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第1話-1

う・・・ん。

優記は、朦朧とする意識の中、ゆっくりと目を開けた。

「ここは、どこなの?」

そう呟き、一瞬にして全身に緊張が走る。

しかし、そこは学校でも病院でもなかった。クラスメイトや父親もいなかった。そこには、見慣れぬ景色が広がっていた。

「理科室?」

初めに優紀の視界に飛び込んできた物は、学校の理科室に置いてあるような長方形の黒いテーブル。

テーブルの上には書類の束、そして何に使うのか分からない機材やビーカーや色とりどりの試験管などが置いてある。

「なんなの、ここ?」

恐る恐る、部屋を見渡してみた。

部屋の左側には、大人1人が余裕で入るくらいの巨大なカプセル容器が整然と並んでいた。

全ての容器には、薄緑色の液体が隙間なく詰まっている。しかし、1番奥の容器にだけ、何かが入っている。それは、動物の肉片のようなものだった。

「なんなの、あれ・・・。」

優記はその肉片をマジマジと見つめた、次の瞬間――


「おぉ!やっとお目覚めですかねぇ。」


不意に声がして、優紀は視線を左右へ泳がせた。

「誰なの?」

優記の問いかけに声の主は不気味に笑い、まるで“隠れんぼ”で隠れているかのように、ひっそりとした声で言った。


「こっちですよー。」


次の瞬間、優記は目を疑った。

いつのまにか、“それ”は優紀の真正面に立っていた。白髪でメガネを掛けた30代半ばの男性。医者が着るような真っ白い白衣を着用している。

「嘘でしょ!?なんで・・・」

視線を下に移した瞬間、優記は絶句した。

上半身だけ見れば普通の人間だが、下半身が大きなクモの姿になっている。言うならば、ヘンタウロスの馬の部分が、丸々クモになってみたいに。


「あらあら、どうしたんでしょうか。

クモを見るのは初めてですかねぇ?それとも、わたくしの様なカッコイイ大人の男性を見るのが初めてなのですかねぇ。」


メガネの奥から鋭い目つきで優記を見つめながら、クモ男は声を殺して微笑んだ。

何がなんだかわからず、優記は混乱した頭を必死に働かせようとする。


(私はどうなってるの?ここはどこ?学校の屋上から飛び降りたはずなのに。なのに何でこんな所に?それにこの怪物・・・クモ男はなに?やばい!!早く逃げなきゃ・・・)

【ガシャッ】

優記はここでようやく、手錠をはめられている事に気づいた。手錠からは1本の鎖が伸びており、鎖の先には大きな(おもり)が繋がっていた。

「ちょっ、何これ?」

優記は必死で手首、そして両腕を揺する。

しかし、錘につながれた手錠は 優記をそこから一歩も動かさない。額、全身、そして心の中にまで冷や汗が溢れ出す。


「そんなに驚かなくてもいいんじゃないですかねぇ。

あんな高い崖から飛び下りて、どうせ死ぬつもりだったんでしょ。あんな険しい崖、自殺以外には誰も近づきませんよ。もしわたくしが助けなかったら、今頃は見るも無残な姿になっていたと思うんですがねぇ。」

怪物の言葉に優紀は考え込む。

「がけ?」

その時、クモ男が歩き出すのが見えた。6本の両足を器用に使い1歩、また1歩と優記に近づいてくる。1歩近づくにつれ、怪物の細部の シワ までハッキリと見えてくる。

そのたびに心が高鳴るのが分かる。

「う~ん。見れば見るほどいい肌ですねぇ。柔軟性もあるしツヤもある。これなら大丈夫かもしれませんねぇ。せっかくですからお名前を聞いておきましょう。お嬢さんのお名前は?」

そう言う怪物の手は体のあらゆる部分をまさぐり、目はしっかりと優記を目踏みしていた。

「はっ、はぁ・・・はぁ・・・」

恐怖のあまり、口が上手く動かせない。

「はい?」

クモ男の顔が更に近づく。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。」

クモ男はくびをかしげ、少し考えた後に言う。

「まぁいいでしょう、名前なんていうものはどうでも。

大切なのは この後に行う実験なのですからねぇ。」

「じっ、けんっ!?」

意味が分からず呆然とする優記をよそにクモ男は話を続ける。


「申し遅れました。わたくしの名前は“ケニー・グローリー”でございます。

今回あなたを執刀させていただく、しがない研究家ですねぇ。」


自己紹介を終えた怪物のケニーは、優紀に背を向けゆっくりと部屋の左側に置かれた、カプセル容器に歩み寄る。


「ふふふ・・・。わたくしは“この世界”のあらゆる物の研究を、この研究所で行っています。わたくしの手にかかれば、どんな世の中の不思議な謎だって一瞬で解けてしまいます。研究に研究を続ける毎日です。そしてわたくしは近年、大変貴重なものを発見いたしました。」


ケニーはもったいぶるような含み笑いをして、1番奥のカプセル容器の手前で歩みを止めた。

「それがこの、肉片なのです。」

肉片に目を輝かせながら、ケニーはまるで少年のようにキラキラと話し始めた。。

「四聖獣というのを聞いたことがありますかねぇ。お若いあなたでも1度は耳にしているかと思います。

どんな攻撃も一瞬で無効化する、動く鉄壁要塞の玄武。」

優紀の頭の中に重い甲羅を背負った巨大なカメの姿が浮かんだ。


「針に糸を通すよりも正確な攻撃と、数千もの百熱の羽根で相手を確実に仕留める朱雀。」

今度は黄金に輝く鳥の姿が浮かんだ。


「この世のどんな強靭な物でも粉々に粉砕する鋭い牙で、凶暴の限りを尽くす白虎。」

今度は、この世の物とは思えないくらい鋭い爪と牙で相手を威嚇する虎が浮かぶ。

もちろんどれも実際に見たことはないが、アニメやマンガなどで登場する想像上の生き物、それが四聖獣だ。


ケリーはいったん話しを中断すると、目の前の大きなカプセル容器を自慢げにコンコンと叩いた。

「そして、四聖獣の中でも最速の攻撃と切れ味を持つといわれている清龍。

ここだけの秘密なんですが、実はこれは・・・その清龍の肉片なのです。」

「・・・清龍?」


優紀の声が部屋に広がるのを無視し、ケニーは急に悲しげな表情になった。

「清龍に限らず四聖獣という生き物は、生命力も尋常ではないのです。

多少の傷や損傷は一瞬にして自己再生できてしまう。しかしですねぇ、この清龍はあまりにも損傷が激しく、自力ではおろか、もはやこの研究所の最新鋭の治癒装置でも再生させる事が出来ません。」

ケニーの瞳から一筋の涙がこぼれた。

「しかし、ここで諦めるようなわたくしではございません!!

わたくしは清龍に新たな肉体を与えることにしたんですねぇ。そうすることにより、その新たな肉体を清龍の細胞が支配し、細胞分裂を繰り返し、数ヶ月・・・いや、たったの数日で元の清龍に復活するというわけなんです。」


優記はもう1度手錠を思いっきり引っ張った。ガチャ、ガチャという音が部屋に響き渡る。

「そんな、おとぎ話のようなことあるわけないじゃないですか。それよりお願いです、私を自由にしてください!!」


「ウルサイヨ!!!」

ケニーは急に口調を苛立たせ、優記を刺すように睨んだ。

「世の中、なかなか理論通りにはいかない。

・・・そのような所が、この世の中のムカツク所なんですがね。

今まで49体の人間やモンスターで実験を繰り返しましたが・・・・・・、全て失敗してしまいましてねぇ。受け皿となる肉体は、息つく間もなく燃え尽きてしまうんです。

やはり清龍の細胞は素晴らしいと褒めてあげるべきでしょうか?しかしながら、いい加減ムカムカが噴火しそうなんですよねぇ!!!」

ケニーの青白い瞳に、怯えきった自分の表情が写っていることに気づく。

(まさか――)

一瞬にして、優記の頭の中にいくつもの未来が映し出された。しかし、どの未来でも最後は床に転がったまま燃え尽きて動かなくなった自分がいる。


ケニーは最後に、微笑み言った。

「でも、そのムカムカもあと少しで解消されるかもしれませんねぇ。」

ケニーは再び肉片に視線を戻した。

何よりも愛おしいその肉片を眺め、まるで初めてのキスを誘うかのごとく、優しい声で囁く。

「では、手術(オペ)を開始します。」


ケニーはカプセル容器の横に付いていた赤いスイッチを押した。

【ピッ】

短い機械音が優記の耳に届く。

【ゴポポポポ・・・】

という音とともに、緑の液体がじょじょにカプセルから排出されていく。ケニーはそれを嬉しそうに見つめる。

「ちょっ、ちょっと待ってよ。なに?なんなのよ。ねぇ、ねぇってば!!!」

心では無駄だと分かりながらも、優記は必死にケニーに問いかける。

(逃げなきゃ・・・)

誰でもそう思う。しかし、恐怖で体が硬直して動けない。体が言うことをきいてくれない。

「お願い、動いてょ。」

【ゴポポポポ・・・・】

液体は容器の半分を過ぎた。

「お願い。動いて。動けよ!動いてよっ!!」

涙ながらの懸命な呼びかけにも、自分の体は答えてくれない。

【ズズズズズ・・・・】

ストローでジュースの最後の1滴まで飲み干すような、低く嫌な音が部屋中に響く。

優記の心臓が高鳴る。恐る恐るカプセルに目をやる。そして――


「殺される!!!!!」

そう思った瞬間、魔法が解けたかのように やっと体が動き始めた。

必死に手首を揺さぶり、鎖を何とか引き千切ろうとする。

しかし所詮は一回の女子高生。鎖に敵うわけはない。

「なんで、・・・どうしてなんなことになっちゃったの?」

必死に喚く優紀をよそに、液体がなくなったカプセル容器は【プシュー】と音を立てて中央が開いた。

「おぉ~!!おぉ~!!!おおぉ~!!!!!」

ケニーが歓喜の悲鳴を上げる。まるでもう、実験が成功するのが分かっているかのように。


肉片は液体の中に浸かっていた時よりも一回り小さく見え、ミカン程の大きさだった。それをケニーは慎重に自分の右手でつかむ。そして今度は、近くの机に置いてあった注射器を左手で取る。針の先端を肉片にゆっくり指し込み、そしてゆっくりと清龍の肉片を吸い上げた。肉片は見る見るうちに注射器の中に収まっていく。

「やめて!!!」

手首だけでなく、体もばたつかせる。しかし、びくともしない。

「準備完了ですねぇ。」

ケニーは嬉しそうに、優記に向かって1歩1歩近づいてくる。

「お願いやめて!!!」

どんなに もがいても鎖は優記を離さない。優紀はあらゆる関節を使って最後の抵抗をみせる。

「どんなことでもするから、お願いーー。」

懇願するように叫ぶ。ケニーはニヤリと微笑み、「では私の為に、大人しく実験台(モルモット)になってくださいねぇ。」と言い放った。

(いや・・・)

1歩、また1歩と足音が近づく。いつのまにか優記の体はまた硬直していた。

(いやだよ・・・)

さっきよりも、確実に1歩優記の前に。

(なんで私が・・・)

気がつくと、すでにクモ男の顔が目の前に。

(いやだよ――)

クモ男の吐息が耳に響く。

「死にたくないんだよ!!!!!」

【グシャ】

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