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眩しい午後

次の日も、僕は海へ行った。


 理由はない。

 ただ、行かなきゃいけない気がした。


 防波堤の上に、やっぱり白いワンピースがあった。


 風に揺れる、肩の出た布地。

 麦わら帽子を押さえて、夏海は海を見ている。


「おそい」


 振り向かないまま言う。


「まだ十時だけど」


「夏は、待ってる時間が長いの」


 昨日と同じことを言って、くすっと笑う。


 大人みたいな横顔なのに、笑うと急に幼くなる。

 その落差に、僕は毎回ちょっと困る。


 


 その日は浜辺まで降りた。


 波打ち際を歩きながら、足跡を並べる。


「どっちがきれいに歩けるか競争ね」


「競争?」


「まっすぐ線みたいに残せたほうが勝ち」


 夏海はそう言って、急に真剣な顔になる。


 背筋を伸ばして、モデルみたいに歩く。


 でも三歩目でバランスを崩して、

 「あっ」と小さく声を上げた。


 僕が思わず笑うと、むっとする。


「今のなし」


「ずるい」


「なしはなしなの」


 子どもみたいだ。


 でも、次の瞬間にはすました顔で言う。


「湊、そうやってすぐ笑うよね」


「え?」


「嫌いじゃないけど」


 そう言って、先に歩き出す。


 ずるいのは、たぶんこっちだ。


 


 昼前、僕らは商店でアイスを買った。


 じいちゃんが「好きに使え」とくれた小銭。


 夏海は迷いもせず、ソーダ味を選んだ。


「夏っぽいでしょ」


「年中売ってるけど」


「でも夏の色」


 青いアイスをかじると、彼女の唇が少し青くなる。


「ついてる」


「どこ?」


「口」


「うそ」


「ほんと」


 指で示すと、夏海は慌てて手の甲でぬぐった。


 その仕草が妙に幼くて、僕は目をそらす。


 


 午後は、防波堤の影に座った。


「湊の学校、楽しい?」


「まあ普通」


「好きな子いる?」


 いきなりで、むせた。


「い、いない」


「ほんとに?」


「ほんと」


 夏海はじっと僕を見る。


 少し大人びた目。


 でも次の瞬間、にやっと笑う。


「じゃあ、よかった」


「なにが」


「ううん」


 


 風が強くなって、彼女の帽子が飛びそうになる。


 僕がとっさに押さえると、指先が触れた。


 ひやり、とする。


「……湊、あったかいね」


「普通だって」


「うん。でも、いい」


 その言い方が、なんだか特別に聞こえた。


 


 帰り際。


「明日も来る?」


 僕が聞くと、夏海は少し考えるふりをした。


「どうしようかな」


「……来ないの?」


「来てほしい?」


 まっすぐ見られる。


 胸がうるさくなる。


「……別に」


「ふふ」


 夏海は満足そうに笑った。


「行くよ。夏のあいだは、ちゃんといる」


 “ちゃんと”って、なんだ。


 聞こうとして、やめた。


 


 夕方の潮の匂いが、少し濃い。


 その匂いの中で、

 白いワンピースが揺れていた。


 そのときの僕はまだ、

 この時間が永遠じゃないなんて、思っていなかった。


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