ーー炎魂に次ぐ怨恨ーー
神殺樹。それは神すらも殺すと言われる伝説の樹。
陸の孤島で、異様な舞踏が繰り広げられる。
眠る者、恥じらう者、歪な幸福ーーそれは、時間を止め、全てを忘れさせるかのようだった。
再生の光か、滅びの闇かーー少年は少女を求め、歩き出す。
ヴァレナは、遠い星を見上げながら呟く。
「セウォルツ......君に会いたい......」
幾度この言葉を繰り返しただろうか。
顔も知らぬ少女を追い求め、記憶の残滓だけを頼りに、心の炎を灯し続けていた。
その時、背後から執事のフレイストが声をかける。
「坊ちゃま、ここにおられましたか」
「フレイスト......どうしてここに?」
フレイストは、長年ヴァレナに仕えてきた唯一の従者であり、良き師でもあった。
「坊ちゃま、ここに長くいては風邪を召されますぞ」
ここは最北の地、永氷皇土。
かつて巨人の王と小人の王が治めたこの地も、今では荒れ果てた氷の大地となっている。
ヴァレナは氷に眠る両親の前に立ち、静かに別れを告げた。
「父さん......母さん......行ってくるよ」
夢に現れた少女ーーセウォルツを求めて、彼は宮殿を後にする。
「坊ちゃま......ついにここを離れるのですね」
悲しげな表情を浮かべるフレイストに、ヴァレナは明るく返事を返す。
「うん、じいじ、待ってて......必ず戻ってくるから!」
快活な声とは裏腹に、その背中はどこか寂しげだった。
(ああ......また坊ちゃまを送り出すことになるとは......)
フレイストはヴァレナの姿が完全に見えなくなるまで、その場を動かず見送っていた。
(呪われた子よ......ヴァレナ、どうか幸あらんことを)
永氷皇土を抜けたヴァレナは、迷針樹林へと足を踏み入れた。
この地は針葉樹が迷宮のように絡み合い、進む者を拒む。
狭すぎる道、大きすぎる道、そして複雑な木々の障害が行く手を阻む場所だった。
「全部燃やしてしまえばいい......」
ヴァレナは、内なる炎に従い、全てを焼き尽くそうと手を伸ばす。
だが、その手をふと降ろし、心の中で呟いた。
「ここは......父さんと母さんと遊んだ地だ......」
この迷針樹林は、彼にとって憩いの地であり、両親との思い出の土地だった。
だからこそ、彼はあの悪魔たちへの怒りを燃やす。
空気を裂く雷鳴が響き渡り、滅びゆく国の光景が脳裏に蘇る。
トール、オーディーンーー
その名を呟き、怨恨に駆られるも、彼は愛する故郷を失うことを恐れていた。
「恨めば燃やしてしまうなら......愛するセウォルツを想おう......」
ーー炎魂に次ぐ怨恨ーー
愛する故郷を後にし、少年は迷針樹林を抜け、旅路を進む。
巨人の父と小人の母から受け継いだ血は、彼の身体を自在に変化させ、困難を乗り越えさせる。
樹林を抜けた先に広がる景色ーー
それは、彼にとって未だ知らぬ未知の世界だった。