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第1部8話 空きのない冷蔵庫

 そういえば、【空きのない冷蔵庫】なんてスキルがあったじゃない。このスキルで何とかならないかな?


 ものは試しだ。早速、【空きのない冷蔵庫】を発動してみる。すると、おなじみの”あれ”が姿を現した。


「……どっからどう見ても普通の冷蔵庫にしか見えない」


 冷蔵室と冷凍室、そして野菜室を完備した何の変哲もない冷蔵庫。このゲーム、世界観ぶっ壊れてるけど大丈夫なの? 開発者がよっぽど白物家電に思い入れがあるのか、はたまたなにかの手違いなのか。


 とりあえず冷蔵庫の扉を開けてみると、中身は空。


「空きがないっていう割に、何も入ってないじゃん。まさか、アイテムボックスの保冷版っていうだけじゃないでしょうね?」


 冷えるのは嬉しいが、今は冷やすものがない。


 試しに残ったソルティ・オーシャンを冷やしてみることにする。冷蔵室に格納して扉を閉める。


 ……何も起こらない。本当に冷やすだけなのか? マジで?


 仕方なくソルティ・オーシャンを取り出そうと冷蔵室の扉を開けると、思わず目を丸くしてしまった。


「あれ!? 増えてる!?」


 ソルティ・オーシャンが冷蔵室を埋め尽くしていた。“空きがない“というのは、どうやら冷蔵庫にアイテムを格納すると、空きがなくなるほどにアイテムが増殖する、ということのようだ。


 これなら、おっちゃんたちが満足するまで飲ませてあげられそうだ。


 私はソルティ・オーシャンの栓を次々に開け、おっちゃんたちに振る舞う。この忙しい感じ、久々だけど身体が覚えているようで勝手に手足が動く。これでカウンターさえあれば、やりやすいんだけどなあ。


 あれれ、おっちゃんたち、またゾンビに戻ってるじゃん。なんか隠れて食ってるし。懲りないなあ。私は思わずジト目を向ける。


「おっちゃんたち、隠れて何食ってるのさ?」

「いや、これはな、飲み物と豆の相性が抜群でな。なんというか手が勝手に豆に伸びてしまうんじゃ」


 とおっちゃんのひとりがそう言い訳した。


「ジンさんの言う通り! 罪深き豆粒じゃ……」


 と、食べ物のせいにしながら、他のおっちゃんたちもうんうんと頷いている。


 おっちゃんが差し出したのは、ただの枝豆。しかし、色が紫がかっていて気味が悪い。


「この街全体を覆うツタから採れる街唯一の食料、通称“ゾンビ豆“じゃ……」


 アンデットじゃなくてゾンビが正解だったかあ、とどうでもいいことを考えながら【鑑定】を発動。


アイテム名:ツタヤカタグラの豆

レア度:  ★★★☆☆

効果:   状態異常(ゾンビ化)

説明:   ネクロスタシアを覆う大ツタ“ツタヤカタグラ“から採れる枝豆。食べれば食べるほど枯渇する。しかし病みつきになるうまさ。


 ゾンビになるとわかってて食べるやつがいるのか? しかも、枝豆って言っちゃってるし……。


 それにしてもゾンビ豆、そんなにおいしいの……?


 見た目は腐った枝豆にしか見えない。私は訝しげにゾンビ豆をつまみ上げてみる。ええい、ものは試しだ。意を決してゾンビ豆を口の中に放り込んだ。


 程よい塩気の効いた新鮮な枝豆の味だ。あー、確かにこれはソルティ・オーシャンがぶ飲みしたくなるわ。

 

「……いけるねっ」

「わかるか、姐さん!」


 ジンさんと呼ばれていたおっちゃんがそう叫んだ。何、姐さんって。てか、そんな呼ばれ方したら、そろそろ本格的に表社会を出禁になりそうなんだけど?


「おっちゃんたちに姐さん呼ばわりされる歳じゃないんだけど!?」

「うっはっはっ! 自分の顔を見てから言いなされ!」

「ん?」


 ソルティ・オーシャンの小瓶に映る自分の顔を眺めてみる。そこにはしおれたおばあちゃんの姿があった。おまけに状態異常(ゾンビ化)つきだ。


「あははっ! 確かに姐さん呼ばわりされてもしょうがないねっ!」


 それから私はおっちゃんたちと意気投合して、路上で宴会が始まった。


 おっちゃんは芸に長けていて、「ウイルスに感染したばかりの新米ゾンビ」とか「イキってるけどホントは(もろ)いハリボテゾンビ」とかいう、ゾンビ芸を披露してくれた。


 みんな、「あるある~」とか言ってるけど、私には芸が細かすぎて理解できない。アルコールが入ってるわけでもないのによくやるわ。


「みんな、やけに芸達者なのね」

「ぐははっ! ネクロスタシア守護兵団伝統の宴会芸じゃ!」

「え、おっちゃんたち、兵士なの? その成りで?」

「ぐははっ!、そうじゃ、これでも1000年間、この街を外敵から守り続けているのじゃよ」

「いや、1000年とか本気でゾンビかよ。てか、私に侵入されてるくらいなんだから仕事してないでしょ?」

「ぐははっ! 痛いところを突かれたわい! この1000年間、外敵どころか商人の往来も、来客すらなかった。そのせいで油断しまくりじゃよ。我らしかいないこの街には、食すものはゾンビ豆しかない。酒の味も1000年ぶりじゃった」

「そっか、1000年ぶりにいろいろと食べさせてあげたいところなんだけど、手持ちはこれだけなんだよなあ。ごめんね?」

「いや、十分じゃよ。このようなうまい酒を大盤振る舞いしてくれたんじゃ。我ら、ネクロスタシア守護兵団を代表して、心から礼を言うぞ。さあ、みんな、1000年ぶりの来客に乾杯じゃ!」

「「かんぱーい!」」


 おっちゃんたちは手に握ったソルティ・オーシャンと共に、顔のシワがくしゃくしゃになるくらいの笑顔を向けてくれた。


 ああ、この笑顔。私の心が全回復していく。


 ちくしょう、なんであいつの顔と重なるんだよ。でも、なつかしいあ。


 私の特等席だったカウンターの内側。そこから眺めた笑顔を思い出す。


「んお!? 姐さん、どうしたんじゃ!?」


 ジンさんの顔がぼやけて見える。


「あれ? どうしたんだろう……」


 私はいつの間にか涙を流していた。

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