第3部8話 ハンゾウの様子が変(もみじ視点)
「椛さん、こんなところで何をしているのですか?」
買い出しのために和樂の街に出向いたところで、急に後ろから声をかけられた。
「ハンゾウ、ちょうどよかった。今、マッドサインに頼まれて買い出しをしているところです。半分手伝ってはくれませんか?」
私はハンゾウに買い物リストを渡した。すると、ハンゾウは口角を少し上げて微笑した。
「お安いご用ですよ、椛さん」
いつもダルそうなハンゾウが歯の浮くような笑顔を浮かべている。思わず身震いしてしまった。今日のハンゾウ、なんかおかしい。
「ハンゾウ、何か悪いものでも食べましたか? あっ、まさか、こないだの階層主戦でアイソレートドラゴンにやられたことを思いつめて、心を病んでいるのですか?」
「悪いものを食べたわけでもないし、思いつめてるわけでもありません。僕は至って健康ですよ」
「そうですか……。それなら、良いのですが……」
「ーーしかし、こんなにもたくさんのアイテムを何に使うつもりですか?」
「言わずもがな、出来損ないポーションの検証ですよ。マッドサインいわく、【手軽にポーション作りができるミキサー】の上位スキルが存在する可能性があるそうです。【手軽にポーション作りができるミキサー】をフル稼働させて、上位スキルの発現を目指しています」
「それで、こんなにたくさんのアイテムが必要なのですかーーところで、”姐さん”が見つかったとのことですが、本当ですか?」
「姐さん? ああ、”薬使い”のことですか。発見したという報告は聞いていません。どこでそんな情報を仕入れたのですか?」
「え、あ、うむ。クラン連合の――名前は忘れましたが、タヌキみたいな格好をした者でした」
「マタタビ流星群のメンバーでしょうか? デマでなければ、早々に私まで報告が上がってくることでしょう」
”薬使い”への対処は、シナリオ攻略上避けては通れない道だろう。もし、彼女を見つけたとなれば、必ず直接の対話が必要になってくる。対話で解決できれば万々歳。彼女にはシナリオ攻略に協力してもらいたいし、可能ならば友好的な関係であることが望ましい。しかし、もし対話で解決しないその時は、全力をもって打ち破るしかない。
「椛さん、大丈夫ですか?」
「は、はい、すみません。少しぼうっとしてしまいましたねーーところで、ハンゾウ。今日のあなたの話し方、やはり不自然な気がするのですが」
「そうでしょうか?」
「はい、いつもは何と言いますか、紙みたいにペラッペラで軽薄な印象を受けるのですが、今日はなんだか敬語もしっかりしていますし、年配の方から感じられるような余裕があるようにも見受けられます。はっきり言って気味が悪いです。やはり、心の病ではないでしょうか? 早く病院に行ってきてください」
「酷い言われようですね……。我ーー失礼。僕はいつもこんな風に濃厚な話し方をしていますよ」
「そうでしたか? それならいいのですが……」
「それでは、僕は買い出しに行って参ります。また後ほどお会いしましょう」
ハンゾウはそう言うと、踵を返して雑踏の中へと消えた。いつもなら、「面倒っすね〜」と愚痴をこぼしながら作業をこなすあのハンゾウが、文句ひとつ言わずに買い出しに行くなんて……。
その後、2時間をかけて私の分の買い出しを終え、舞葉郭に戻ると、そこにはハンゾウの姿があった。
「早かったですね。もう終わったんですか?」
すると、ハンゾウはキョトンとした表情で首をかしげた。
「何のことっすか?」
「買い出しですよ。先ほど頼んだじゃないですか」
「いや、知らないっすよ〜。やっぱり最近の椛さん、なんか変っすよ?」
様子が変なやつに変呼ばわりされるとは心外だ。
「さっき快諾したじゃないですか? もしかして、先ほど応答が変だったのは聞き流してたからですか?」
「ええ!? 聞き流したのかな……。何の買い出しっすか? 行ってくればいいんすよねーーってこんなにっすか!? マジかー、心の病になりそうっすー」
ハンゾウの愚痴が心地よく響く。やはり、ハンゾウはこうでなくては。とにかく、いつものハンゾウに戻ったようで何よりだ。
※
〜遊戯都市和樂、郊外にて〜
「うまく接触できたのか、孤龍よ」
「うむ、まるで気づかれなかったぞ。1000年ぶりに使用した我の擬態スキルも捨てたものではないな」
「して、肝心の姐さんの情報は掴めたのか?」
「ふむ、あやつらは姐さんとは遭遇しておらんようだ。おそらく、猫にPKされたことも知らずに、我らと共にネクロスタシアを守護していると思っているのだろう。しかし気になるのは、あやつらが姐さんの酒を再現しようとしていることだ」
「うはははっ! あやつら、姐さんの酒を再現できると思っているのか!? 片腹痛いわ! ……だがなにゆえそんなことを試みておるのじゃ?」
「そんなこと、我が知るわけなかろう。お主はどう考える、ワンダよ?」
「姐さんの出来損ないポーションは、通常では考えられないほど強力な効果をもたらすからだワン。おそらく、クラン連合は出来損ないポーションの効果を把握することが、ネクロスタシア攻略に必須だと考えているはずだワン」
「なるほど、ということはあやつらが姐さんの酒の再現に躍起になっている間は、ネクロスタシアに攻め入られる心配もなく、我らや姐さんが不在であることは隠し通せるということじゃな?」
「ご名答だワン〜。でも、クラン連合には知識豊富なプレイヤーも多く在籍してるワン。再現されるのも時間の問題だと思うワン」
「ふむ、不死者よ。再現される前にクラン連合の拠点を潰しておくか?」
「にゃー!? 流石にそれはまずいにゃ。それではにゃーがクラン連合の裏切り者になってしまうにゃ……」
「ワンダ、お主、クラン連合を裏切ったのではなかったのか? ではどちらの味方なのだ?」
「にゃ!? それはですにゃあ、ゴニョゴニョ……」
「うはははっ! 流石に地の利がない敵の拠点を攻めるのは、ワシらに不利というものじゃろう。それに、ワンダがワシらの味方かどうかなど、どうでもよい。ワンダは姐さんを見つけ、ワシらを姐さんのところまで案内する。ワシはその対価に報酬を与える。それで十分じゃろうて」
「さっすが階層主、話がわかるにゃ!」
「して、ワンダはいつからニャンダに戻ったんじゃ? その猫語を聞いておると、姐さんがPKされた時の情景が浮かんできて、思わずその口に糞をねじ込んでやりたくなるんじゃが?」
「し、失礼しましたワン! もう、糞はこりごりワン!」
「孤龍よ、あやつらが姐さんを見つける前になんとしても見つけ出さなければならぬ。先を急ぐのじゃ」
「心得た。早く見つけ、姐さんの酒で祝杯をあげようぞ」




