表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

図書室シリーズ

図書室一味の初詣

図書室シリーズ四作目です。そのままでもお楽しみいただけますが、『図書室一味の日常風景』他二作を読んでいただけるとよりお楽しみいただけるやも知れません。

「初詣に行こう!」

 年の暮れも近づいた冬のある日。

 俺、天野(あまの)義樹(よしき)が人気のない図書室にて、冬なんていう呪わしき季節に恨み言をぶつくさ述べながら石油ストーブを囲みながらガタガタ震えていた放課後。

「よしきん。初詣だよ? はつもうで」

 平均よりも一回り小さな背丈、ツインテールの爆走超特急こと、幼馴染の御堂(みどう)凪音(なぎね)がいつものように何か言い出した。

 ……って、初詣?

「初詣って、今はまだ十二月だろう」

「そうじゃなくって、大晦日に漫画とかでやってる深夜に行くやつだよ。今年の内にお参りして、屋台でいっぱい楽しんでから、年越してもういっぺんお参するの」

「あーあるな、そういうのも」

 俺も存在自体は知っているが実際に行ったことはない。

 イベント好きの凪音は中学の時にもやりたいやりたいって言ってた気もするが、メンバーが集まらずお流れになってたような。

「そうそう。今年のこのメンバーなら行ける気がするんだ」

「確かに」

 俺は当然餌食になるとして、もの好きの悠美(ゆうみ)先輩は上手く乗せれそうだし、食べ物で釣れば瑞奈(みずな)も行けそうだ。

 佳央里(かおり)は……多分勢いでなんとかなるだろう。うん。

「ま、とりあえず行ける行けないはともかくとしてだ」

 ぐるっと図書室を見回す。

「ともかくとして?」

「みんなが揃ってから言うべきだったな」

 見渡す限り、狭い図書室に俺と凪音のふたりきり。

 図書室には誰もいない。

「む……いいじゃん。まず参加者第一号ということで」

「被害者第一号の間違いだろうそれは」

「『凪音ちゃん被害者の会』名誉会長だしね」

「お前がそれを言うか……」

「それでもついてきてくれるよしきんは大好きだよっ」

「あーはいはいそりゃどうもー」

 俺のぞんざいな返しに、凪音も慣れたもので「よろしい」と妙に偉そうに返すと、

「じゃよしきんは確定と。んじゃあ次なる獲物を待ち伏せるとしますか」

 そう言って、入り口のドア脇の壁にスタンバる凪音。

 その無駄な情熱はどこから湧いてくるんだ、と思いつつも、

「うーさぶ……」

 とりあえずそこら辺は全部置いといて俺は引き続きストーブで温まることにした。

 暖房器具は人類の英知が生み出した至宝です。



 ――私立明祥高校。

 ここは、県内ではそこそこの進学校であるのだが、学校全体の敷地の狭さから図書室はとにかく小さい。

 当然ながら蔵書は微妙。席の少なさから自習室にもなりきれず、近所に立派な県立図書館があることも相まって、ここを訪れる学生は皆無と言っていい。

 もう何年も専属の司書は付いておらず、今は現代文や古典の先生が年ごとの持ちまわりで管理するだけ。

 この学校では、まさに捨てられた場所であり……そこに目をつけたのが例の凪音である。

 奴は図書室の利用者がロクにいないことをいいことに、担当の先生を上手いこと丸め込んでこの図書室を私物化。

 以来ここ私立明祥高校図書室は、誰が呼んだか通称『図書室一味』のダベリ場兼お茶会場と化していた。

「というわけで、初詣だよ!」

「どういうわけよ!?」

 そんな図書室に入るやいなや、ドア脇に潜んでいた凪音のターゲットにされた哀れセミロングのくせっ毛女子……神田(かんだ)佳央里(かおり)も、『図書室一味』の一人。

 多分この場に一番似つかわしくない常識人であり、時々俺がツッコミを放棄したボケも丁寧に拾ってくれるツッコミマスターでもある。

「どういうこともなにも、いつもの凪音の思いつきだよ」

 俺がそう補足すると、佳央里は「あー」と遠い目をしつつ、

「相変わらずいきなりね……」

「で、どう? どう? 一緒に深夜の初詣行かない?」

「深夜の初詣って、いわゆるあれよね? 大晦日の夜中に行く奴」

「ああ。凪音が今年こそ行ってみたいって言い出したんだが、どうだ?」

「ふーん……ちなみに、どこの神社に行くの?」

「んー、近所の神社かなぁってなんとなく……」

 毎度のごとく凪音のいい加減な思いつきである。そこら辺は俺が後から詰めればいいかと思っていたので特に気にしなかったのだが、

「ダメよ」

「ふぇっ?」

「行くにしてもちゃんとしたところじゃないと、人も屋台もなくて寂しい思いをするだけよ? 人のいない真夜中の神社とかショボイ通り越してめちゃくちゃ不気味なんだから」

 妙に語気強く佳央里が指摘する。というか変に説得力があるような……

「……行ったな?」

「え、な……な、何のことかしら……?」

 問いかけに明らかに目線を逸らしてうろたえる佳央里。

「大晦日の深夜、うっかり、近所の神社に」

「あ、あははは……」

 図星だったらしい、俺の問いかけに佳央里はただ乾いた笑いを返すだけ。

それを見てさすがに察したのか凪音も首を傾げながら、

「ほぇ? かおりん、行ったことあるの?」

「うー…………」

 そう問いかけると、さすがに佳央里も観念したのか、

「…………去年、友だちと……」

 顔を真っ赤にして目線を逸らしつつも、そう答えた。

「おお、かおりん、深夜参り経験者さんなんだ!」

「って言っても、あたしらは深夜の人っ子一人いない、提灯の薄明かりだけの神社にお参りしただけよ?」

「想像するだに寂しい絵だなそれ」

「いやホントに怖かったんだから! 人はいないし、そのくせぼんやりと提灯だけは灯ってて……しかも風で神社の森がざわざわしてお化けとか出てきそうな空気だったし」

 ……想像するだに不気味な図だった。

 しかし一番「年末は家族と……」とか言いそうな奴がまさか経験者とは、世の中わからんもんだ。

「しかし、大きい神社となると……どこがいいんだろうな?」

「かおりん、心当たりある?」

「ちょっと遠出になるけど、うちの県は全国有数のお稲荷さんがあるし、そこに行けばいいんじゃない?」

「そこは、次こそは、と佳央里が以前から目星をつけていた神社だった」

「変なナレーション入れるなぁーーっ!!」

「違うのか?」

「ちがっ、違うわよ!」

 声が上ずってますぜ佳央里さん。

 ……それはともかく、そのチョイスは正解だろう。

「ま、そうだな。あそこのなら人がいなくて寂しい思いもすることはないだろ」

 同意する言葉に、佳央里もうなずき、

「参道にお店もいっぱいあるし、賑やかに楽しめると思うわよ。逆に人多くて地獄かもだけど」

「ま、人ごみは雰囲気と割りきって気合で乗り切るべきかね」

「おおー、あっという間に計画が進んでいく」

 その脇で言い出しっぺは目をキラキラさせながら他人ごとのように聞いていた。

「しっかりしなさいよ発案者……」

「まぁ凪音は凪音だからな」

「アンタも甘やかさない」

「いや別に甘やかしてるわけじゃ……いや、甘やかしてるのか?」

 そう言われた所で、正直自分のことは自分ではよくわからん。

 昔から俺らはこうだったからな……

「私は辛口より甘口のよしきんの方がいいなー」

「アンタもアンタでまた話をややこしく……」

「凪音はこういう生き物だからな。気にしたら負けだ」

「……ま、義樹がそれでいいなら、それでいいけど」

 佳央里はそう言うとふぅ、と一つため息。それからふい、と図書室の入り口に目をやり、

「ここの二人は巻き込まれてあげるとしても、あとは先輩と瑞奈ね……乗ってくるかしら」



「ということで新年は皆でお稲荷さんに初詣に行く事になりました」

 ふふん、と産地不明の無駄な自信と共に告げられた凪音の初詣プラン。

 しかし、コーンポタージュ缶をお手玉しながら図書室に到着した秋山(あきやま)瑞奈(みずな)は気の抜けた声で一言、

「…………おいなり?」

 そう返すだけで、コンポタ缶を開封しながら俺の向かいのストーブの前で丸まり「……おおぅ……」と妙な鳴き声を上げる。猫かお前は。

「……やはり冬はおしること、コンポタ缶の二強」

 コーンポタージュをすすりながら心底幸せそうな無表情(何故か解る)でほっこりする瑞奈。

 それに凪音もテンションを吸い取られたのか、

「あの……みずちー?」

 次に瑞奈は懐から世間一般に「うまい」事で知られる棒状スナック菓子(これもコンポタ味)をもそもそ食べはじめ、幸せ顔。

 それからワンテンポ遅れて呼びかけた凪音の方を向き、

「……ふぁい?」

「ダメだこの子! 完全にとろけちゃってる!」

 凪音が瑞奈を指さしてこっちを見る。いや俺に言われてもな。

 というか他人を指差しちゃいけませんよ凪音さん。

「とろけたっつーか、むしろ凍りついてる方だろこれ」

「おお。なるほど」

 俺のデタラメにポンと手を打つ凪音。適当に言っただけだが納得されてしまった。

「じゃあ溶けるまで待とっか。私もストーブであったまる~」

 言いながらパイプ椅子を運んできて、ちょこんと俺の隣に座る凪音。ストーブに手を当てて「ぬく~」と幸せ顔。

「そういう問題なの……」

 呆れたような困惑したような微妙な表情の佳央里も、輪から外れるのもなんだろうと思ったのか一応パイプ椅子を持ってきて凪音の隣に。

 そんな感じに、なんだかんだと四人集まって、ストーブの前で揃ってぼけ~とすること数分。

 唐突に瑞奈がふらっと立ち上がり、凪音に歩み寄ると、

「……ん。いいよ、なぎぃ」

 そう言って凪音の頭をポンポンと撫でた――

「……お話、聞かせて?」

「…………。…………ほぇ?」

 ――のだが話を振った当人が完全にストーブの前で骨抜きになっていた。

 おいこら発起人。

「しっかりしろ凪音ー 初詣に行くんじゃなかったのか」

 とりあえずほっぺたを軽くぺしぺしとたたく。

 何度かはたいていると、

「んー…………はっ、そうだった初詣!」

 突然思い出したように立ち上がった。

「みずちー、初詣に行かない? 深夜に行くやつ!」

「……初詣?」

「そうそう。皆で大晦日の夜に集まって、神社の参道とか屋台でい~っぱい食べて、日付が変わったらお参りするんだよ」

「…………食べる」

 食べるという一言に耳ざとく反応したらしい瑞奈。

 と言うかお前本当にそこにしか興味が無いのか。

……とは口に出しては言えないが。

「そうそう。きっとたこ焼きとか焼きそばとかお好み焼きとか」

「……おお」

 その言葉に更に瑞菜の目が光りだす。

「そこに付け加えるなら、甘酒が振舞われるらしいわよ?」

「……あまざけ」

 なんだかんだで説得に加勢する佳央里。付き合いのいいやつだ。

「ね、ね、美味しそうでしょ? 行こうよ初詣!」

 ともあれ、ダメ押しも効いたのか、さして間も置かずに瑞奈は口を開く。答えはもちろん、

「……うん、行く」

 肯定。

「やったぁ!! 約束だよ? 絶対だかんね!」

「……うむ。大丈夫」

 はしゃいで瑞奈の手を取る凪音。瑞奈も心なしか嬉しそうで。

 ……あとは、先輩か。

 このまま普通にOKを出してくれればいいんだけれど……



「と言うことで、初詣はお稲荷さんで油揚げを食べます」

「はい、わかりました。行きましょう」

 五秒でOKが出ました。

 凪音の意味不明な宣言に笑顔で答えたのは上嶋(かみしま)悠美(ゆうみ)先輩。

 この「図書室一味」唯一の二年生であり、綺麗に伸ばした長い黒髪がトレードマークの、ぽやっとした雰囲気の漂う先輩である。

 ……のだが。

「いや、ちょっと待ってください先輩。今の説明めちゃくちゃ要点抜けてましたけど」

「みんなでお稲荷さんに初詣に行くんですよね?」

「それはそうなんですけど、行くのは大晦日の夜からで――」

「もちろん、大晦日でも三が日でも、みんなのためならいつでも予定を空けられるので平気ですよ」

 大丈夫だった。

 と言うか全く死角がなかった。

 この人幼馴染の俺より凪音の理解者なんじゃないのか。

「よっしこれで全員揃ったー!」

 ともあれ、はれて全員の参加を取り付けてハイテンションに飛び上がる凪音。

「あと凪音、一応言っとくけど、参拝者は油揚げ食べないわよ? あくまでお供え物だからね?」

「ええー お稲荷さんなのに?」

 ぶーたれながら凪音が言うと、横から瑞奈が凪音を抱き寄せ、

「……あそこ、参道のお店でいなり寿司売ってる」

「え、ホントに?」

「……『稲荷神社のいなり寿司』って」

「まんまというか……余りにまんますぎて何とも反応に困る名前ね……」

「でもいいなぁ、お稲荷さんでいなり寿司って、『本場!』って感じするよね」

「共通点が油揚げなだけで、寿司と神社にはほとんど関係ないけどな」

 確か、お稲荷さんの使いが白狐で、白狐の好物の油揚げを稲荷神社に奉納してたとこから油揚げ系の料理に『いなり』って付くようになったからだっけか。

 それはともかく。

「じゃあ大晦日はみんなで初詣だー!」

 そんなこんなで、俺たち五人はみんな揃ってお稲荷さんへ初詣に行く事となったのだった。


* * *


 十二月三十一日、午後八時三十分。

 約束の三十分前に、俺は待ち合わせ場所のバス停に到着した。

 やたら早いが、その理由は断じて気が急いていたとか、ワクワクしていたなどではない。

 その理由は一つ。

恐らく待ち合わせ場所に既に居るであろう――

「あ、よしきん! やっほ~」

 嬉しそうに手を振るバカが一匹。他でもない凪音だ。

 紺色のダッフルコートとマフラーで防寒装備を固めた姿で、凪音はバス停の前に立っていた。

 ……やっぱり。

 こういう時に、時間ピッタリまで家で大人しくできるような奴なら、そもそも初詣だ何だと言い出したりはしなかっただろう。

 しかしくっそ寒い中よくもまあ。テンション上がりすぎにも程があるだろう。

「よっす」

 挨拶とともにお互いに示し合わせるでもなく手を出し、手袋同士がばふんと間抜けな音を出し手が合わさる。

 挨拶を済ませ、とりあえず確認の為聞いてみる。

「で、いつから居たんだよお前。いくらなんでも早すぎだろ」

 近所なんだからせめて誘って行けばいいだろうに、とは思うも口には出さない。

 ……以前聞いたら「待ち合わせることに意義があるのだよ」とかわけわからん凪音理論の講釈を聞かされるハメになったからな。

 理解できないことは無理に理解せず、とりあえずそういうもんだと思うのがコイツとの上手いやり方だと、俺は長年の経験で習得している。

「ふっふっふ……私は約束の三十五分前には既に到着していたぞ」

 今が約束の三十分前、ということは、

「……ってそれ五分前に来たばっかってことだろ」

「へぷっ」

 中指を引っ張ってデコに叩きつける。

「……ってあれ、意外と痛くない」

「しまった。手袋だから威力が」

「ふふふ……今の季節にデコピンなぞ、甘いなよしき――ひゃぷっ!?」

 手袋を外してリトライ。今度は非常にいい音が響いた。

「冷えた素肌に効っくぅ……」

「指の腹にしといてやったんだから感謝しろ」

「それもそれでべちんってすごい音したんだけど……」

「冬の風物詩だな」

「そんな風物詩要らないよ!」

「静電気とあかぎれに並ぶ冬の三大風物詩」

「何でそんなピンポイントに肌痛い系をチョイス!?」

「まあまあ、カイロで温めてやるから機嫌直せって」

「そうやってまたモノで釣ろうと――わぁぬくー」

 カイロを額を当ててほっこり顔の凪音。相変わらず即物的というか何というか。

「……ったく」

 そう口に出すも、まあ悪い気分ではない。

 寒空の下にこいつ一人を立たせることにならなかったのだから。



 そうして、凪音に構って暇つぶしすること数分。

 次の客人は思った以上に早く訪れた。

「こんばんはー」

 声の聞こえた方を見れば、そこにいたのは悠美先輩。

 普段よりも暖かそうなクリーム色のコートに身を包み、グレーの手袋をした手を小さく振りながらこちらに早足で近づいてくる。

「先輩? こんなに早くどうしたんです?」

 いつもは集合のほぼ十分ちょうど前に現れる彼女が、こんな時間にどうしたんだろうか。

「ええ、少し……でも、心配なかったみたいですね」

「はい?」

「いえ、なぎちゃんもそうですけど、義樹くんも義樹くんらしいなぁ、といいますか」

「……はい?」

 何のことだろう、と疑問に思うも、

「なぎちゃんこんばんは~」

「わーい! 先輩こんばんは~」

 女子二人で盛大にハグハグしてしまって聞くどころでなかった。

「なぎちゃんあったかいですねー」

「先輩もあったかいよー」

 お互い頬ずりながらムギュムギュ抱き合う。

 いい具合に凪音がちびっこく、スタイルがいい先輩とちょうどいい身長差があるので、傍から見ればまるで仲良し姉妹である。

 なんとなく微笑ましげに横から見ていると、不意に先輩がこっちを向いて、

「義樹くんも混ざりません?」

 なんて事をさらっというものだから。

「いえ、結構です」

 すみません嘘つきました本当はちょっと混ざりたいです。

 ……だがそんな光景を見られたら(主に佳央里に)なんて茶化されるか。

 ちょっと惜しいような、でもまあ横で見ているのも悪くない。

 絵面だけ見れば姉妹的先輩後輩のいちゃいちゃである。

 しばしまったりと微笑ましい二人のじゃれ合いを眺めるのであった。



「何やってんのあんた達……」

 それが、到着した佳央里の第一声だった。

「あ、かおりーん!」

「こんばんはー」

 佳央里の眼前には、団子になった先輩と凪音。

 ……具体的に言えば、先輩のコートの中に凪音がすっぽり収まり首だけ出し、二人分のマフラーを二人で8の字に巻くという何が何だかな図。

 あのじゃれ合いが結局こうなってしまうのがこの二人らしいというかなんというか。

「コアラだよコアラー」

「や、むしろカンガルーじゃないでしょうか」

「いつもこうだろう。気にしたら負けだ」

 だから俺も、唯一の常識人たる佳央里にはこう言うしかないのである。

「……年の暮れまで変わらないわよね本当に」

「ま、いいんじゃないか。これはこれで」

「……あんたもあんたで変わらないわよね」

「なんだそりゃ」

 まあ年末だからっていきなり何か変わってたら怖いが。

「ともかくこれで四人ね……来てないのは瑞奈だけ?」

「待ち合わせ時間までまだ五分以上残ってるけどな」

「何してるのかしらね。食べ物に釣られてさっさと来そうな気もするのに」

「あいつ異様に寒がりだし、途中で凍りついてたりしてな」

「あははは、まっさかぁ……」

「…………まさか、な」

「いや、何よその意味深な表情!?」

 あれ、適当に煽ってみたら意外に効いてるっぽい。

 安いなーと思いながら追い打ちをかけようとしたら、

「冗談もたいがいに――」

「…………うらめしやぁ」

「ひぎゃああああああああああッ!?」

 背後から瑞奈ご本人様からのこれ以上ないトドメが。

 気配を消して接近して、勢い良くゾンビのようにしなだれかかる、という。

 ……俺もやられたら無事で済む気がしないわ。あれ。

 そんな感じで、最後に瑞奈大先生のご登場となったわけで。

「あ、みずちー! こんばんは~」

「……やは」

「よう、瑞奈。遅かったな」

「……みんなが早かっただけ。私は時間通り」

「まぁな……」

 二十分前には既に三人揃ってたもんな。

 と、しみじみしていたら、パニックから回復した被害者さんが若干涙目で、

「――――っ何すんのよあんた!?」

「……勝手に人のこと凍ったとか言うから」

「それ言ったの義樹なんだけど!?」

「…………。……じゃあ、ノリ?」

「そんないい加減な!?」

 まあ、なんというか。今のは流石に悪かった気がする。

 主に瑞奈が。

 マジで半泣きとかどんな脅かしテクだよ。

「まあまあ。これで全員揃ったことだし、ちょっと早いけど行くか?」

「そだね。次のバスに乗っちゃいますか」

 ま、そんなこんなで全員集まり、俺達は一路お稲荷さんへ向かうのであった。



 バスに揺られて三十分。

 停留所を降りたそこは、ちょうど神社のふもとの参道。

 既にお店が開いて、出店も既に出揃っているようだった。

「わぁ……わぁ――」

 それを見て目をキラキラさせるのは凪音。

 相変わらずだけど、本当に子供みたいな反応するよなコイツ。

 そんな嬉しそうな顔を見るのは嫌いじゃない。

「よしきん、ほら、出店だよ出店!」

「言わんでも解るっての」

 ……何年たってもコイツのお祭り好きは変わらんな。

「それじゃま、バスの中で話した予定通りに行きますか」

 予定ではとりあえず全員揃って今年分のお参りを済ませ、その後十時まで自由行動。

 十時に振舞われる甘酒をもらい、年が変わるまでは人が増えるだろうということで本殿近くで待機。

 日付が変わるとお参りをして、おみくじを引き、心残りの屋台を回って締め、となる。

「まずは本殿にお参りですね」

「よーし、いってみよー!」



 五人揃って油揚げをお供えし、お賽銭を入れて鈴を鳴らして二礼二拍手一拝。

 揃って始めたくせにてんでバラバラなお参りを済ませると、凪音が一言。

「去年来てないのに大晦日にお参りするって変な感じだよね」

「確かに、大晦日のお参りは『一年間お世話になりました』っていう感じがするものね」

「つっても境内にある屋台回るのに挨拶もないのはなんか気が引けるし、俺は『これからしばらくお邪魔します』的な感じでお参りしたんだけどな」

「そうですね。私もそんな感じです」

「あ、それなら納得かも」

 俺と悠美先輩の言葉に、ほうほうなるほど、と頷く凪音。

「じゃあお前、今なんて考えてお参りしてきたんだ」

「え? それは、『特にお世話になってませんけど一年間お世話になりました』って――」

「やり直してこい今すぐ。来年ここのお稲荷さんに祟られるぞ」

「ええー!?」

「いやそこまで本気にならなくても……」

「まあまあ、初詣の時に御免なさいしたら大丈夫じゃないですか?」

「う……じゃあそれで」

 と、まあそれは置いておいて。

「じゃあここから十時まで自由行動な。それから合流して甘酒を全員で貰うから。……凪音、集合場所は頭に入ってるか?」

「うん。大丈夫だよ」

「いいな? 解ってるな? この歳にもなって迷子センターの呼び出し掛けたらただじゃ済まさんぞ」

「わ、解ってるよー!」

 ちなみに凪音は幼少の時から迷子センター常習犯である。

 ショッピングモール他、賑やかな場所に行くとなぜか凪音だけ居なくなっては迷子センターの呼び出しコンボは鉄板だ。

 親御さんはもちろん、俺も相当回迎えに行った記憶がある。

 さすがに最近はないが……この神社は相当混雑するらしいので、事前に集合場所を決め、全員に神社の見取り図を持たせてある。

 恐らくこれで準備は万端のはず……なのだが。

「よっし、じゃあ出店制覇行ってみよー!!」

「…………おー」

 ここにまた、伝説の食欲コンビが結成された。

 ……この二人の組み合わせを見ると不安しか浮かんでこないのは何故だろうか。

「では行くぞみずな隊員!」

「……りょーかいです。なぎぃたいちょー」

「よし、とつげきー!」

 二人はいざ戦場に挑まんとばかりに勇ましく人々の波に足を踏み入れ、

「「わー……」」

 そのまま流されていった。

「…………」

 大丈夫なんだろうか。本当に。

 まあ俺が付いていった所で、どうせ十中八九見失うのは目に見えているのでどっちもどっちなのだが。

 うん、大丈夫だろう。

 ……多分。



 そんなこんなでアグレッシブ食い倒れチームと、まったり雰囲気を楽しむチームで別れ、こちらはまったりチーム。

 俺と悠美先輩と佳央里の三人で、人ごみを縫いながらぶらり屋台巡りである。

「しっかし、大晦日の夜なのに、こんなに賑やかなもんなんですね」

 こたつでみかんと紅白が大晦日の定番かと思ってたんだが、こんなに沢山の人間が大晦日の夜に外を出歩く姿を見て少し不思議な気分だ。

「そうですね。私も初めてでちょっとびっくりしてます」

 俺の少し後ろにぴったりついてくる悠美先輩。人ごみだからと袖を掴まれているのが妙にくすぐったい。

「ほんほにねぇ」

 そしてたい焼きを咥えながら答える佳央里。と言うかいつの間に買ってたんだ。

「んぐ……先輩も食べます?」

「あ、ありがとうございます。いただきますね」

「お前、地味にノリノリだよな」

「いいじゃない。去年の雪辱戦よ。それにここは来てみたかったしね。……はい、あんたもたい焼き」

「ああ、ありがと……って、これはお前の奢りになるのか?」

「そうねぇ……計算めんどくさいから次あんたが何かくれたらいいわ」

「何かって何だよ」

「可能な限り高そうなのがいいわね。じゃあ、あのチョコバナナクレープで」

「ちょっと待て明らかに値段が釣り合ってないだろそれ」

「いいじゃない。お祭りなんだからケチケチしないで」

「お前なぁ……」

「ほらほら。先輩の分も一緒に奢るとさらにポイントアップよ」

「何のポイントだ何の……すいません、チョコバナナクレープ三つ」

 一撃で千二百円が蒸発した。恐るべし屋台相場。

「あー幸せ……他人の金で食べるクレープほどおいしいものはないわね」

「ああ、そうだろうな……」

 俺のクレープは四百円の味がするよ。百円玉四枚だよ。うわぁ超うめー。

 ……ま、お祭り感の中で食べる分、普段よりもずっと美味しい気がするのは事実だが。

 と言うか絶好調だな佳央里のやつ。やっぱこういうお祭りは好きなんだろうか。

「悠美先輩はどうです? クレープの他に食べたいものとかありませんか?」

「はむ……いえ、これで十分です。むしろ、今度は私が義樹くんに何か買いますよ。何がいいですか?」

「や、先輩にそんな……」

「先輩が奢られてばっかりって、格好が付かないじゃないですか。義樹くんは何が好きなんです?」

「ええ、じゃあ……」

 割といい値段ばかりの屋台の中で、できるだけ安そうなものを、と探した所で、

「あのべっこう飴で」

「べっこう飴、ですか……」

 そう言うと、先輩は何故かべっこう飴の屋台を見て、それからキョロキョロと周りを見渡し、

「すみません、たこ焼き一つお願いします」

 たこ焼き屋の屋台でたこ焼きを買っていた。……って、

「ええええ!?」

 希望を聞きながら全力で無視ですか!?

 普段はそんな事するような人じゃ……とか、ついに悠美先輩まで凪音ウィルスに汚染されて……とか思っていたら、

「先輩に気を使おうなんて百年早いですよ」

こちらを向いた先輩が、そう言って、してやったり、と言う笑みを浮かべた。

 ……まさか、

「わざと安いのを選んだの、バレてたんですか……」

「なんとなく、義樹くんならそういうことしそうな気がして、周りを見たらやっぱりべっこう飴が安かったんで、そうなのかなぁって」

 普通にバレてた。エスパーかこの人。

「あ、本当にべっこう飴の方がお好きならそれも買ってあげますけれど、どうします?」

「……いえ、たこ焼きのほうが好きです」

 値段どうこうより、食べがいのあるたこ焼きのほうがありがたいのは事実だ。

「よかった。……では、はい。先輩からのプレゼントです」

 ……今年最後のプレゼントがたこ焼きってのはどうなんだろう。

 なんて、普段考えるような無粋なことが浮かばないぐらい、悠美先輩の気遣いが無性に嬉しかった。

「たこ焼きうめぇ……」

 屋台だとか味だとか関係なく、めちゃくちゃ美味いのは気のせいじゃないよな。

「義樹、ベビーカステラ買ってきたんだけど、食べる?」

「貴様、今度は何が目的だ!」

「うわ、義樹が人間不信になってる!?」

「誰のせいだ誰の!」

「まあまあ、みんなで仲良く食べましょうよ」

 そんなこんなで、しばし三人で屋台で食べ歩いたのだった。



 午後十時過ぎの待ち合わせ場所。

 人は大分増えてきたが、少し外れの場所にある社務所の近くは人の流れから外れているので待ち合わせにはもってこいだった。

「ふはぁ~っ」

 そこで、三人は時間通りに、食い倒れ二人は奇跡的に十分遅刻で合流し、再び五人揃って参拝客に振舞われた甘酒をすすっていた。

「やっぱ甘酒はあったまるな……」

「ですねぇ」

「子供の頃は『へんなあじー』って思ってたんだけど、味覚も変わるもんなんだねー」

「そうねぇ」

「……美味」

 そうして皆でまったり温まっていると、不意に凪音が手にした袋をガサガサやり始めた。

「ん、どした?」

「戦利品開封。甘酒飲んだら開けようと思って」

「戦利品? 何か食べ物以外に買ったのか?」

「いやいや食べ物だよん。よしきんたちは買ってないだろうと思って……ほら、これ!」

 そう言って凪音が取り出したのは、

「これって……」

「『稲荷神社のいなり寿司』……本当に買ってきたのねアンタら」

 半ば呆れた声で佳央里が言うのは、いつぞやに話していたいなり寿司。

「これ、私たちは見なかったんですけど、どこで売ってたんですか?」

「……バス停近くのおみやげ屋さん」

「ああ、なるほど」

 俺たちはずっと境内の中の屋台をメインに回ってたから気づかなかったわけだ。

 ということは、逆に言えばこいつらは相当広範囲を動きまわってたということで。

 ……よくやるよ全く。

「はいはーい。割り箸あるからどぞどぞ」

「……ほれほれ、食うがいい」

 瑞奈も一緒に袋から取り出し、割り箸を配る。

 と言うか準備いいなおい。

「んじゃ俺から貰うか」

「はい、食べてみて食べてみてっ」

「んぐ…………」

 ……うん、普通のいなり寿司だ。

 何の変哲もなく、超普通のいなり寿司である。

「まあ、油揚げの聖地お稲荷さんで食べてると思うと美味い気もするな……」

 あくまで気がするだけだろうが。

「はむ…………そうですね。でも美味しいと思いますよ」

 悠美先輩には意外に好評。

「そうねぇ。お供えした油揚げの代わりに食べてると思えばちょっともやもやがスッキリするというか」

 佳央里もそこそこ。

「…………美味」

 瑞奈はよくわからん。

「んむんむ……でもあれだよね。狐さんの目の前で好物の油揚げ食べるって、よく考えるとなかなか外道な嫌がらせだよね」

 そして、何気ない凪音の一言に、

「……………………」

 一同沈黙。

 ふと振り向けば、すぐ側には本殿を守るように立つ、二体の白狐の像。

 対になって正面を向くそれの視線が、心なしかこちらに向いているような、いないような……

「…………い、今からでもこれ、お供えします?」

「いや、先輩それ物理的に神社に迷惑ですから」

 食べかけのいなり寿司を放置とか色々ダメすぎる。

「食べた後ごめんなさいしたほうがいいかな……」

「いやいや、来た時にちゃんとお供えしたから大丈夫でしょう……多分」

「そうだよな。大丈夫だよな……多分」

 そんな感じに、微妙に後味の悪い『稲荷神社のいなり寿司』なのでした。



 そんな事もありながら、時間つぶしも兼ねて本殿近くで食べ歩き再開。

 まだ食べてないものを適当に狙いながら、日付が変わる直前まで全員がはぐれないようにのんびり回る感じであるが、

「……イチゴ飴。二つ」

「はいよ、イチゴ飴二つ六百円!」

「おっちゃん、焼きもろこしちょうだい!」

「ほれ焼きもろこし。可愛いお嬢ちゃんには一本オマケだ」

「わぁ、ありがとー!」

 瑞奈と凪音は本当に底なしかよってぐらい食っている。

 その胃袋も脅威だが、

「お前らいったい幾ら使ってんだ……」

 のんびり食べていただけの俺でも既に二千円を越している。

 あれだけ食ったということは、相当……

「……今ので五千三百円」

 相当豪快でいらっしゃいました。

「いいのかそんなに使って」

「……余裕。まだ予算の半分切ったとこ」

「半分……ってことはまだあと同じぐらい食う気かよ!?」

「……それこそ余裕」

 無表情でピースを返す瑞奈の目はガチだった。

 あんだけ食っといてまだ食い足りんのかこいつ。

「と言うか仮に食えたとして、お前はたかが屋台に万札突っ込む自分の姿に何の疑問を抱かないのか……?」

「……無駄と無意味と無益を愛するのがヒトというものだよ、義樹くん」

 屋台の食い倒れで人の本質を説いてきたよコイツ。

 いやいいけどさ。

 と、ふと肩を叩かれて振り向いてみると、凪音がどこかを指さして、

「はおひほふひほへは」

「いや、飲み込んでからしゃべれよ」

 それで何かが伝わると思ってんのかコイツは。

 ……いや、解ってしまう時もあるから幼馴染というのは厄介なのだが。

「んぐ……」

 口の中のものを飲み込んでから一息ついて、再び凪音が発した言葉は、

「あのひと振袖だー、と思って」

「ん、ああ確かにそうだな」

「本当ね。綺麗な人……」

 側に居た佳央里も同意したのは、凪音が指さした先の女性。

 大学生ぐらいだろうか。明るい朱色に梅の花があしらわれた派手な着物を綺麗に着こなしていた。

 それを見て、俺はふと思い至る。

「そういやお前、振袖着てこなかったんだな」

 前に凪音の家に振袖があるとか何とか言ってた気が。同居のばあちゃんが着付けできるんだっけか、確か。

 イベント好きの凪音なら「日本の風情だよねと」か言ってそれぐらい着てきそうなはずなのに、と思ったのだが。

「え、だってめどいじゃん」

 日本の風情が「面倒」の一言でバッサリと切り捨てられた瞬間だった。

「漫画読んで深夜参り企画したくせに、妙に現実的なのなお前」

「だってアレ動きにくいし。みんなで遊ぶのに一人だけ振袖っていうのもねー」

「……いや、まあ確かにそうだろうが」

 凪音が振袖でひとり大人しくしている姿が想像できない。

 というか振袖でも気にせず暴れ出しそうな気もするが。

「もうちょっと動きやすかったり、脱ぎ着しやすかったら着てきたんだけどねー……」

「残念です。なぎちゃんの振袖、きっと可愛かったでしょうに」

 悠美先輩もちょっと残念そうに言うと、凪音も少し、うー、と悩むような声を上げ、

「じゃあ、来年は頑張って着てみようかなー……」

 ……来年、か。

 その言葉を聞いて、ふと思う。

 来年は、どんな年になるのだろう。

 来年の俺たちは、どんな関係であるんだろう。



 そうしてみんなでダベりながら、食べながら歩きながら過ごしていると時間はあっという間に過ぎて、

「結構、本格的に人増えてきたな……」

 午後十一時も半ばを過ぎると、本格的に境内に人が押し寄せはじめた。

 もうすぐ年越し。初詣目的の人が押し寄せるように集まってきた。

「このままだと、はぐれちゃいそうですね」

「そうですね……とりあえず凪音、こっち来い」

「んきゅ」

 とりあえず凪音は離さないように引き寄せて手元に。このチビはヘタすると人の波にさらわれかねん。

 ついでに瑞奈も引っ付いて来たので共々確保。

 悠美先輩は――と思った所で二の腕辺りに掴まれる感覚。

 少し振り返れば、悠美先輩が右のコートの袖を掴み、ぴったりくっついてきている。

 お互いが触れた部分から、互いのコート越しでも伝わる、ふわっとしたぬくもりを感じて……

 ……これは、少し役得かもしれない。

「……先輩、大丈夫ですか?」

「はい、平気です。佳央里ちゃんは大丈夫ですか?」

 振り返ると、先輩の後ろにちょうど佳央里が繋がるようにくっついていた。

「一応大丈夫ですけど……数珠つなぎ状態って迷惑じゃありません?」

「長く伸びなければ大丈夫ですよ。お団子になってくっついたまま移動してたら邪魔になりません」

 それってもしかしてずっとくっついてていいってことですか。

 ……とは聞けるわけもなく。

「義樹くん、この態勢辛くないですか?」

「いえ、大丈夫ですよ大丈夫」

 むしろちょっと嬉しいです。

 なんて、そんな事をやっていると、

「お、そろそろ十二時だよ!」

 と、その時左腕に抱え込んでいた凪音が腕時計を指して言う。

 長針は既に十一時五十九分を回っており、秒針は十五秒を越えた。

 もうすぐ、今年が終わる。

 ……色々あった今年一年。

 思い返せば、図書室で集まるようになってから、まだ一年も経っていない。

 悠美先輩、瑞奈、佳央里と出会い。凪音が引っかき回しながら集まった五人。

 なんだかんだと気楽に楽しく、長かったようで、短かった一年。

 それが終わり、暦は次の一年へと進む。

 期待と不安と全て詰め込んだ未知の時間へ。

 今、時計の針が今年を越えて。

 指し示すのは、新しい年――




――――あけまして、おめでとう!!




「……人ごみの中だけど」

「お前、ぶち壊しだよ……」

 瑞奈さんは新年一発目から超マイペースでした。

「あはは……それは何というか、否定できませんよね」

「むぅ、来年はもうちょっと人のいない場所にする?」

「場所はともかく、みんなで集まれるといいわね」

 そんなこんなで、俺達の新しい一年が始まった。



 人ごみの中、なかなか進まない人の山の流れに乗り、圧迫感に押されながらも、なんとか五人揃って本殿の前に立つことができた。

 今度もまた全員が並んで、でもやっぱりバラバラに二礼二拍手一拝。

 それぞれの願いをかけて、その場を離れる。

「お願い、叶うといいなぁ」

「……なぎぃ、何てお願いしたの?」

「内緒だよー みずちーこそ、どんなお願い?」

「……なぎぃが教えなきゃ言わない」

「じゃあ私もみずちが教えなきゃ教えないー」

「いや、小学生かお前ら」

 ……と、そんなやり取りもありつつ。

 参拝列から離れ、人ごみから抜け出し改めて集まる五人。

そこで、凪音が張り切って宣言する。

「ではでは、……初詣最後のビックイベント!

おみくじ、行ってみよっかー!!」



 結果。

「俺は中吉か……」

 やや良しというところ。

 特に不安はなし。たゆまぬ努力が幸せを呼び込む……うん、普通だ。

 一方凪音はと言うと、

「やったぁ大吉ー!!」

 ……相変わらずの引きの強さ。というより、アイツがおみくじで大吉以外を引いたのを見たことがない。

 なんか憑いてんじゃないだろうか。

「……負けた……小吉」

 で、どんより雲をまとうようにガックリしているのは瑞奈。

 小吉だったらしい。

「いやいやおみくじは勝ち負けじゃないでしょーが」

 佳央里がそんな瑞奈を慰めようと声をかけるも、

「……そう言う佳央里は?」

「あたし? あたしは……末吉よ」

「…………ふ、勝った」

「いやだからおみくじは勝ち負けじゃないと――ああでもなんかその勝ち誇った顔が無性にムカツクー!!」

 ……うん、気持ちはわかるぞ佳央里。

 頭で解ってても、なんかダメな時ってあるよな。

 とか遠巻きに佳央里と瑞奈のドタバタを見守っていると、

「義樹くん。義樹くんはどうでした?」

 おみくじを手にした悠美先輩がこちらに歩み寄ってきた。

「俺は中吉でしたよ。可もなく不可もなくという感じで」

「わ、お揃いですね。私も中吉なんですよ」

 えへへー、とほんわか笑う先輩。

「義樹くんの中身はどんなのでした?」

「俺は、勉強も人間関係も努力と根性あるのみ、って感じですね。頑張れば花開く的な」

「ふむふむ。私は、辛いことはあっても無事に乗り越えられる、って感じでした。同じ中吉でも微妙にニュアンスが違うんですね」

「辛いこと……ですか」

 辛いことというと、なんだろうか。

 苦難、災難、試練……

 そこで、一つに思い当たった。

「……そういえば先輩は来年はもう受験で――」

 そして、そこまで口にして今更ながらに気づく。

 解りきっていた事なのに、どこか見ないふりをしていたこと。――悠美先輩は、自分たちより早く卒業する、という事実に。

 先輩は、『先輩』なのだと言う、当たり前の事実に。

「――それから、卒業、なんですよね」

 学生にとって、学年の違いは一つの大きな壁で、

 それ以上に、学校の違いというのは、もっと大きな壁で。

 それは、中学の時の先輩後輩たちと同じように……繋がりを簡単に途切れさせてしまうもので。

「もう、なに寂しそうな顔してるんですか義樹くん」

「悠美先輩……でも」

「大丈夫ですよ。卒業したって、途切れたりなんかしませんよ」

 それは、妙に力強い断言。

「私が繋ぎ止めて見せます。絶対」

 それはまるで、ずっと前からこのことを覚悟していたように。

「これからも年賀状ちゃんと出しますし、メールもしつこく出しますよ?」

 今気づいたばかりの俺なんかよりも、ずっとずっと前からその事実を受け止めていたような言葉で。

「そうして繋がろうという意思が変わらない限り、人との繋がりは、決して途切れたりしません」

そう、言い切った。

「悠美先輩……」

「……まあ、全部友だちからの受け売りなんですけどね」

 そう言って、気恥ずかしそうに付け足す悠美先輩。

 それでもきっと、その言葉は本当で。

 先輩は本心からその言葉を言ったのが解ったから、

 ……だから俺も、

「俺も、先輩との繋がりを無くしたくないです」

「――うん。そう思ってくれるなら、すごく嬉しいです」

 そう言って微笑む先輩は、優しい笑顔で。

 それから、少しだけいたずらっぽい顔になり、

「じゃあ、義樹くん。少し早いですけど、折角なので――」

 そう言いながら、悠美先輩は右手の手袋を外すと、細く華奢な小指を差し出し、

「指切りしましょう」

「……はい?」

「私が卒業しても、私達はずっと友だちでいましょうっていう、約束を」

 笑顔の彼女の目は、曇りなくただ真っ直ぐに俺の目を見ていて、

 ……まったく、この人は。

「――解りました。指切りしましょう」

 少しだけ。でも、もう慣れきった小さな胸の痛みに、心のなかで苦笑いしながら。

 俺は同じく右手の手袋を外し、差し出された小指に自分の小指を絡める。

「よし」

 感触を確かめるように先輩の小指にも力が入れられるのを感じ、

「ゆーびきりげんまん」

 小指を結んだまま小さく揺すられる手。

「うーそつーいたらはりせんぼんのーますっ」

 二人一緒に、使い古された懐かしい節を唄い上げながら、

「ゆーびきっ――た!」

 最後の一節と共に指が離れ、約束は交わされた。

 ささやかな、子供じみたおまじない。

けれどもきっとこれは必要なこと。

 いままでと、今日と、これからを忘れられない思い出にするために。 

 そして、明日もきっと同じ気持ちでいるために。



一月一日、午前一時。

 思う存分、やりたいことをやり尽くした俺たちは、名残を惜しみながらも、未だ喧騒の中にある神社を後にした。

 後ろの長座席で五人揃ってバスに揺られながら、

「楽しかったねー!」

 凪音は真ん中でひまわりのような笑顔。

「そうね。いい思い出になったわ」

 応えるのは左隣の佳央里。まんざらでもないような顔をしているが、かなり楽しんでいたのは間違いない。

「……食べた食べた」

 そのさらに左隣には、変わらず無表情の瑞奈。なんとなく解るが相当満足そう。

「お前どんだけ食ったんだよ……」

 そう言う俺は凪音のすぐ右隣。

「――すぅ」

 そして、その右には、バスに乗ってすぐ隣で寝息を立て始めた悠美先輩。俺の肩に寄りかかりながらぐっすりのようだった。

「で、実際のところ凪音たちはどれだけ食べたのよ」

「私はそんなに食べてないよ? みずちーがちょっとびっくりするぐらい食べてたけど」

「……近日稀に見る満足」

「そんなに食べてたの?」

「この細身にどうやって入ったんだろ……ってぐらいには」

「……胃だと思うよ?」

「いや、そりゃそーでしょうけどね……と言うか今日に限らずいつもなんか食べてるけど、あんたカロリー大丈夫なわけ?」

「……余裕」

「何を根拠に」

「……そう言う体質?」

「何かしらね、軽く殺意が湧いたわ今」

「にはは。まるでブラックホールだよね、みずちー」

「……燃費が悪いとも言う」

「はぁ、なんか理不尽だわ……私は今日のとかこれからの正月で憂鬱だってのに」

「……ぽよぽよ?」

「それ以上言ったら首をへし折るわよ?」

「まあまあ、かおりん落ち着いて」

 そんなくだらない話を、ぐっすり眠った先輩に肩を貸しながら、ぼんやりと聞いていると、

「……よしきん、起きてる?」

 少しだけ、トーンの下がった凪音の声。

「ん、ああ起きてるぞ」

「ね。……今日、楽しかった?」

「ああ。そりゃあな」

 楽しくないのなら、わざわざ大晦日の夜中にこんなところまで来たりしない。

 なんだかんだと言いながら、俺だって今日は存分に楽しんだ。

「そっか。よかった」

 そう言って笑う凪音の顔は、少し見ない顔。

 すこし寂しげで、それでいて安心したような。

 そして、続いて呟かれた言葉はさらに意外なもの。

「……私も、もうちょっとちゃんとしたほうがいいのかなぁ」

「どうした凪音。屋台で変なもんでも食ったか」

「うっわひどい言いようだぁ……」

「今までが今までだからな」

 というか凪音の数々の所業からすれば当然の反応だろう。

「そもそもどういう風の吹き回しだよ。いきなりそんな事言い出して」

「えっと、あのね……」

 そう言いポケットを漁る凪音。取り出されたのは、大事そうに丁寧に折りたたまれたおみくじ。

「おみくじ?」

「うん。あのね。……人間関係のところに『もっとしゃんとしないとダメだよ』って書いてあって」

 渡された大吉のおみくじには、確かに書いてあった。

『・人間関係 円満なれど努力を怠れば不和を生む』……と。

「……………………」

 周囲の人の苦労とか努力とかその他色んなものがおみくじ一本でひっくり返された瞬間だった。

 ああ、うん。それ自体はいいことなんだけどな。

 ……やるせねー

「え、ええ、まあ頑張ることはいいことよね」

「……ああ、そうだな。まあ、来年一年頑張ってみろよ」

 何にせよ、凪音が成長するのはいいことであるには間違いない。

 ……俺たちが若干何だかやるせないだけで。

「えへへ。じゃあ今年一年は凪音ちゃん努力の年にしようかなぁ」

 でも、きっかけはなんであれ、変わっていく。

 凪音だって例外なく。みんな、変わってゆくんだ――

「ナスがぁ――!」

「へ?」「は!?」「何!?」「……ナス?」

 なんて感傷に浸る間もなく、脈絡なく上がった声に一同が顔を向ける。

 声の主は、ぐっすり眠っていた悠美先輩で、

「鷹さんが……ナスに――ああっ」

 ……見ればどうやら寝言のよう。何やらうなされた様子で、

「だめ……富士山でも、ナスは、止めれ――」

 かくん、と体を震わせ、

「――すぅ」

 そしてそれきり静かになった後、もう一度規則正しい寝息を立て始めた。

「…………」

「…………」

「…………」

「……ナスは美味しいよ?」

 いや、そういう話ではなく。

「ぷ……あはははっ! ナス! ナスが鷹に富士山だって!」

 凪音は今のがツボったらしい。

「……悠美先輩、一体どんな夢を見てるんだろうな」

「パニック映画ばりにナスが大暴れしてそうな寝言だったわね……」

しかし鷹と富士そろっておめでたいのやら悪夢なのやら。

起きたらどんな夢か聞いてみよう。

「ナスだって ナス! ひー……苦し」

「……うん。ナスは美味しい。甘煮とか」



 ……そんなこんなで。

 変わらないようで、しかし少しずつ変わりながら。


 俺たち『図書室一味』の新しい一年が始まった。


END

というわけで初詣ものでした。

五人の賑やかしげな空気が伝われば幸いです。


ちなみにお稲荷さんに初詣に行ったら大変御利益あったのでみんなお参りに行くといいですよ!(ステマ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ