ーー眠りの森の姫ーー
神殺樹。それは神すらも殺すと言われる伝説の樹。
世界の観測者ダルヘイムは聖戦の始まりを予兆する。
時を同じくして、呪われし子セウォルツはこの世の終わりを体感していた。
「う、ううっ......!!! お、お腹が......!!!」
食べ過ぎたーーそんな後悔が頭をよぎるが、既に遅かった。
腹痛に顔を歪めながら、セウォルツは走り出す。
この世の終わりを思わせる激痛に身を捩らせ、周囲を見回す。
彼女はいつも神殺樹の近くで用を足していた。
それが樹の肥料になると信じていたからだ。
しかし、今日に限って少し離れていた。
(神殺樹の肥料にしたかったけど...... これ以上我慢できない!)
「もういいや! ここで出しちゃえ!」
ふぅっと息をつき、彼女は解放感を味わう。
ふと、孤独を感じる。
(なぜだろう...... こんなに長い間、人と話したことがないなぁ......)
彼女が見てきたのは、ただ眠り続ける人々ばかり。
目の前の世界は無音に近く、ただ神殺樹だけが時折、彼女に話しかける唯一の存在だった。
「話し相手がもっといればなぁ......」
そう呟きながら、彼女の周囲では眠る人々がまるで誘われたように用を足している。
愚者の絆ーー
この能力は極めて強力だが、セウォルツ自身はそれを知らない。
眠りに落ちた者たちを回収するのが、世界の観測者ダルヘイムの役目だ。
彼女がこの能力を自覚したとき、世界の終焉が訪れるとされているのだから。
「全く......体がいくつあっても足りないよ」
嘆きつつも、彼は分身を繰り返し、眠る対象を回収していく。
その姿は、まるで眠れる森の姫の従者のようだ。
「お姫様、君が気づかないよう祈るばかりだよ...... とりあえずそこでゆっくりしてて」
遥か上空から、座り込むセウォルツを見下ろし彼は苦笑する。
一方、その「姫」は――
「ふ〜っ......ぬぬっ......出ない! 全然出ないぞ!」
悪戦苦闘する彼女の周囲に、霧が漂い始める。
ゆら~......
霧が彼女の顔を覆った次の瞬間、それが薄れると、一人の少年が目の前に佇んでいた。
「っーー!!?」
(何......!? この感覚!? まるで全身が見透かされているような......///)
生まれて初めて羞恥を感じた。
誰からも注目されたことのない彼女にとって、この体験は未知のものだった。
「会いたいよ......」
透き通るような肌に可憐な服を身にまとった少年が、一瞬だけ近づく。
しかし、彼は霧と共に儚く消えた。
「な、何が起きてるの!?」
胸が苦しくなる。
息が荒くなり、心臓の鼓動が速くなる。
(この感覚......何!?)
霧が全てを覆うとき、想い強き者が眠れる大地を訪れるだろう。
想いは人の形を成し、来訪するーーそれを、神殺樹は教えてくれた。
最果ての大地で、少年は密かに心の炎を灯す。
その炎は再生の光か、それとも滅亡の闇か。
激動の時代が今、幕を開けようとしていた。