揺らぐ光
八月の風は、少しだけ重くなっていた。
じいちゃんが朝、仏壇に線香をあげる。
「もうすぐ盆だな」
その言葉が、なぜか胸に残った。
海へ向かう坂道。
今日も白が見える。
それだけで、安心する。
「おはよう」
夏海は振り向く。
今日は髪をゆるく結んでいた。
首筋が少しだけ見える。
「似合ってる」
言った瞬間、自分でびっくりする。
「え」
一瞬だけ大人みたいな顔。
でもすぐ、はにかむ。
「……ありがと」
子どもみたいな笑い方だった。
浜辺は人が多かった。
浮き輪の色、子どもの声。
その中で、夏海はやけに静かだ。
「かくれんぼしよ」
「今?」
「うん」
急に走り出す。
僕が目を閉じて十数える。
目を開けると、いない。
「夏海?」
波の音だけ。
胸が、どくんと鳴る。
「……夏海?」
次の瞬間、すぐ後ろから声。
「ここ」
振り向くと、すぐ近くに立っている。
「びっくりした?」
「するに決まってるだろ」
「ごめん」
でも、少し楽しそうだ。
そのとき。
後ろから知らない男の子が走ってきて、
僕の肩にぶつかった。
「うわ、ごめん!」
「大丈夫」
その子は僕にだけ謝って、走り去る。
夏海は、すぐ隣にいるのに。
「危なかったな」
僕が言うと、夏海は首をかしげる。
「なにが?」
「今、ぶつかりそうだった」
「……そう?」
本当に分からないみたいな顔。
昼。
陽射しが強い。
僕は汗をぬぐう。
夏海は、いつも通りだ。
「暑くないの?」
「うん」
即答。
防波堤に座る。
風が止む。
白いワンピースが、光に溶けるみたいに揺れる。
「ねえ湊」
「なに」
「わたし、ちゃんと見えてる?」
心臓が跳ねる。
「は?」
「見えてる?」
「見えてるよ」
当たり前だろ、と言いかけて、やめる。
なぜか、少しだけ不安になる。
「そっか」
安心したみたいに笑う。
夕方。
西日が強くなる。
ふと、地面を見る。
僕の影は長く伸びている。
隣を見る。
白いワンピースは、風に揺れている。
でも——
足元が、妙に明るい。
影が、薄い。
いや、波の反射かもしれない。
目をこする。
普通だ。
たぶん。
「湊」
手が差し出される。
「手、貸して」
握る。
ひんやりしている。
でも今日は、ほんの少しだけ、ぬくもりがあった。
「どうしたの」
「なんでもない」
ただ、確かめたかっただけだ。
そのとき、僕ははじめて思った。
もしかして。
でも、考えるのをやめた。
隣にいる。
笑っている。
触れられる。
それでいい。
潮の匂いが、また強くなる。
夏が、少しだけ傾いた気がした。




