第3部19話 攻略部隊の編制
半日後、私はガウス、パンダとともに商店街の中ほどに位置するギルドハウスにいた。ギルドハウスはアルカディア周辺のクエストを斡旋する場所として存在しており、多くのプレイヤーがたむろしている。そこにまずはカルネが現れた。
「カルネ、アイテムの準備は整ったか?」
「クランの倉庫からありったけかき集めてきたよ〜。足りないものは買って補充しておいた! ガウスの方は?」
「まあ、半日でできることは限られていたが、収穫はあった」
「へえ、どんな?」
「砂楼都市アルカディアの雨にまつわる言い伝えだ。小人族には雨が降ったら淫魔族に連れ去られるという言い伝えがあるらしい」
ガウスは古びた巻物を広げて見せた。
「グランドクエスト”小人族の解放戦線”では、華麗なる聖宴の先輩たちが淫魔族の王を討伐して、小人族を解放した。しかしその後、アルカディアで雨が降った日に小人族に行方不明者が出たらしい。雨は淫魔族の力を増幅する。それで、小人族は雨と淫魔族への畏怖の念を忘れないためにも、そんな言い伝えを残したと言われている。だが、この話、今回のやっこちゃんが連れ去られた話とリンクしないか? 行方不明になったのが、本当に淫魔族の仕業だったとしたら……」
「つまり、あのド変態ロリータは淫魔族の残党なんじゃないかってこと?」
「その通り! ”小人族の解放戦線”で先輩方が淫魔族と戦った舞台は、アルカディアの中心部にあるダンジョン”ピラミアックス”だった。ピラミアックスの未開拓エリアに残党がいるというのが俺の見立てだ」
「ガウスにしてはさえてるじゃない!」
「ふふん、俺の情報収集能力がここにきて本領を発揮したなっ」
「へえ、小人族の子をナンパして私の屋台で楽しく飲んでただけに見えたけど、ちゃんと情報収集してたんだね……」
「の、飲みにケーションの応用編さっ。ははっ」
ガウスはカルネのジト目から逃げるようにしてそう言った。そのとき、ビンセントが暗い顔つきでギルドハウスに入ってきた。
「その顔つきからして、討伐隊の編成は失敗したようね……」
カルネの言葉にビンセントは力なくうなずいた。
「信頼できそうなクランをいくつか当たってみたんだけど、グランドクエストの続きだからね……。強豪クランが参加する予定がないことを知ると、辞退を申し出てきたよ」
「だよな……。同じ立場だったら俺だってそうするわ。どこかに強力な助っ人がいないもんかねえ」
ガウスがそう言ってため息をついたと同時に目を見開いた。
「シャレさん! 隠れろ!」
「いきなり何さ――ってうおっ!」
強制的に机の下に押し込められてしまった。
「なんだっていうのさ?」
「”教授”だ」
「”教授”?」
「あ、ああ、あの手に持ってるのはユニークアイテム《教典クリムクロフ》。間違いない。クラン連合をまとめるギルド“キヘンニハナ“の参謀にして、副リーダー、シュシュだ」
机の下から垣間見えたのは、上半身裸でモノトーンの幾何学模様のついた長い外套を羽織った男。手甲と脛部分には金色の鎧が見え隠れする。
「クラン連合はシャレさんのことを血眼になって探しているとは聞いてましたが、まさかこんな大物が直々にアルカディアまで下ってくるなんて、余程のことですよ……」
ビンセントは驚いたように言った。
「はあ、かっこいい~」
カルネがそう言って目を輝かせた。こいつ、私がクラン連合に一泡吹かせて胸がすーっとしたとか言ってたのに、現金なやつ……。こんなやつのどこがいいんだ? 私の目には半裸の変人としか映らない。
そもそもなんで私が隠れなきゃいけんのさ? お天道様に顔向けできないことなんて一度たりともない。むしろ、やってはいけないことをしたのはあいつらの方だ。なのに出来損ないポーションのからくりがわからないからって一方的に私を探して情報を得ようと企んでいる。全くいい迷惑だ。あーイライラしてきたぞ。
私は思わず机の下から這い出てしまった。
「あっ、シャレさん――」
ガウスがすぐに口を塞いだが、遅かった。”教授”と呼ばれる男は、私の方を振り向き、目を見開いた。
私はその男の目と鼻の先まで近づき、睨みつけた。シャレさーん、とガウスたちの小さな悲鳴がかすかに聞こえた。
「あ、ああ、しゅら――ゴホッゴホッ! いや、シャレさん、元気かね?」
男がにやけ顔でそう言った。え、なんでにやけてんの? しかも、西洋人のHow are you? みたいな挨拶の仕方だし。初対面の人間の健康状態なんてどうでもいいだろ。ほっといてくれ。私のイライラがさらに加速する。
「あんた、私のことを探してるってホント?」
「あ、ああ、間違いない。ずっと探していたんだ」
私はふぅーとため息をついた。そしてこう告げた。
「取引をしよう。私が出来損ないポーションに関する情報を教えるから、あんたはエクストラクエストのクリアに協力しなさい」
今度は驚愕の悲鳴が背後から上がったが、私が男の目から視線を逸らすことはなかった。




