと隣を歩いていた灯を見た。すらりと長い足に、さらりとした艶やかな茶色い髪。胸も、最近大きくなった。どこからどう見ても、美人の部類に入る。歩調に合わせて揺れる髪と首筋からは、どこか甘い香りがした。


 俺たちは、どう見えているのだろうか。カップル? 友達?


 これはデートなのか? いや、断じて、違う。俺はコイツに無理矢理連れて来られただけだ。断じて、デートでは、ない。


 それにしても、釣り合わないな、と真人は思った。自分の容姿には特に目立つ所もないのを、真人自身よく知っていた。 真人の身長は、平均より少し下で、これといって細身なわけでも、筋肉質なわけでもない。「普通」という形容詞が、一番似合う。幼馴染でもなければ、自分のような平凡な人間が、灯のような美人の隣を歩くことは、そうはないだろう。


 将来、灯の隣にいる奴は、どんなにスゴイ奴なんだろうかと、真人は思った。案外、タクミのような馬鹿かもしれないな、と真人は心の中で少し笑った。


「もう、ずっと黙りこくっちゃって、何考えてるのっ?」

 灯にとんっ、と肩を叩かれ、真人は、はっと横を向く。現実に引き戻された。

「ん? ああ、なんでもないよ。……それより、お前、何を買いに来たんだ今日は?」

 頭の中の思考をストップし、真人は灯に聞く。


「あれ、まだ言ってなかったっけ?」

灯は、キョトンとした顔をする。

「もう、これから夏でしょ? 夏の買い物といえば、アレよ、アレ」

 どうやら女子の夏は五月から始まるらしい。

「何だよ? 日やけ止め防止グッズ?」

「うーん、惜しい。ほら、夏といったらー?」


 夏といったらなんだ?


「暑い?」

 真人が数秒感考えた答えがそれだった。。


 灯が、目を細めて、真人を睨む。軽蔑の目だ。

「はぁ? 何それ? もっとまともな答えあるでしょ?」


 ダメだったか。でも本当になんだ? 夏といえば、うだるような暑さ、鳴り止まないセミの声、終わらない宿題、8月31日——。

 どうして俺は、こう否定的な想像しかできないんだ。と、真人は少しばかり自分に失望する。


「もう!何考え込んでんのよ。夏といったらアレしかないでしょ! 海よ、海!」

灯がそういって、にっこりと笑う。


 海ってお前まさか……。真人の脳裏を、嫌な予感がかすめる。

 灯も、真人の表情を見て、うなずく。


「そう。今日は、水着を買いにきたのよ。水着。もちろん真人のじゃなくて、私のね。選ぶの手伝ってもらうからねっ」


 ……最悪だ。

 何を好き好んで、幼馴染の、しかも女物の水着を直に見なければいけないのか。目の、やり場に困ること間違いない。全く、こんなことなら付き合わなければ良かった。と後悔しても、もう後の祭りだった。


「ほら、早くー」

 灯がそう手招きする。


 みずぎ。そのたった三文字が、真人の脳裏をぐるぐるとうずめいていた。


<<『水着』ー泳ぐ時に身につける服。英語では、swimsuit 又は bathing suit>>


 アミーダの音声ガイドがそう告げる。


 分かってるよ。

 そう文句をいいながら、真人は灯の後をとぼとぼとついていった。




「わー、いろんなのがあるよー」

 水着売り場に来ると、灯が目をキラキラさせながら、早速並べてある水着に手を伸ばし始めた。


 男性のそれとは違い、女性の水着コーナーには、可愛らしいものから、露出が大胆な大人なデザインのものまで、様々だった。見回す限り、360度、水着のオンパレード。赤、青、ピンク、水玉に縞模様。真人の視界を、カラフルが埋め尽くす。


「真人も、探してよね。知ってるでしょ? 私の好み」

 お前の好みは知ってる。赤やピンクが基調の、女の子らしいデザイン。でもな、誰が女物の水着なんか漁れるか。これでも、まだ高校二年生。青春真っただ中なんだぞ。


 目のやり場に困った真人は、灯とは少し距離を置きつつ、周りの店を見渡した。水着売り場の周りには、スポーツ用品店、紳士服、アクセサリー売り場、様々な店がある。

 少し奥の方には、今時珍しい旧式のゲームセンターがあり、レトロなゲームのサウンドが耳に入ってきた。黒いキャップをかぶった男が、大きいゲーム機の前に座って、ゲームのレバーのようなものを、カチャカチャ動かしている。


なるほど、ここは懐古派の楽園だな。


「ねぇ、これとこれ、どっちがいいかな?」

 灯はそういって、二つの水着を、自分の前に重ね合わせた。片方は赤色い紐のビキニで、もう一つは、こちらもビキニで、ピンクと白のストライプだった。

「んー、どっちもいいんじゃない?」

 真人はそういって、また目をそらした。大分大胆なデザインだ。そんなの、直視できるわけないだろ。第一、自分には女物の水着のセンスなんて分からない。


「もう。ちゃんと見てよ。私真面目に選んでるんだから」

 灯は、口をすぼめて、不満のポーズをとる。あ、可愛らしい。と、真人はつい思ってしまった。

「そうはいってもさ、よく分かんないよやっぱり」

 正直、お前はどんな水着でも似合うぞ、と本音は言わなかった。


「分かった。じゃあ、着てみるから、そしたらちゃんと見て、どう思うか言ってね」

 そういうと、灯は、いくつかの水着を抱え込み、試着室に向かった。

「おい、待てよ。着るって、その水着を? 見るって、俺が?」

「覗き厳禁だからね!」


 バタン。試着室のドアは、無慈悲にも閉まった。


 動揺、の二文字が、真人を押しつぶした。嫌な汗が脇を湿らす。

 これが、タクミのような健康高校男児だったり、好きな誰かとだったら、ラッキーと思うかもしれないが、真人はそういうものに対して、耐性が全くなかった。真人にとって、この状況は、下着姿の妹に、どちらの下着がいいか言えと強要されているようなものだった。

 

 水着と下着の境界を分けるものは何なのか。その永久に解が出ないであろう命題が、真人の思考を支配していた。


「真人、そこいる?」

 約五分、真人が頭を悩ませているうちに、灯は着替え終わったようだった。

「ああ。いるよ」

 真人は、試着室の前で、動くこともできないまま、しゃがんで頭を抱えていた。


「分かった。出るねー」

 がちゃり、とドアの開く音がする。真人は、かろうじて、抱えていた頭を上げ、視線をゆっくり灯の方に向けた。


 そこに見えたのは。


 すらりと細い、日に焼けた長い足。腰回りは、わずかな赤い布で覆われ、きゅっとした腰のくびれに繋がっている。奇麗な白いへそ、そしてその上には、真人の記憶よりずっと大きく成長した、灯の胸が、赤い布で覆われていた。


 駄目だ。完全に自己制御のキャパを超えている。

 真人は、自分の顔が真っ赤に染まるのが分かった。


「どうかな。ちょっと派手すぎない?」

 灯は、そういって少しうつむきながら、細い身体をくねらせ、首をかしげる。長い髪が揺れ、肩から滑り落ちる。茶色い髪で覆われていた肌が露出した。陸上で培われた、奇麗に焼けた肌が眩しい。


「う、うん。い、いいと、思うぜ。そのくらいが、お前に、似合うと思うよ」

 真人は、灯の肌を直視しないように、全力で視線をそらしながら、必死に言葉を絞り出す。

「そ、そう……? 本当に、似合うと思う?」

 灯が、不安そうな目をしながら、胸に手を当てた。


「あ、ああ。やっぱり、赤がお前に一番似合うよ」

 頼むから、これ以上俺を苦しめないでくれ。直視できない。

「そっか。……ありがとね」

 灯は、そういうと、そっと、優しく真人の肩を抱いた。灯の胸が、真人の肩に当たる。あ、柔らかい。


 真人の鼓動が、一気に早くなる。血液が体中を駆け巡り、体温が上昇する。真人は頭が真っ白になって、その場に硬直した。

 灯の手が真人の背中をまわって、肩を優しく抱く。彼女の手は、思ったよりも冷たかった。


「ごめんね、真人がこういうの苦手って分かってるのに、付き合わせて」

 なんでお前があやまるんだ。むしろ謝らなきゃいけないのは俺の方なのに。真人の心が、ぎゅっと締め付けられる。

 分かってはいるのだ。自分が、大人げない対応をしていることに。


「い、いや、いいって。じゃあ、決まりだな。それ買えよ」

 頼むから早く離れてくれ。もうこれ以上は——。

「うん。そうする。ありがとね、マコト」

 灯はそういうと、真人の肩から手を離した。密着していた灯の身体が、真人から離れた。


 ふぅ、やっと助かった。真人は、ほっと息をついた。そして、灯の方を見ていった。

「いや、俺こそ、大人気なかったな。ごめ——」


 そこまで言いかけて、真人の心臓は爆発した。


 あるべきものが、そこにはなかった。いや、あるっちゃあるんだけど。しかもとても大きなものが二つ。

 そこに真人の視線は吸い寄せられる。


 縛りが緩かったのか、灯の水着の紐は、ほどけて、はらりと落ちてしまっていた。隠すべき布がそこにはなく、灯の上半身は露になっていた。その白さは、健康的な日焼けした肌とのコントラストで、眩しかった。吸い寄せられた目線を、外すことができない。


「あ、あっ、おまっ……」

声にならない声が出る。


「え?」

 灯も、真人の視線に気づき、下を見る。そして、顔が一気に紅潮する。


「いやああああぁぁああああ!!! 真人のバカ、エロ、変態いいいぃぃぃぃぃぃぃいいいいい!!!!」

「いや俺のせいじゃな……ごおぉふふぁぅあっっッッ!!!」

 灯の鉄拳が、容赦なく真人の頬にめり込んだ。


 痛い。とても痛い。



 やっぱり、男は、いつまでも女に勝てそうにない。


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