第3部26話 紅の騎士
「我はすべての言霊を司る者アイリッヒ。その姿は薔薇の華のごとく可憐。その口は天使のごとく美しく詠う。詠は、敵を打ち砕き、すべてを破壊する残酷無比な剣。敵の凶刃を阻む盾。自らの衣となりて力の根源となる」
少女から発せられた言霊は少女の体を赤い光で包んだ。そして光が止むと、そこには深紅の重鎧で身を包み、突槍を手にした少女の姿があった。まるで薔薇のような可憐な騎士の誕生だ。
「言霊魔法で自らを強化したのか……。まさか言霊魔法にそんな芸当が……」
シュシュの絶句とともに、少女の姿がたち消えた。そして次の瞬間にはシュシュが壁際に吹き飛ばされていた。
「くっ、先ほどとは戦闘スタイルが180度違うじゃないか」
シュシュが歯を食いしばりながらそう言った。
「【マキシマ――くっ――」
シュシュの詠唱の間を与えることなく、少女の追撃はシュシュを捉えていく。
「シュシュの旦那! 一旦下がれ!」
ガウスがそういって前線へ出ようとしたところで、
「【ひれ伏せ】」
「くっ、【魔法書の改ざん】」
少女の言霊魔法が発動。一方、防戦で手一杯のシュシュには他のメンバーの分まで【魔法書の改ざん】を行使する余裕がない。私たちはまたもや土下座を強いられることになった。
「その姿でも言霊魔法使えるのかい!? 物理攻撃を行使しながらの言霊魔法なんて反則だろう!?」
反論もむなしく、シュシュは突槍の一撃で壁にめり込んでしまった。その間に、少女の矛先がガウス、カルネ、ビンセントへと向けられる。
「【紅詠みの輪舞】」
紅の言霊が突槍の周囲を踊るように舞いはじめ、少女の突きの動作と同時に射出される。
「すまん、ここまでだ! お先!」
「なんとか活路を見つけてねっ!」
「シャレさんとシュシュならできるよっ!」
なんとも潔く、そして完璧な土下座の体勢のまま、彼らは少女の一撃で屠られてしまった。
「いけない、ついつい本気になってしまいましたわあ」
少女はそうつぶやいて武装を解いた。
「くっ、しゅらく――シャレさん、もうすぐノックバックの効果が解ける。少しの辛抱だよ……!」
「【ひれ伏せ】」
「くっ」
シュシュが壁から崩れ落ち、土下座の体勢をとる。私はやっこちゃんと並んでパンダの背中で土下座することになった。
少女は私に歩み寄り、土下座中の私のお尻をまじまじと見つめ、うっとりと言う。
「SランクとAランクが揃い踏みなんて眼福ですわあ。念願の“美尻チェア“の完成にまた一歩近づくのですわあ……!」
「や、やめなさいよ。気色悪い! 思わず想像しちゃうじゃないの!」
「そうだアル! 店主のお尻だとヘッドレストにするには大きすぎるアル!」
「パンダはどんな想像をしてるの!?」
吠えてはみるものの、全員揃っての土下座の状態では、まったくといっていいほど活路が見いだせない。
「さて、弾力と肌触りはどうかしら……?」
少女の食指が私のお尻へと伸びる。私のお尻が蹂躙されてしまう。さて、どうしたものか――
その時、突然の静寂が訪れた。強制ログアウトされたのか疑ったほど、不自然な静けさだった。お尻も触られていない。しかも、【ひれ伏せ】の言霊魔法が解除されている。
私は思わず顔を上げた。すると、少女が下品な笑みを浮かべた状態で、まるで人形のように固まっていた。さらに驚くことに、土下座状態のシュシュやパンダ、おじいちゃんも同様にかちんこちんだった。ひとりを除いては。
「ようっ」
「……あんた、誰!?」
そこには見知らぬイケオジが佇んでいた。
「あ、そっか。あのときとビジュアルが違うのか。俺だよ、俺。この世界を滅さんとする、”時の魔王ベルズ・コンカサント”だ」
魔王ベルズはブイサインを見せた。軽ーー。私は天を仰いだ。この軽薄さ。そしてゲームの世界観ぶち壊しのキャラメイク――
「――もしかして、準備不足を露呈して、ゲームの世界観を滅ぼしそうになった魔王様?」
「そんなにぶち壊してた!? なんとか世界観を維持しようと頑張ってたんだけれども!?」
「いや、完全に逆効果だったよ」
ネクロスタシアの黄昏城で、がんばって時の魔王を演じようとして醜態をさらしていた魔王様だ。
「前回とは見た目がずいぶんと違うじゃない?」
「ああ、キャラメイク――衣替えしたからな」
「衣替えとかそんなレベルじゃないような……。ま、いっか。それで、今のこの状況は、魔王様のしわざなの?」
「そっ、時の魔王の力を駆使して時間を止めて、君に迫るアイリッヒの魔の手を阻止したわけだ」
「なんでもありなのね……。私を助けるために来たわけじゃないでしょ? 目的は何なのよ?」
「話が早くて助かる。実はだね……君の子分たちをネクロスタシアへ連れ戻してほしいんだ!」
「は?」
私は思わず間抜けな声をあげてしまった。
なお、アームレストもAランク以上で揃えたい模様。




