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第一話「向けられた銃口」


 まずいことになった、と麻野真人あさのまことは思った。


 彼がいる銀行のシャッターは降ろされ、出口は完全に封鎖されていた。彼の周りには、大勢の人が身をかがめている。彼自身も、他の利用客と同様、フロアの端で身をかがめていた。

「オラァ、早く金をつめろって言ってんだよ! もたもたしてっとこのガキの頭ぶっぱなすぞ!」

 リーダー格の男が叫んだ。黒い拳銃の先が、6、7歳ほどの少女の頭に突きつけられている。少女は、泣きそうなのを必死でこらえていた。こんな状況なのに度胸が座った子供だ。もっとも、恐怖で涙も引っ込んでしまっていたのかもしれないが。

 

 黒いスカーフで口を隠し、黒いフードをかぶった、いかにも物騒な格好をした男が5人、銀行の中に押し入っていた。彼らは、銀行に入って来るやいなや、銀行員を脅し、シャッターを下し、入口を封鎖させ、少女を人質に取り、他の利用客と銀行員を一カ所に集め、彼らの仕事を始めた。二人は金を出させる為に支店長と何人かの部下を脅し、他の二人は利用客と他の銀行員を見張っていた。

 その全てが完了するまで、約一分半。その手際の良さは、見事、と思わずにはいられなかった。コイツら手練だな、と真人は思った。全く、いつの時代にも、こういう人間はいるものだ。

 

 真人は銀行強盗に遭遇していた。 やれやれ、と真人はため息をつきたい気持ちだった。 人生のうちで、こんな「旧式」の銀行強盗に遭遇する確立は、一体どのくらいなのだろう。なけなしの生活費を下しに、ネットバンクの手数料さえ惜しんでわざわざ銀行に来たっていうのに、その結果がこのザマだ。

 真人がこのようなトラブルに巻き込まれたことは、別に今回が初めてではない。行く先々、暴風雨になることはしょっちゅうで、バスや電車で事故に遭遇したことは数知れず、住んでいたアパートは先月火事になり、引っ越さざるを得なくなったばかりだ。

 


 全く、ついてねぇなァ。真人は心の中でそうつぶやいた。



「何をモタモタしてやがるんだ! 早くしやがれ!」

 そういうと、リーダー格の男は、天井に向かって一回、発砲した。バァン。と銃声がフロア内に響く。銀行員、利用客は、 みな一斉に耳をふさぎ、 身をかがめた。悲鳴が室内にこだました。

 人質の女の子は、恐怖のあまり失禁してしまった。かわいそうに。真人はそう思いながらも、身を動かさなかった。ここは、俺の出る幕じゃァない。彼は自分に言い聞かせた。


 彼は事の一部始終を、まるで外側から見ているように冷静だった。若干高校2年生、身長173センチ、体重60キロ、スポーツもろくにやったことのない真人には、当然この強盗たちを打ちのめす体力はないし、電脳をハッキング仕返して、治安部隊ピースキーパーに連絡するほどの技術もなかった。手練の強盗5人を一人で相手にするには、いささか心細い。

 しかし、彼には、この状況を打開できる「能力」があった。いや、「呪い」と呼ぶべきか。いずれにせよ、それを人前に晒すことは、できれば避けたかった。

 

 犯行グループが銀行に侵入してきて、もうすぐ10分経つ。もうそろそろ、ピースキーパーが到着してもいい頃だ。『ピースキーパー』とは、50年前の大戦後に、『世界政府NWO』|(New World Order:通称ネオ)が世界各地に配置した、治安維持のための戦闘のスペシャリスト集団だ。

 そんな大それた名前がついているクセに、ちょっと仕事遅いんじゃないのか、と真人は思った。とにかく、ピースキーパーが来れば、こんなチンケな旧式の強盗くらい、ものの数分で片付けてくれるだろう。それまでの辛抱だ。



 しかし、それを考えていたのは、真人だけではなかった。


「お前ら、わざとモタモタしてやがるだろ。分かってんだぞ。そうやってピースキーパーが来るまでやり過ごそうってか?ハッ。甘ぇんだよ。ここの建物の『電脳』は予め、完全にシャットアウトしてある。お前らの『アミーダ』も、外とは繋がらねぇよ」

 しびれを切らしたリーダー格の男が、冷たく言い放った。図星だったようで、 支店長たちの顔には、 焦りが見えた。


 利用客は、それを聞いて騒然となった。何人かは、手を広げて、空中でもう片方の手の指を動かし、自分のアミーダ、その個人情報端末を確認していた。端末、というより、各個人の脳に埋め込まれた『デュアルコア』を介して個々に見えている、架空の視覚情報だ。つまり、アミーダは利用している本人にしか、見ることができない。しかし、彼らの様子からするに、繋がらないのは本当のようだった。

 

 真人も、試しに左手を広げ、自分のアミーダを開いた。真人は黒いグローブをしていたが、物理的に手から映像が出ているわけではなく、脳内のデュアルコアを介しての視覚情報なので、問題はない。映し出された映像には、確かに「|DISCONNECTED(圏外)」との文字があった。こんな表示は、テストの時や空港などの特別な場所でしか見ることはない。

 なるほど、ただの旧式強盗ってわけじゃなさそうだな、電脳ハックなんて、やるじゃないか。どうりで、ピースキーパーが来るのが遅いはずだ。



 アミーダが接続できない状況に、慣れていない利用客たちは、騒然となった。全く、この時代の人々は平和ボケしすぎている。

「うるせェ!」

 と、また男は叫び、もう一発、天井に撃った。少女は、完全に力が抜けてしまったようで、男の腕の中でぐったりしている。


「静かにしろ。繋がらないとはいっても、もう少し時間が経てば、騒ぎを聞きつけてピースキーパーが本当に来ちまう。その前に、早く金を出すんだ。早く!」

 リーダーの男がいった。銀行員たちは、慌てて現金を出そうとしていた。彼らも、生の現金を扱うのには、慣れていないようで、モタモタしていた。


 さて、これはよろしくないな。と真人は思った。アミーダの表示には、午前11時20分と出ている。あと、15分か20分もすれば、騒ぎを聞きつけたピースキーパーが来て、事態は収着するだろう。それか、この強盗たちがその前に仕事を完了させるか、だが、それにももう少し時間がかかる。


 しかし、それでは遅いのだ。真人は、どうしても急がなければならない事情があった。どうしても、あと数分のうちに、ここを出なければならない。



 全く、困ったな。真人はゆっくりと立ち上がった。そして、両手にしていた黒いグローブを外した。


「おい! 何だオマエ! 動くんじゃねぇよ!」

 見張りの一人が、真人に銃を突きつける。

「おい。オマエ、何のつもりだ」

 リーダー格の男も、真人に銃を向ける。


 真人は、それを無視し、リーダー格の男に向かって、真っすぐ、そしてゆっくり歩き始めた。

 作業をしていた他の男達も、一斉に真人の方に銃を向ける。


「問題です」

 真人はいった。

「は?」

 男達は、虚をつかれたようだった。

「問題です。あなたたちが持っているのは、旧式の自動拳銃で、装填されているのは通常の9ミリパラベラム弾ですが、さて、それは何でできているでしょうか?」


「知るかよ。死ね」

 リーダー格の男はそういうと、真人の方に銃を向けて、発砲した。

 弾丸が真人に向かって、真っすぐ飛んで来る。真人はその弾丸に向けて、手を伸ばした。



 バシイイイィィィィィィッッッッッ!!!



 弾丸が、真人の右手を貫いた。はずだった。

 その弾丸は、真人の手に触れた瞬間、その動きを止め、一瞬にして溶けてしまい、床の上に落ちた。そして、固まり、ただの金属の塊になってしまった。


「不正解です」

 真人はいった。

「答えは、鉛に、鉄、などの金属。コーティングに真鍮なんかも使われていますがね」

 一瞬、何が起こったのか理解できず、男達は唖然としていた。


「な、何だテメェ、動くなっていったのが聞こえねェのか!」

 リーダー格の男が、そう叫んだ。拳銃を持つ手は震えていたが、男はもう一度発砲した。しかし、銃弾は真人の手に触れると、また溶けて、床に落ちると固まってしまった。

「と、止まれ! 止まれって言ってんだろうが!!」

 男は、震えながら、後ずさりし、叫ぶ。周りの手下たちも、何がなんだか分からず、腰が引け、足は震えていた。利用客たちは、唖然としてその一部始終を見ている。


 真人は、その歩みを止めない。そして、男の拳銃に手を触れると、その拳銃は瞬く間に溶けて、床に落ち、ただの金属の塊になってしまった。

「ひいいいぃぃぃぃぃィィ!!!」

 リーダー格の男が悲痛な悲鳴を上げる。彼の身体は、まるで極寒の地にいるように震え、その顔は青ざめているのが、暗闇でもはっきりと分かった。


「さて、問題です」

 真人は、そういうと、後ろから手を回して、男の黒いフードを外し、首に手を回した。

「人間の体は、どんな成分で構成されているでしょうか?」

 真人の右手の指が、男の首筋をなでる。

「ひいいぃッ」

 男は、すっかり固まってしまった。


「答えは、水分が6、7割、残りの3、4割はタンパク質と脂肪、そしてその他諸々の成分です。さて——」

 真人はそこで、一呼吸おいた。銀行の中は、今やすっかり静まり返ってしまっていた。

「その成分が、一気に分離したら、人体はどうなりますかねぇ……?」

「まさか……おま……」

 男は、自分が置かれた状況を理解したようだ。


「3…2…」

 真人はカウントを始める。

「や、やめろ! やめてくれえええええええええええぇぇっっっっ!!」

 男は、悲鳴を上げ、そして、ぐったりと気を失ってしまった。



「どうです? まだ仕事を続けるつもりですか?」

真人は、手下たちを見回していった。自分たちの頭がやられた彼らは、仕事を続ける意欲を失ったようだった。



 10分後。ピースキーパーが銀行に突入し、事態は集結した。しかし、何が起こったかを、鮮明に覚えている者は誰もいなかった。

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