ーー愚者は踊る されど進まずーー
神殺樹。それは神すらも殺すと言われる伝説の樹。
その周囲には眠りの森と呼ばれるエリアが広がり、想い強き者のみが眠れる大地を訪れる。
伝承はこう語る。
ーー逢わざる二人が逢いし時、運命の歯車が動き出すーー
セウォルツは謎の病にかかっていた。
「ううっ...... なぜか胸がドキドキする......」
ここ暫く続くその奇妙な症状。
それは、あの少年が原因なのだろうか?
湧き上がる離脱感と興奮。
それが交互に押し寄せ、止まることがない。
同じ現象は、陸の孤島に住む神堕ち人にも見られた。
(神堕ち人たちの様子が明らかにおかしい...... こんなこと、過去に見たことがない......)
ダルヘイムは頭を抱える。
過去、現在、未来を見通す彼ですら、この状況を説明するのは容易ではなかった。
「離脱症状と興奮の繰り返し...... あるとすれば、あれしかない......」
唇を噛みしめながら、ダルヘイムは呟く。
「まさか...... 二人が逢ったのか......?」
ダルヘイムの表情は絶望に染まる。
(逢ったのならば、聖戦が始まる......
無数の星々は...... まだ光を放っていない......)
終末の笛を握る手前で、彼は思い止まった。
ーーあまねく星が光りし時、聖戦が開かれし終焉へと向かうだろうーー
伝承が正しければ、その時はまだ先だ。
少し安堵し、辺りを見渡す。
「神堕ち人の様子は落ち着いただろうか......」
ダルヘイムが陸の孤島を観察すると、そこには異様な光景が広がっていた。
ーーセウォルツに場面は移るーー
「あの男の子...... なんて名前なんだろう......」
セウォルツは生まれて初めて、ため息をついた。
いつものように食欲が湧かず、胸の高鳴りが止まらない。
その状況に、彼女は説明がつかなかった。
「ドキドキ...... これって、ワクワクしてるってことなの?」
彼女が理解できる「ドキドキ」に似た感情は、狩りや食事への期待だけだった。
「もしかして、あの子にワクワクしてるのかも......」
セウォルツはあの少年に会いたいと強く願った。
たとえ、それがこの森を出ることになるとしても
ーー「ワクワクが止まらない♪」
セウォルツは足踏みし、スキップを始める。
心の高まりに合わせて、体も自然と踊りだす。
その現象は、陸の孤島でも同様だった。
神堕ち人や人間たちが、一様に踊り始める。
ダルヘイムはその状況を唖然と眺めていた。
(ここに連れてこられた人間たちは、すべてセウォルツが視認した者だ......)
セウォルツに視認された者は、神であれば人に堕ち、人間であれば永遠に眠り続ける。
神は現実世界で踊り、人間は夢の中で、自らの意思で踊っていると思い込む。
「どちらがマシかなんて、考えたくもないな......」
ダルヘイムは複雑な表情で、その光景を見つめていた。
幸福そうに踊る人間たち、恥じらいながら踊る神堕ち人たち。
愚者の絆で繋がれた舞踏は、不気味な幸福感を演出していた。
ーー愚者は踊る されど進まずーー
想いを告げる者は、未だその願いを掴めずにいた。
「セウォルツ…」
心の炎を灯す少年の前に、一人の老人が現れる。
「ヴァレナ坊ちゃま、ここにおられましたか」
新たなベールが今、静かに開かれようとしていた。