第三話「ハッキング」
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真人たちが学校につくと、教室が何やら騒がしかった。教室の一角に、生徒たちが集まっている。
また岡田が何かやってるな。
真人が思った通り、輪の中心にいるのは、クラスメイトの岡田武臣だった。短髪に、黒縁のメガネで、そのシュッとした輪郭は、いかにも秀才と呼ぶにふさわしい。
彼の周りには、いくつもの、黄色や緑、紫色の四角いウインドウが、空中に表示されている。普段は自分しか見えないアミーダの電子表示を、他の生徒と情報を共有することで、「可視化」しているのだ。
「おーっ、岡田っち、何やってんの?」
タクミが声をかける。
「しーっ、今、岡田君、ハックしてるから、話しかけないで」
取り巻きの女子生徒が人差し指をたてる。おっといけね、という風に舌を出すタクミ。考える前に口に出してしまうのは、タクミの悪いクセだ。
岡田は、目にも留まらぬ早さで、空中で指を動かしている。空中のウインドウに、目まぐるしく文字が羅列され、流れては、消える。何が起こっているのかは、真人には全くわからない。とにかくものすごい早さで電脳ハッキングが行われているのは確かだ。
「なぁ、一体どこにハックしてるんだ?」
真人は、側にいた女子生徒に、小声で聞いてみる。
「私もよく分からないけど、なんかネオの情報を探ってるらしいのよ」
マジか。真人は、驚いて、岡田を見つめる。
ネオの情報は、それこそ世界最重要機密で、一般の人間にはもちろん、マスコミやちょっとしたハッカー集団が束になっても、つゆほどの情報すら得られないことで知られている。
それを一学生が、一人でやろうとしているだって? しかも朝礼前に。岡田のハッキングの腕がすごいのは知っていたが、ここまでとは。
「でも、ネオの情報なんて探ってどうするんだ? 別に黒いウワサなんて何もないだろ?」
真人は首をかしげる。
「そうよね。私も、来た時もうこうなってたから」
岡田が終わるまで待つしかないか。幸い、ホームルームまで、まだ時間はかなりある。
クラス中が注目する中、岡田は指を動かし続けた。野次馬たちも、次第に固唾をのんで、彼を見守り始めた。
クラスは、だんだん静まり返っていき、岡田の操作するアミーダの電子音が、かすかに流れるだけだった。
十分後、静寂を破ったのは、岡田本人だった。
「ぷっはー! いやー、どうにか掴んだぜ!」
岡田は、動かしていた手を止め、ぶらんと横に降ろしてから、天井を見上げた。額に、びっしり汗をかいている。
堰を切ったように、どうした、何が分かった、と周りの生徒が騒ぎ始める。
「まぁ、待てよ。落ち着け、みんな。すっげーことが分かったぞ」
岡田は、自信満々にさっと立ち上がり、中指でメガネを押当ててポーズをとった。おおお、と歓声があがる。
クラス中の期待の視線が、岡田に集まる。岡田が、ポーズをとったまま、数秒感間をためる。誰かがごくりと唾を飲んだ音が、どこかから聞こえた。
「驚くなよ……来週あたりに、かのノルベルト大帝が、このイースタンエッジにお見えになるらしい!」
おおおおおおお! と、歓声が上がる。マジでか! 本当なの? 皆、口々に騒ぎだす。クラスのテンションは、一気に最高潮に達した。
へぇ、それはすごいな。真人も、これには驚いていた。
ノルベルト大帝は、今や世界を救った英雄として、世界中から崇拝されていた。ナグナロクが終わる兆しを見せず、世界が絶望の闇に包まれている時に彼は彗星のごとく現れ、その圧倒的なカリスマで対戦を終わらせ、世界を統一し、世界を救った。かつては日本といったこの島が、イースタンエッジと呼ばれるようになったのも、それからだ。
「おい、それは確かな情報なんだろうな?」
皆の興奮が覚めやらぬ中、タクミが岡田に突っかかった。
「ああ、確かさ。先日、とある筋から、ノルベルト大帝が中央から移動されるとの情報
が入ってね。今、ネオのイースタン支部のデータベースにハッキングしてたんだ。そしたらドンピシャだよ」
岡田が、自身満々にいう。彼の黒いメガネの淵が、キラリと光る。まったく、「支部」にハッキングとは、怖いもの知らずだな、と真人はあきれた。
「ねぇねぇ、大帝様は、一体どこにいらっしゃるのかしら?」
女子生徒の一人が岡田に詰め寄る。
「それがね、不思議なんだけど、『旧東京』らしいんだよ」
何だって?
疑問を抱いたのは、真人だけではなかった。
「旧東京? あそこは『レムナント』しかいねぇじゃねぇかよ」
タクミが、信じられない、という風につぶやく。それもそのはず、その場所は、かつては世界有数の首都だったらしいが、ラグナロクで壊滅したそこは、今では「誰も」立ち入らない、いや、立ち入れない場所だった。
「僕もね、最初はガセかと思ったんだけど、どうもそうじゃないみたいなんだ。ここ数日、旧東京周辺にピースキーパーの兵力が集中しているんだ。ほら見て」
岡田は、そういうと、指で空中をはじき、ピースキーパー兵力分散マップを表示した。確かに、兵力を示すらしい多数の緑色の矢印が、前時代の首都、旧東京の方に伸びていた。
どうやって調べてたのんだそんなの。と、真人は半ばあきれながらも関心する。
「なんだそれ。クサいじゃねぇか」
と、タクミ。
「そうだろ? 普段は、『レムナント』の監視と防衛線の管理しかしてないのにさ。こりゃぁ、もう決まりだよ」
確かに、実在するかも分からないレムナントの為に、そこまでしているのは妙だ、と真人は納得する。
しかし、一体何の為に?
「でもよぉ、一体全体なんで大帝がわざわざこんなところまで来るんだ? しかも電脳で、ってわけじゃないんだろ?」
タクミも、同じ疑問を抱いたようだ。
「うーん、なんでだろうね。そればっかりは、分からないな。実際にお越しにはなるみたいだけど……。データ上じゃ、実際の動きしか掴めないからね。まぁ、大方、隔離地域の視察ってとこじゃないかなぁ」
「そっか。でも大帝自ら来るほどのこととは思えないけどなー」
と、タクミは不満そうである。確かに、そうだ。
でも、それより気になるのは——。
「ねぇねぇ」
それまで、会話に入って来なかった灯が、岡田の腕をつつく。びっくりしたのか、岡田は少し体をこわばらせて振り向く。
「な、な、何だい、鮎川さん?」
岡田が、右手でメガネを持ち上げながらいった。
「その情報って、もしかして、懐古スクエアの人に聞いたの?」
「お?」
その単語に、タクミも反応する。そうだ。なかなか鋭いじゃないか、灯。
「それはーー」
岡田が何かいいかけた時、ガラガラと、教室のドアが開く音がした。
「おいお前らー、何やってんだ早く席つけー」
入ってきたのは、担任の阪野浦先生だ。いつものように、上下、紫色のジャージに身を包んでいる。29歳、女性、独身。胸がないのが玉にキズだが、そのあっけらかんとした性格は、生徒達には人気があった。
その服装と、短くカットした黒髪は、体育の先生にしか見えない。が、実は体育ではなく、数学の先生という意外性も持ち合わせている。
岡田のところに集結していた野次馬たちも、そそくさと席につく。言うことを聞かないと、先生は怖い。灯とタクミも、岡田の返事を聞かずじまいで、急いで席に戻る。
しかし、真人は岡田の目が少し動揺するのを見逃さなかった。
何か隠してやがるな。真人はすぐに感づいた。しかし、それがどうだっていうんだ。大帝がイースタンエッジに来ようが来まいが、岡田が電脳世界の誰と通じていようがいまいが、自分には関係ない。この平和でのんびりとした日常が、流れていくだけだ。
「えー、今日の日程もいつも通りだー。問題起こすなよー。あたしが教頭に怒られるんだからさー」
先生が、いつものようにテキトーに朝礼を始める。
いつも通りの朝だ。僕らの日常は変わらない。川のせせらぎのように、流れていく。
「あー、それから、一つ重要事項があったわ」
思い出したように、阪野浦先生が、頭を掻きながらいった。
「来週、『能力適性検査』があるからなー。いよいよだなお前ら。心の準備しとけよー」
クラスが、その言葉を聞いて、少しざわついた。
「まぁ、心の準備しとけていってあれだが。お前らには、万に一つも、中央どころか、支部にすら行く可能性はないから安心しろ。ワタシが保証する」
いくらなんでも、それが教育者のセリフか。と、思ったのは真人だけではないようで、クラスから、先生それはひどいぜ、夢みさせろよ、と抗議の声が上がる。
アミラーゼというのは、人生で一度、全国の16歳~17歳の子供達が通る「通過儀礼」だ。主にデュアルコアの稼働性能を調べ、有能な人材を発掘することを目的とされている。実際に、有能だと判断された人は、ネオの各支部、そして更に有能な人材は、ネオ中央部へと抜擢される。
しかし、先生が言う通り、それに選ばれるのは、毎年、多くても各エリアから数えるほどで、このクラスはおろか、学校中から一人でも選ばれる可能性は露ほども無いと言っていい。実際、デュアルコアが導入されて以来、この学校から中央や支部に抜擢された者は、未だかつていない。
まぁ、もし選ばれるとしたら、岡田か灯だろうな、と真人は思った。
岡田のハッキング能力は、今や世界有数のハッカー集団が束になってもかなわない程だし、灯の方は、勉強やスポーツ、なにをやらせてもエリアトップクラスだった。
成績は中の下、ろくにスポーツもやったこともない、ハッキングの知識はゼロの自分が選ばれる確立は、ほぼゼロだ。かといって、選ばれたい訳でもないが。
「センセー! もし俺が選ばれたら焼き肉おごってください!」
タクミが、調子づいていう。ちなみに奴の成績は、ダントツでクラス最下位だ。
「馬鹿いえ。例えクラス全員が選ばれても、お前だけはない。絶対ない。断言する」
タクミの希望は、ばっさり切られた。クラス全員が、どっ、と笑う。
「そんな。何もそこまで言わなくてもー」
と、タクミは頭をかかえる。すまないタクミ、それには同意せざるを得ない。
「まぁ、選ばれなかったといって、落胆することはないよ。むしろ、その方が気楽ってもんさ。な?」
先生はタクミをなだめる。確かに、皆の憧れとはいえ、ネオ本部で働くのは、相当なプレッシャーがあるはずだった。
「ちぇー」
タクミがそういって席につくと同時に、朝礼終了のチャイムが流れた。
「まぁそういうことだお前らー。今日もしかっり、テキトーに楽しめ。それじゃあ朝礼終わり!」
と、先生がテキトーに朝礼をしめくくり、皆が一斉に教室の移動を始める。
「ねぇ、真人」
灯が、真人の方にやって来る。
「今日の放課後って空いてる?ちょっと付き合ってほしいんだけど」
「ん? でもお前、部活ないの?」
真人自身は、クラブ活動というものには、何も参加していないが、灯は陸上部のエースだ。先月の大会で、100mの地区新記録を出したばかりだった。
「うん。今日はお休みなの。だから……ね?」
灯はそういって、にっこり微笑んだ。目尻のしわが愛らしい。
「そっか。 いいぜ。別に予定ないし」
「よかった。じゃあ、放課後、またね」
この時、灯の誘いを断っていたら、自分の未来はいくらか変わっただろうか。
真人は、今でもそう思うときがある。




