第9話 ランチョンマット 前編
三宮の商店街を歩きながら、悟はため息をひとつ吐いた。
人通りの絶えないアーケードを、手にしたメモを見つめつつ何度も行き来している。
「骨董品の敷物か……なんだよそれ」
平蔵から軽く頼まれた用事だった。
だが、実際に探してみると、どの店もピンと来ない。
雑貨屋では「ラグマットならありますよ」と言われ、呉服店では「座布団カバーのことかしら」と首を傾げられた。
どう考えても、骨董屋が好みそうな敷物ではない。
「やっぱり、ネットで調べてから来るべきだったよな……」
ぼやきながら、また別の店を覗く。
その時だった。
通りの向こうで、騒がしく人が集まっているのが目に入った。
近づくと、中東系の顔立ちの外国人3人が片言の日本語を連ねながら、女性の行く手を塞いでいた。
「オネーサン、ドコイク? オチャ、イッショニ」
「いいえ、近寄らないで!」
女性は明らかに困っている。
悟は立ち止まり、数秒だけ迷った。
だが、すぐに足が動いた。
「どうかされましたか?」
声をかけると、女性は助かったように振り向いた。
「この人たち、しつこくて……」
「なるほど」
悟は軽く頷き、外国人たちを見据えた。
「彼女、嫌がってるから。立ち去ってくれ」
淡々とした声。
だが、その落ち着いた口調がかえって挑発に聞こえたのか、男のひとりが笑いながら言い返した。
「ナンダ、コノヤロウ。オマエガ、アッチニイケ」
悟は1人で外国人たちは3人だったので強気にでてきたのだろう。
しかし、悟は小、中学校では柔道部で猛練習。高校では柔道部に敵無しだったので、ボクシング部に転部してインターハイにまで行った格闘家である。
そんなことも知らない外国人たちは悟に無謀に襲いかかった。
その瞬間、悟の中に静かなスイッチが入った。
格闘家としての身体は、もう条件反射で動いていた。
一瞬の間に、悟の足が一歩滑る。
次の瞬間、男たちはバランスを失い、まるで同時に風に吹かれたように倒れていた。
悟が華麗な体技で軽く外国人3人を路上に倒してしまう光景に野次馬ように集まった人たちは拍手を送った。
軽くジャケットの裾を直し、女性に向き直った。
助けられた女性は口をポカンを開けて立ちすくんでいた。
悟は何事も無かったように女性に、平蔵から頼まれた買い物の相談をした。
「実は――こういう敷物を探してるんですが」
「え?」
唐突な話題転換に、女性はまばたきを繰り返す。
悟はメモを差し出した。
「骨董品の敷物、って言われたんですけど、どこにも売ってなくて」
女性は一瞬ぽかんとしたあと、ふっと笑った。
「私、雑貨屋で勤めていて今から行くところなんです。お探しの物があるかどうかわかりませんけど、店に寄ってみますか?」
「本当ですか。それは助かります」
悟は素直に頭を下げた。
どこか拍子抜けしたように笑う女性の横顔が、午後の光に柔らかく照らされている。
人混みの中、二人は並んで歩き出した。
悟はようやく、任務の見通しが立ったことに安堵していた。




