貴方に
「貴方になら、殺されても構わないわ。さあどうか、その白く美しい手で私を殺めて」
僕の上に跨った君が、どこか夢をみているような虚ろな瞳で、恍惚とした声で笑う。その右手には真新しい包丁が握られていて、これではどちらが殺すのかがわからない。むしろ、何も知らない人間が見たら十中八九、君が殺人犯と認識されるんじゃないか。
そう考えるとなんだかおかしくなって、くつくつと笑いがこぼれた。君の手はまぎれもなく美しい白のままだけど、僕の手は血で真っ黒に染まっているのに。この状況で、いったい誰が僕を人殺しだと思うだろうか。ああ、おかしいおかしい。
笑いが止まらなくなった僕を、君は不安そうに見ている。自分が何かおかしなことを言ったのではないかと、そんな表情だ。心配しなくても、君には関係ないってのに。ただ、人を殺すことが大好きな僕を君が見つけてくれたことが嬉しかっただけだ。口には出さないけれどね。
そっと君の白くて細い首を撫でると、手の下で君がびくりと体を強ばらせたのがわかった。怖いなら、最初から殺してくれなんて言わなければいいのに。どうして君は、そんな風に期待した目で僕を見るんだろう。
殺すことは好き。気持ち良い。死んだ子も好き。愛しくてたまらない。でも、死にたがる子の気持ちはわからない。なんで、怖いくせに殺してくれなんて言うんだろう。長年築き上げてきた友情を壊してまで、死にたいのかな。なんでだろう。
「僕に、殺されたいの?」
だから、問いかけてみる。でも君は、答えるのではなくて顔を伏せた。そうだろう。殺されたいと言えば、僕らの長い長い友情はあっさりと崩れてしまうし、違うと言えば嘘を吐いたことになる。もどかしげに口をパクパクさせる君を見て、少しだけ楽しくなる。意地が悪いかな。
「いいよ、愛してあげようか」
そう言って僕は笑う。嘘でも本当でもない言葉。君は戸惑ったように体を揺らす。どうしよう、と焦りながら。そんな君に追い打ちをかけるように、言葉を続ける。
「でもそれは、今まで通りではいられないってことだよ」
「君は死人になる。つまり、友人ではいられなくなるんだ。わかるよね」
「それでも君は僕に、包丁を握れと言うのかい?」
笑う。笑う笑う笑う。もうどこかで感覚が麻痺してきていて、本能が殺せと叫んでいる。君を、友達を、殺せと。友達以上になるために? そんなわけない。僕の欲望のためだけだ。人を殺せば、満たされる。それだけ。
そっと君の右手に僕の右手を重ねると、君は右手に力を込める。包丁は渡さないとでも言うかのように。今更だ。それでもまだ、理性の残っている僕はなんとか友達の君を見つめる。そうすると君は、僕の上から逃げるように降りた。包丁はまだ、その右手に収まっている。
まだ友達のままでいたくなったのか、やっぱり命が惜しくなったのかは、僕にはわからない。君のことは、僕にはわからない。
「ごめ、ん」
君は呟くと、泣きそうな顔で去っていく。やっぱり、君はわからない。
僕は別に、君を殺したってよかったのになぁ。