表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

第12話 ランチョンマット 最終話

平蔵は久しぶりに鏡の前に立っていた。

いつもの作務衣ではなく、濃紺のスーツ。皺のない白いシャツに、派手さのないネクタイ。

櫛を入れて髪を撫でつけ、長年付き合ってきた白い髭を丁寧に整える。

鏡に映る姿は、骨董屋の爺ではない。

知らぬ者が見れば、一流企業の役員、あるいはどこかの会長職に見えるだろう。

「若い頃に戻ったみたいだな」

鏡に映る自分の姿に口元が、自然と緩む。

胸の奥は穏やかで、少しばかりか懐かしい気分だった。

三宮の雑貨店「Fouine & Donna」の

扉を押すと、乾いたベルの音が鳴った。

「いらっしゃいませ」

カウンターの奥から、マダムが顔を上げ、思いがけない老紳士の来店に一瞬、目を見張った。

「どうぞ、ごゆっくり」

声は柔らかく、しかし距離感は崩さない。

長年の商売で身についた、相手を測るための間合い。

平蔵は商品ではなく、店の雰囲気を楽しむように店内を歩いた。

「何か、お探しですか?」

マダムは静かに尋ねた。

「いえ、今日はお礼が言いたくて来ました」

「お礼?」マダムが首を傾げる。

「この前に頭の悪そう小僧がランチョンマットを買いにきたでしょう。アレ、私の孫なんですよ」

マダムは少し考え、視線を逸らして思い出したように

「あぁ⋯あのイケメンの⋯悟さんのお爺さまでらっしゃいましたか」

悟はブ男ではないが、贔屓目に見てもイケメンというには無理がある。

心にも無いお世辞を白々しくも無く、自然に口に出せるところが、彼女の凄いところなのかもしれないと平蔵は感心した。

「私では厳しく育てようにも、どうしても甘くなってしまう。マダムのような大人の女性から洗練を受けてヤツも大人になれるというもの。礼を言います」

平蔵はマダムの目を見ながら軽く会釈をした。

「そうでしたか。あれから、麻紀が悟さんのことを心配していました。私達だったから、あの程度で済んだけど、もっとエゲツないのに引っ掛かったら目も当てられないんじゃないかと」

マダムは小さく笑って言った。

「確かに、私の血統とは思えないほどに大ハズレですわ」

そう言って、肩をすくめた。

「それで、あのランチョンマットはいかがでしたか?」

「うむ。ランチョンマットが立派すぎて、乗せている品物と敷物と、どっちが売り物なのか分からなくて、敷物を買おうとする客がいて困りましたよ」

マダムは満足げに鼻を高くしながら

「そうですか。何かお店をされているんですか?」

マダムが興味有りげな表情で尋ねると、平蔵は謙遜した素振りで

「北野で小さな骨董屋を営んでおります」

「北野で⋯骨董屋というと⋯⋯Antiques Heizouですか?」

「おお!ご存じでしたか。大して宣伝もしとらんのですがね」

「夜の店にいた時の馴染みの人から聞いたんです。詐欺師みたいなヤリ手の元商社マンが、今は北野で骨董屋をやっていると」

崩した表情から笑みが消え、真顔になった平蔵は「詐欺師に見えますか?」

と聞いた。

「見えると云うか、そういう雰囲気が漂っています。私には感じられるのです。邪のオーラをまとっていると云うか⋯」

いや、それはアンタの雰囲気だろう⋯占い師じゃあるまいし⋯

そう思いながらも、再び表情を崩して話題を変えた。

「昔に東門筋の住人で知らない者はいないと噂されていたベッピンさんが、今は雑貨店を営んでいると聞いたことがありましてな。どんな感じの店なのか前から気になっていました」

「へぇ、私って有名だったんですね。知らなかった」

「ええ。夜の店からは引退したけど、もしもママさんとして東門筋に残っていたら⋯どんなヤリ手婆婆になっていたんだろかと想像した友人は震えていましたから」

マダムは余裕のある微笑みを浮かべて、指先で顎をつまみながら

「心当たりが無いわけではないけど、噂話には尾ひれが付きますでしょう。でも、震え上がるだなんて想像力の豊かな御友人ですね」

「んー。まぁ人の話を鵜呑みにするところはあるな⋯。ところで、今日は御弟子さんは休みかな?」

「弟子?あー、麻紀のことですか。あの子は今は学校に行ってます。私の同級生の子で、シングルマザーの母親に負担をかけたくなくて、学費を稼ぐ為に、この店と夜の店でアルバイトをしてるんですよ。夜の店は私の妹分がやってる店を紹介して」

平蔵はマダムと麻紀への先入観から少し驚きつつも、感心して納得した。

「それは今時、珍しい出来た娘さんじゃありませんか」

「根は普通の親孝行な娘なんです。私の影響で、最近は覚醒し始めたかもしれませんが⋯」

そう言うマダムの言葉と表情からは、心配をしているのか期待しているのか、平蔵には分からなかったが、ある種の自分と似た匂いのようなものを感じとった。

講釈をたれて手ぶらで帰る冷やかし客を嫌う平蔵は、サラッと店内を見回して、マダムが手を置いていたショーケースの中にあるキセルを指指した。

「今日はコレを貰いたい」

値札には時価と記されている。

「今日は持ち合わせが無いので、配達時に代引きで支払います」

「本当にいいんですか」

マダムは楽しそうに聞いた。

平蔵は軽く頷き、名刺をマダムに渡して店を後にした。

マダムは退店する平蔵の背中を見ながら思った。

「これが、一晩で商売敵を潰した男か⋯」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ