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第11話 ランチョンマット 後編

悟は紙袋を両手にぶら下げ、気がふれて自嘲した表情で骨董店に戻ってきた。

夕方の薄い光が店内に差し込み、埃をひと粒ずつ照らしている。


平蔵は帳場に座り、急須のお茶をすすりながら新聞を読んでいたが、悟の姿を見て片眉を上げた。


「……おい、悟。それは何や。」


悟は苦笑いしながら袋をテーブルに置いた。紙袋には「botanical & life style」「handmade curated select」など、やたら都会的な英字が踊っている。


「えっと……頼まれてたランチョンマット。あとは……その……まあ、色々と……」


「色々とって量じゃないやろ?」


悟は視線をそらしながら答えた。


「いや、その、お店の人が……素敵と言うか、イケてるというか、まぁ上手くて……」


平蔵は新聞を畳み、腕を組んだ。


「お前は何を言っとるんや? いったい、どこで買い物をしたんや……」


半ば呆れながら尋ねた。


悟は観念して説明を始めた。


「三宮の商店街のテナントビルで……雑貨屋なんだけど……店員さんが、すごく上品で……“マダム”って呼ばれてて……で、隣にいた麻紀さんって人が……なんか……営業スキルが……すごいというか……」


平蔵の目が、新聞より重要なものを見つけた時の目になった。


「……マダム?」


「はい。綺麗な人で、なんか品があって、昔から色んな人に愛されてきたって雰囲気というか……」


「髪は?」


「銀色混じりの巻き髪で……」


「声は?」


「低めで艶があって、なんか、説得力ある感じで……」


平蔵の鼻がピクリと動いた。獣の匂いセンサーのように。


「店の名前、覚えとるか。」


悟は紙袋をひっくり返し、レシートを渡した。

平蔵は文字を見た瞬間、表情を止めた。


「Fouine & Donna」


平蔵はしばらく黙り、そして遠くを見た。


「ほんま、商魂たくましい女やなぁ…」


「夜の三宮で知らないやつはおらん、伝説の元ホステスやな。引退した後は水商売の世界から去って、フランス語かイタリア語か分からん名前の店で道楽していると聞いたことはあるけど。ちゃっかり、金儲けしとるやないか。」


悟は目を丸くする。


「え……その人が……ランチョンマット売ってんの。」


「商売人ってのは場所を変えても商売人や。油断すると財布の中身だけを綺麗に持っていかれる。」


悟は肩を落とした。


「……まさにその通りかも。」


平蔵は少し考え、そして微笑んだ。


「面白いなぁ。久しぶりに興味が湧いてきた。今度、その店に行くぞ。」


悟は慌てた。


「ま、また買わされるよ!?」


すると平蔵はニヤリと笑った。


「問題ない。こっちもプロや。逆に、あの女に一本取ってやろ。」


悟は心底嫌な予感がした。


しかし同時に、妙にワクワクした。

自分の知らない大人の世界に、一歩踏み込んでしまったような、そんな感覚。


そして悟は、紙袋の底からまだ開けてもいない「アロマオイル6本セット」を見つけ、ため息をついた。


「……俺、香りとか詳しくないんだけどな。」


すると平蔵は渋い顔で言った。


「安心しろ。そういう男ほど、女に転がされる。それと、無駄使いした金の事も心配せんでええ。お前の給料から引いておくから。」


悟は肩を落としたまま、返す言葉もなかった。

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