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第10話 ランチョンマット 中編

二人並んで歩きながら、無言というのは気不味いと思い、麻紀は悟に話しかけた。


「とても強いんですね。驚きました」


「いえいえ、あの連中が弱すぎただけです。でも、あんな連中が街中で増えると困りますね。野蛮と云うか、節操が無いというか……」


「はい。複数で絡んでくるので逃げにくいし、しつこいし」


多分、今回が初めてではないのだろう。


麻紀は一瞬、怪訝になった表現を直ぐに笑顔に戻し尋ねた。


「お名前をうかがってもいいですか?」


「えっ、あ、はい。ヘグラ サトルと言います」


「サトルさんですね。私はマキです」


やがて、二人は様々な店舗が入っている大型のテナントビルの前に着いた。


「ここの2階なんです」


麻紀はそう言うと、悟をエスカレーターへと促した。


2階に上がると、アクセサリーショップや若者向けの服屋が並ぶ中、麻紀の勤める雑貨店は在った。


白い木製の扉と、リースが飾られた硝子窓。中を覗くと、淡い照明の中に観葉植物とリネン地のクッションが並び、奥にはアンティーク風のランプが柔らかい光を放っていた。

ナチュラルで、どこか森の空気を感じさせる店だった。


店に入ると、40代くらいの女性が棚にある商品を整頓していた。


「あら、麻紀ちゃん。今日は彼氏と同伴出勤?」


麻紀と悟に気づいた女性は言った。


「ええ、たまにはね」


麻紀は嬉しそうに答えた。


冗談なのか、何の話をしているのか分からない悟ではあったが、麻紀と恋人同士と思われた事には満更な気でもない。


「悟さん、さっきの買い物の話だけど、マダムに相談した方が探し物が見つかりやすいと思いますよ」


そう言われた悟は麻紀からマダムと呼ばれた女性に平蔵から渡されたメモを見せた。


マダムはメモに目を落とし、「これは商品の骨董品と棚との間に敷くランチョンマットみたいな物じゃないかしら」と呟いた。


その言葉を聞いた悟は今までの労力が如何に無駄だったのかを知り、疲れと共に肩の荷が下りたような気がした。


「それなら、いい物が有りましてよ。」


マダムは元気良く言って、悟を店内の奥へと案内した。





マダムは棚の奥から、丁寧に畳まれた布を数枚取り出した。


「ほら、ご覧なさってください。この光沢と手触り。百年前の織り機で作られたものです。」


悟は布を手に取ってみた。思いのほかしっかりしていて、指先にほんのり温もりが残る。


「確かに、落ち着いた色合いですね」


「まぁ、分かる方ね。男の人でこの違いを見抜ける方、滅多にいらっしゃらいません。」


マダムがにこやかに言うと、横で麻紀がすかさず笑顔を添えた。


「本当ですよ。普通の人なら“茶色の布ですね”で終わりますもん」


「い、いえ、たまたま……」


悟は頭を掻きながら笑った。


マダムはその反応を見逃さない。


「ねぇ麻紀ちゃん、この方、品があるわよね」


「分かります。話し方が穏やかだし、何より手の動きが丁寧」


「ふふ。育ちがいい方は、布の扱いにも出るのよ」


お世辞と分かっていても悪い気はしない。完全に包囲された悟は、次第に笑うしかなくなっていた。


マダムはそんな彼の様子を横目で確認しながら、布をもう一枚、そしてさらにもう一枚と重ねていく。


「こちらなんて、少し明るめだけど季節感が出て素敵ですよ。お店の雰囲気を華やかにしてくれると思いますわ」


「こっちは限定品ですよ。再入荷なしってやつです」


悟の腕にはいつの間にか、十枚近いランチョンマットが抱えられていた。


「え、ちょっと多くないですかね……?」


「まぁ、敷物は季節で替えるのが一番。お客様って、そういうところを見てるのよ」


「そうそう。女性って、細かいところに気づくんですよね」


麻紀がわざとらしくウインクをした。悟は目を逸らす。


「……そういうもんですかね」


「そういうものなの」


マダムと麻紀の声がきれいに重なった。


悟は、もはや抵抗する気力を失いかけていた。


平蔵から頼まれたのは一枚だけだったはずなのに、気づけばカゴの中にはマットのほかに、木製トレーや陶器の一輪挿し、香りの強いアロマキャンドルまで入っている。


「こちら、レジでおまとめしておきますね」


麻紀が軽い口調で言いながら、悟の腕から商品を受け取る。

その指先が軽く悟の手に触れた瞬間、彼は少しぎこちない笑顔を返した。


マダムは会計を打ちながら、慈母のような笑みを浮かべる。


「悟さんのような方が、世の中を柔らかくするのよ。布ってね、人柄に似てるの。硬すぎても、柔らかすぎても駄目」


「……はぁ」


「ちょうどいい“しなやかさ”。悟さんには、それがあるわ」


その言葉が、なぜか褒められている気がして、悟は「ありがとうございます」と、思わず言ってしまった。


支払いが終わると、麻紀が紙袋を丁寧に渡してきた。


「今日は助けてくれて、本当にありがとうございました。マダムも私も、またお待ちしてますね」


「ええ。次に来られる時は、コースターでも見ましょうか。お部屋の雰囲気が変わりますよ」


店を出た悟は、両手に紙袋を抱えたまま立ち尽くした。

中には、頼まれた敷物以外の“どう考えても不要なもの”がぎっしり詰まっている。


「……爺ちゃんに何と説明しよう」


小さく呟いてから、苦笑した。

だが不思議なことに、不快な気持ちはなかった。

むしろ、あの二人の見事な連携に感心してしまっていた。


麻紀は店の窓から、そんな悟の背中を見送っていた。


「ねぇマダム、あの人、悪い人じゃなさそうね」


「ええ。ああいう誠実な人ほど、商売相手としては貴重なのよ」


「ふふ。夜の店に来てもらっても楽しそう」


「やめなさい、あの人は真面目すぎるもの。それに、この店はキャバクラじゃないのよ」


二人の笑い声が、店の奥柔で柔らかく響いた。


悟の紙袋の中では、リネンの布がほのかに香りを放ち、まるで新しい縁の幕開けを祝っているかのようだった。

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