第3部25話 言霊魔法
まずは、相手を知るためにも【鑑定】を発動。
モンスター名:淫魔の王女アイリッヒ・フォン・クシュリナ
レベル: 86
説明: 勇者によって滅ぼされた淫魔族の末裔。男女の性には興味がなく、尻のみに執着する淫魔族の異端児。その言霊魔法は淫魔族で最も強力と言われている。
えっぐ――――。ジンさんやドラゴン氏と同じようなレベルじゃん。これは本当にヘッドレストになることを覚悟しなきゃいけなさそう? ヘッドレストになるには、前屈をキープすればいいのか、三点倒立をキープしなきゃいけないのか。前屈は腰にきそうだし、三点倒立は頭に血が上りそうだなあ。そんなどうでもいいことを考えながら、私はポーションランチャーを構えた。まずは味方へバフ入りの出来損ないポーションを供給しないと――
「【ひれ伏せ】」
少女の言霊魔法が発動した途端に、全員がもれなく、ひれ伏すことになった。シュシュ以外は。
「言霊魔法――相手の耳に届いた瞬間に効果が発動される、魔法の中で最も速効性が高い魔法。やっかいだな……」
シュシュはそういって、手に持っていた《教典クリムクロフ》を開く。
「言霊魔法が効かないですって……?」
「君の使った【ひれ伏せ】は、【魔法書の改ざん】で【ひれ伏さない】に改ざんさせてもらったよ。相手が言霊魔法を使ってくると知っていて対策しない阿呆ではないよ」
シュシュは不敵に笑った。
「……さりげなくわたしたちをディスらないでくれる!? 私たちにかけられた分も無効にしなさいよ!」
「すまない、速効性の高い言霊魔法に対処する余裕がなかった。【ディレイマジック・3カウント・オプティマイズフィールド】! 言霊魔法の発動を3秒遅らせる効果をフィールド全体に付与し、対処する時間を稼ぐっ!」
「3秒稼いだところでどうにかなると思っているの? 【男よ、息絶えよ】」
「即死魔法!? 3秒稼いでおいて正解じゃないか……。【リフレクトマジック・アルティメット・ミラーリング】【魔法書の改ざん】」
3秒で長い魔法名をよく言い切れるなと感心してしまった。私たちの前に大きな写し鏡が現れ、魔法は鏡で跳ね返り、光線となって少女へ反射した。
「2つの魔法の同時詠唱ですって? でも、男を即死させる魔法を、女である私に跳ね返してどうするつもりかしら?――」
反射した光線は放物線を描いて少女へと着弾。すると、少女は絶叫した。
「きゃあああ――どういうことですの!? この魔法はわたくしには効かないはずですわよ!?」
「【魔法書の改ざん】で【女よ、息絶えよ】に改ざんさせてもらったよ。しかし、本来は即死のはずだが、淫魔族の王女ともなるとさすがに即死とはいかないようだな」
「わたくしの魔法によくも小細工してくれましたわね……。 【死ぬまで続く言葉攻め】――」
少女の口の周囲に魔法陣が放射状に展開された。
「切り裂けろ・砕けろ・痺れろ――」
数々の厄災の言葉がまるで破壊光線のように私たちを襲う。
「くっ――【魔法書の改ざん】!」
シュシュが言葉の光線を片っ端から改ざんして無効化していく。シュシュが防戦している間に、ようやく私たちにかけられたひれ伏す言霊の効果が切れた。むくりと起き上がってその戦いを目の当たりにすると、まるで台風の目の中にでもいる気分だった。
私はポーションランチャーを少女に向かってかまえる。そっちがマシンガントークなら、こっちはマシンガンポーションで対抗するしかないよね! 発射ッ――
ポーションが放物線を描いて少女へと向かう。しかし、当たる寸前で、少女がポーションに気づき目を丸くする。そして、【死ぬまで続く言葉攻め】をポーションに向け、少女に着弾する前に撃墜された。ちっ、どうやら当たってはいけないものと、認識されたようだ。しかし、私はポーションを発射し続ける。乱射、乱射。引き金を引く人差し指が痛くなるほど乱射した。
発射されたポーションはすべて少女に当たる前に空中で砕け散っていく。しかし、【死ぬまで続く言葉攻め】が私たちへ向けられることはなくなった。
「しゅらく――ごほんっごほんっ、シャレさん、サポートに感謝しよう」
「そんなことどうでもいいからっ! パンダ、この順番でみんなにポーションを配ってっ! 順番間違えると腹下すわよ?」
「店主、わかったアルヨ~」
私がみんなに配ったポーションは”飲み比べフルコース”と呼んでいる。まずはポーションの効果が10倍になる駄洒落エールから始まり、幸運を+10する駄洒落エール2杯目、腕力を1.1倍するヤケクソ爆弾酒3杯目、そして、体力を1.09倍する業火酒炭酸割り4杯目、最後はさっぱりと、浄化作用のあるソルティ・オーシャン5杯目で酔い覚ましして〆る。今回は毒抜きしたマンチニールの葉(ポテチガーリックバター味)も添えてみた。
全部飲み干せば、完全無欠な酔っ払い戦士の出来上がりである。
「この異常なまでのバフのかかり方……、これが無限回廊でクラン連合と対峙した際にゾンビウォーリアーに付与されていた異次元のバフの数々ということかい!?」
「ご名答! さあ、みんなよろしくねっ!」
「「おうっ」」
ここから華麗なる聖宴の総攻撃が始まった。
「【ルインズ・エッジ】!」
「【ジャッジメント・アロー】!」
「【ルミナス・スラッシュ】!」
各々の必殺技は、少女に命中して土煙を上げる。その間に、私はパンダの背に乗り、やっこちゃんの救出に向かう。おじいちゃんは例によって胸を掴んできたので、途中で蹴落としておいた。
華麗なる聖宴の猛攻の合間に、シュシュが詠唱を行う。
「【マキシマイズマジック】【クアドラプルマジック】」
「出た……。2重詠唱……!」
「いや、待て、まだ終わってないぞ?」
ガウスたちは息を飲んでシュシュの詠唱を見守る。3つの魔法陣が展開され、ひとつ目の魔法陣から、爆発でもしたかのように旋風が巻き起こり、それがみるみる圧縮されて小さな球体となった。そして、その球体が2つ目の魔法陣を通過すると大きくなり、最後の魔法陣でさらにその大きさを増した。
「やっこちゃん!」
「びえええっ、シャレさん。怖かったです〜」
私は間一髪のところでやっこちゃんを拾い上げて、そのまま走り去った。
「《教典クリムクロフ》は3つの魔法を同時に実行できるユニークアイテムだ。魔法の効果を最大限に引き上げ、さらにそれを4倍化したボクの最大火力……。【オミナス・コード・クラッシュ】!」
シュシュの中二病のような言葉をトリガーにして、つぶてが少女に向かって発射。着弾すると同時に、まるでブラックポールのような強力な引力が発生した。その余波の影響で、私たちの視界がさえぎられる。
「やったか?」
視界が開けると、優雅な衣装がボロボロになった少女の姿があった。
「こんな屈辱、生まれて初めてですわ……。よくもわたくしの衣装を汚してくれたましたわね……」
少女の血走った目が私たちを捉えていた。
「【着飾る千の言葉たち】」




