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第3部30話 シュシュとシャレ(酒守視点)

 夜が更けたアルカディアの街で繰り広げられる大宴会。そんな中で、華麗なる聖宴のメンバーがなにやらおかしなことを繰り広げている。


「”ボクが命を吹き込んだ主人、シュシュだ。ボクの元で賢人として仕えたまえ!”」

 と、ボクの代わりになぜかビンセントが叫んだ。


「”ボクが命を吹き込んだ主人、シュシュだアル!ボクの元で賢人として仕えたまえアル!”」

 お次はパンダがそう叫ぶ。


 その様子を見ていたおじいちゃんとガウス、カルネがげらげらと笑い声をあげた。


「ひょほほほ! そんな歯の浮くような言葉では、仕える気にはならんのう!」

「まだまだだな、ビンセント、パンダ。”シュシュだ”のところをもっと強調するんだ。”ボクが命を吹き込んだ主人、シュシュだ! ボクの元で賢人として仕えたまえ!”」」

「ひょほほほ! 似すぎておって余計に仕える気がなくなったわい!」

「うはははっ、似てるww ガウス天才ww」

「さすが、ガウスの兄貴アル」

「あ~その声、酒が進むわね~。その調子で”カルネさん、今日もお美しいですね”って言ってくれる?」

「”カルネさん! 今日もゴミ尻ですね!”」

「殺す! 殺す!」

「もうっ皆さん、シュシュさんに失礼ですよっ」


 宴会では中二病ごっこという名の物まね大会が開かれている。ガウスは攻略中の様子を録画していたようで、ボクの発言の揚げ足を取っては酒の肴にしているようだ。


 まったくもって不本意ではあったが、酒場で起こることは水に流そうではないか。


「ご注文は?」


 酒も持たずに突っ立っているボクを見かねたのか、酒落店員がそう尋ねた。


「――オレンジーノはあるかい?」


 酒落店員の手が一瞬止まり、しかしすぐに動き出した。


「珍しいもの頼むねっ! あるよ!」

「あるのかい!? まったく出来損ないポーションというものはどうなっているのだ……」

「こちとらだてに【手軽にポーション作りができるミキサー】を何万回も回してきたわけじゃないよからね? はい、お待ちどうさま!」


 ボクはグラスを受け取り、ひと口含むと懐かしい味が広がった。ボクが酒落店員のリアルの酒場”御洒落”で初めて注文した飲み物だ。しかし、酒落店員は気づいていないようだ。いや、そんなこと気づくわけがないか。


「うまいな……」

「ありがとうっ! それで、”ふたりきり”にはいつなればいいの?」

「忘れていたわけではないようだな」

「うん、気は進まないけど、約束したからねー」

「それでは今頼む」

「りょーかい」


 酒落店員がカウンターから出てくると、ふたりきりになれそうな場所へと向かった。ボクたちが向かったのは、高台の広場。アルカディアは星空がよく見えるところだった。砂漠に浮かぶ満天の星空は、一見の価値ありだ。


「さて……お望みの通りふたりきりになったよ? 話があるんでしょ?」


 素晴らしい景色にはひとことも触れずに、彼女はそう言った。なんとも彼女らしい発言である。


「ああ、時間を取らせてすまない。シャレさんと敵対していたクラン連合の一員ということもあって警戒していただろうに」

「あー、そういえばそうだったね。そんなことすっかり忘れてたわー」

「クラン連合との一件はもう水に流すと?」

「いや、そういうわけじゃないけど、私が敵対しているのはクラン連合であって、あんた個人じゃないでしょ?」

「まあ、それはそうなのだが……」

「今日一日一緒にいてわかったけど、あんた、悪い人じゃないしね。中二病だけど」

「中二病は余計なのだが……」

「ははっ、それで今日のお礼に私は何をすればいいのかな? 出来損ないポーションのこと? ネクロスタシアのこと? なんでも話すけど?」

「ああ、聞きたいことはだな――」


 さあ、ボクが酒守であることを話そう。そして、何故こんなことになっているのか問いただそう。ボクが酒守であることを知れば、彼女は怒るだろう。しかしそれは、酒守と酒落の関係性であれば、日常茶飯事だ。酒守と酒落の関係性……。


 このとき、ボクは何を思ったのか、酒守と酒落の関係に戻るのは惜しいと思ってしまった。ふと、シュシュとシャレの関係でしか聞けないことがあると思ってしまった。ボクの意思とは関係なく、言葉が口から滑り落ちていく。


「――シャレさんは、なぜここで酒場を経営しているんだ?」

「……え? 楽しいからだけど?」

「いや、そういうことではなく……。華麗なる聖宴のメンバーから聞いたが、リアルで店をやめたのだろう?」

「あちゃー、あの酔っ払いたちにそんなこと話したっけ……」


 これは、ボクの作り話だった。華麗なる聖宴のメンバーには悪いことをしてしまった。


「……ゲームだったら、リアルより楽しくできると?」

「ゲームだったら、リアルより楽しく――その通りかもしれないね」

「そうか……」


 ボクは落胆してしまった。彼女はもうリアルの酒場には戻ってこないのだろう。ボクは彼女のひと言をそう受け取った。


「――私、リアルの酒場がSNSで大炎上したんだよね。そのままお店を継続してくれっていうお客さんもいたけど、批判に耳を傾けるのが限界になっちゃって、お店を閉めたんだ」


 ボクはこの話を知っていた。彼女が酒場の店主としてお客のボクへ投げかけた暴言が、悪意ある形で動画に編集され、SNSへと流れた。だから、お店を閉めることになった原因の一つはボクにあるとも思っている。彼女は酒場を愛していた。そんな彼女から酒場を取り上げてしまったボクは、どうやって贖罪すればよいのか。そんなことを考えてしまい、夜も眠れない日を過ごしたのは、ついこの間の話だ。彼女は言葉を続ける。


「――私ね、このゲームを始めたときに、ジンさんから”酒場経営は看板さえ立てれば誰にでもできる!”って言われたの。目から鱗だったなあ。酒場経営だー!って肩ひじ張ってやってたけど、看板さえ立てておけば、酒場になるんだよ。すごいよねえ――その時、ふと思ったんだ。私はリアルで酒場を閉めるべきではなかったって」


 ボクは目を丸くした。彼女のあまりに予想外の言葉で、鳥肌が立った。


「毎日看板立てて、お客さんと向き合う――ただそれだけでいいんだよ。周りの雑音なんかに踊らされるべきではなかった。このゲームで区切りがついたら、リアルでしっかり看板立てて、店を開こうと思ってるよ――って、え、何で泣いてるの?」

「こ、これはだなっ、目から汗が出ているだけだっ!」

「うわー中二病をこじらせてるんじゃないの? ひくわー」

「ほ、ほっといてくれたまえ!」


 そう強がって、ボクは涙をぬぐった。


「さあ、この話は話は終わりっ! 本題に移ろうよ?」

「あ、ああ……」


 ここでボクは大きな過ちを犯したことに気づいてしまった。ボクの正体を打ち明けるのが非常に難しくなってしまったのだ。他人の顔をしてプライベートなことを聞き出して、泣き散らかして……これは中二病と責められるどころではない気がする。ああ、詰んだ気がする。


 その時だ、ボクに一本のメッセージが入った。緊急、と書かれたタイトルにボクは眉をひそめた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。急を要するメッセージが入った――」


 そういってボクはメッセージの内容を確認する。いったん落ち着てどうやって正体を明かそうか作戦を練ろうじゃないか。しかし、そう思ったのも束の間、メッセージのとんでもない内容に思わずひっくりかえりそうになった。


「――不死のジン・ヘルナンデスを筆頭とするゾンビウォーリヤーの軍団により、氷牢都市フルイゼンが陥落。クラン連合より緊急招集がかかった」

「は?」


 こうしてボクは、酒落店員へ正体を打ち明けるタイミングを完全に逸したのだった。


3部完結です!ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

少し書き溜める期間に入りますので、1か月ほどお時間ください。。。

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