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線香花火

その日は、町の小さな夏祭りだった。


 じいちゃんが「行ってこい」と千円札をくれる。


「夜道は気をつけろよ」


「うん」


 ばあちゃんは僕の浴衣の帯を結び直しながら笑った。


「誰かと行くの?」


「……友だち」


「そう」


 それ以上は聞かなかった。


 


 神社の境内は、提灯の灯りで揺れていた。


 焼きそばの匂い、金魚すくいの水音、遠くの太鼓。


 人混みの中で、白を探す。


 いた。


 石段の上。


 いつもの白いワンピース。

 浴衣じゃない。


 でも、そのほうが夏海らしかった。


「遅い」


「待ち合わせ時間ぴったり」


「夏はね、五分前行動」


 大人みたいなことを言うくせに、

 りんご飴を見つけた瞬間、目がきらっとする。


「ほしい」


「さっき大人ぶってなかった?」


「それとこれとは別」


 結局、買った。


 赤い飴をかじると、歯にくっついて顔をしかめる。


「……取れない」


「ほら」


 僕が笑うと、じっと見る。


「湊、最近よく笑うね」


「前からだよ」


「前は、もう少し静かだった」


 そう言われて、少しだけ照れる。


 


 射的をして、全然当たらなくて。


 金魚すくいは、夏海のほうがうまかった。


「見て」


 得意げな顔。


 でもポイが破れた瞬間、


「あっ」


 子どもみたいに本気で悔しがる。


 その横顔を見ていると、

 胸の奥があたたかくなる。


 ずっと、このままでいればいいのにと思う。


 


 夜が深くなって、人が減る。


 神社の裏手で、線香花火をもらった。


 ふたり並んで座る。


 火をつけると、小さな光が揺れる。


「落ちるまで、しゃべっちゃだめね」


「なんで」


「集中するの」


 真剣な横顔。


 火花がぱちぱち弾ける。


 静かな時間。


 夏海の横顔が、オレンジ色に照らされる。


 きれいだと思った。


 それはもう、はっきりしていた。


 でも言わない。


 言葉にしたら、壊れそうだった。


 


 火玉が、ぽとりと落ちる。


 ほとんど同時だった。


「同時だ」


「引き分け」


 夏海は笑う。


 でも、少しだけ、寂しそうだった。


 


 境内を出るころ、海から風が吹いた。


「ねえ、湊」


「なに」


「八月って、あとどれくらい?」


「……半分くらい?」


「そっか」


 彼女は夜空を見上げる。


 花火の残り香と、潮の匂いが混ざる。


「ねえ」


「ん?」


「もし、わたしがいなくなったら」


「……は?」


 冗談みたいな口調だった。


 でも、目は笑っていなかった。


「忘れないでね」


「なんでそんなこと言うんだよ」


「なんとなく」


 すぐに、いつもの顔に戻る。


「冗談」


 そう言って先に歩く。


 白いワンピースが、提灯の灯りに溶ける。


 


 帰り道。


 僕は、急に不安になった。


 理由は分からない。


 ただ、胸の奥が少しだけ冷えた。


 でもそのときの僕は、まだ思っていた。


 明日も、明後日も、

 きっと同じように会えると。


 夏は、まだ続くと。


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