ーー神殺樹の木の下でーー
ーーあまねく星が光りし時、聖戦が開かれし終焉へと向かうだろうーー
ーーこれは神無き人が神へと臨む物語
安寧を、《心休まらぬ者》へ。
救いなき道に《救い》を見出す災厄は、儚くも
ーー永き眠りの底、遠き刻へと沈む。
遥か南方、瘴気渦巻く森の深奥。
そこに名を知らぬ者なき存在が根を張る。
ーー“神殺樹”。
神すら穿つと語られる、伝説の樹木。
崩壊と再生を幾度も繰り返し、己が意志を抱くかのように伸び広がる。
近づく者をことごとく拒絶し、そのすべてを帰さぬ異形。
それは怨霊の巣か、戦士の墓場か。
伝承はまちまちで、真実は未だ靄の中。
幾重にも縒れ、絡み合い、螺旋を描く枝々は、空を拒むように天空へ突き立つ。
深緑の樹海の底、その影に
――微かに、微笑む気配があった。
*
風そよぐ森の奥、木漏れ日を抜けるように一陣の影が駆ける。
視界を遮る落葉に風情を見出す間もなく、少女は躍動する。
小さな崖を滑り降り、垂れ下がる枝を抜けた先。
そこには、草一本すら生えぬ広場。
天すら穿つ巨木が、大地を突き刺すように立っていた。
「……よし、今日もあったな」
息を整えながら、少女は地に転がる赤い実を見下ろす。
一体どこから落ちたのか。
見上げれば、枝々は雲の彼方へ消え、輪郭さえ掴めぬほど高く伸びている。
あの高さから落ちたのに、なぜ実は砕けぬのか。
疑問は浮かんでも、答えを探す気はない。
少女は迷うことなく、ひとつ実を拾い上げ、口へ運んだ。
*
気づけば日は傾き、空は夕焼けに染まっている。
淡い朱が、虚ろな目を照らす。
少女は体を起こし、ぼさぼさの青い髪を振る。
だらしなく垂れたスカーフ、巻かれたバンダナ。
その姿は、遠目には少年のようにも見える。
少女はいつも、決まってこの時間に現れる。
水をやり、周囲を見回り、赤い実を頬張っては眠る。
神殺樹は、彼女にとって昔からの「ともだち」だった。
(昔は、こんなに小さかったのにな……)
再び実をかじりながら、少女はまた、微睡みに沈む。
*
『不沈なる強欲の樹よ! 天の裁きにてその身を焦がせッ!!』
突如、天より神々の軍勢が舞い降りる。
清き火を携え、天空を灼く光と共に神殺樹を取り囲む。
『神殺しの樹…… 所詮は伝説に過ぎぬ。神域を侵す罪、その身に刻め!』
怒りの咆哮が森を震わせ、光が世界を焼こうとした、その時。
少女は、静かに目を開ける。
眠そうに、あくびをひとつ。
(……ん? 今、なにか見えたような……?)
視界に燃え盛る炎が映っているのに、彼女の目は別の遠くを見つめていた。
その刹那。
『!? なっ、何だ!? なぜ……やられている!?』
『意識が……遠のく……なぜ……?』
神々の姿が揺れ、霞み、薄れゆく。
燃え盛るはずの炎は音もなく消え、静寂が世界を覆う。
崩れゆく神の軍勢の背後で、森に響いたのはーー
ただ一つ。
少女の、豪快なイビキだった。
『セウォルツ...... やっぱりここにいたんだね......』
どこか憂げな表情を見せる謎の存在。
寝るはずもない神を回収して姿を消す。