表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/30

ーー神を堕とす者ーー

 それは、神すらも殺すと囁かれる、伝説の樹。

 その根は死を孕み、その実は堕落を齎す。


 侵入を試みた神は皆、還らず。

 ただ一度、瘴気の森に足を踏み入れれば、

 天の加護すら届かぬ。


 それはまるで、ひとつの命のように——

 芽吹き、朽ち、また再び甦る。

 崩壊と再生を繰り返すその樹は、やがて天界をも呑み込むほどに成長する。


 世界の奥底に封じられた、神殺しの記憶。

 それが、《神殺樹(シンサツジュ)》。


 神殺樹の木の下で、少女は眠る。

 その名はセウォルツ。


 神ではなく、人でもない。

 かつての神を堕とし、ただ森の奥に息づく者。


 彼女は、静かに目を閉じていた。

 神をも惑わすとされる《神殺樹》の根元にて、赤い実を齧り、無垢なるまま眠りへと沈む。


 朝も昼も届かぬ瘴気の森。

 唯一、夕暮れの一瞬に差す金色の光が、彼女の輪郭を照らしていた。


 そして、

 世界の時間が半日だけ回ったとき——


 神々が、目を覚ました。


 ***


 そこは、霧の流れる見知らぬ地。

 地図にない、孤島のような大地。


 《陸の孤島(ホワイト・アース)》と呼ばれる忘却の原野。


 「……ここは、どこだ……?」


 覚醒した神々は困惑の声を漏らす。

 だが、誰一人として答えを持たない。

 ただ霧の向こうから、一つの声が届いた。


 「ここは、眠りし神々の終着点。

 ——人として再び歩むための場所だ」


 声の主は、やせ細り、どこか古びた気配を纏っていた。

 その瞳は、遥かな時を見つめてきたもののそれ。

 彼もまた、かつて神と呼ばれた者だった。


 やがて、ある感覚が神々を貫く。

 胸の奥に、微かな疼き。

 喉の奥に、渇き。

 舌の先に、熱。


 ——それは、空腹だった。


 「これは……? 何だ……この感覚は……」


 初めての欲望。

 抗えぬ本能。

 気づけば、彼らは地を這い、食べられるものを探していた。


 そして——


 「……まさか……我々は……堕ちたのか……?」


 ***


 「その通り」


 姿を現したのは、漆黒のローブをまとった影。

 その名を、ダルヘイム。

 世界の変遷を見届ける者。

 “観測者”と呼ばれし存在。


 「君たちが堕ちた理由は、ただ一つ」

 「セウォルツ。——神殺樹の傍らに眠る少女。彼女が、赤い実を食べたからだよ」


 「神殺樹の実には、特別な性質がある。

 それを食べた神は、欲を知り、人として堕ちる。

 人が食べれば、欲に呑まれ、永遠の夢へ堕ちる」


 「しかし——セウォルツは、どちらでもなかった」


 彼女には、生まれつきの異能があった。


 《愚者の絆フール・フレンズ》。


 視認した者すべてと、感覚と欲求を強制的に共有させる力。


 「彼女が眠れば、周囲も眠る。

 彼女が空腹を感じれば、神ですら空腹になる。

 ——それが、君たちが堕ちた理由さ」


 神を堕とすために生まれた少女ではない。

 ただ、欲と共に生きる人間でもない。


 だからこそ、彼女は世界の境界を曖昧にする存在なのだ。


 ***


 夜が来る。

 空は深い藍に沈み、霧は静かに森を包む。

 神堕ち人となった彼らは、満たされた空腹の余韻と共に、再び眠りについた。


 その寝息は、穏やかで、どこか切なく、

 かつて神であったことなど夢のように遠く。


 ダルヘイムは静かに、空を見上げて呟く。


 「……おやすみ、セウォルツ。

 今日もまた君は、無意識のままに神を堕とし、世界を揺らした」

 彼の声に答える者はいない。

 ただ、静寂だけが、世界の縁に漂っていた。


 そしてそれは、

 新たなる神話の夜明けを告げる、最初の眠りであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ