第3部7話 検証作業(もみじ視点)
クラン連合がネクロスタシアで完全敗北を喫してから、2日が経過した。私たちはネクロスタシア再攻略の準備を急ピッチで進めていた。しかし、その進捗は芳しくない。
こういうときに限って、普段は仕切ってくれるシュシュは音信不通。ついでにニャンダまで姿を消しているし、不貞腐れバウムは奇声を上げるばかりで話にならない。
あーあ、みーんな斬り捨ててしまいたい。切ってちぎってミンチにしてしっかり手ごねしたハンバーグ作るか。でもバウムを切ったらただの不揃いバウム、パン粉の代わりになるのかどうか心もとない。
クラン連合のハンバーグ化計画は一旦置いておいて、何より対策に苦慮しているのは例の“出来損ないポーション“だ。
現状、効果が多種多様な出来損ないポーションが存在する、ということしかわかっていない。というか、何もわかっていないと言った方が正しいだろうか。
私たちクラン連合は、プレイヤー”シャレ”のことを”薬使い”という仮名で呼ぶことを決め、彼女の作った出来損ないポーションの検証に努めている。
私は出来損ないポーションの検証状況を確認するため、舞葉郭の3階に設けられた検証室を訪ねた。床にはアイテムが雑多に散らばり、検証室というよりは、ゴミの山に近い。
「マッドサイン、在室でしょうか?」
「ロボはここにいるロボ」
姿が見えない部屋の主に声をかけると、白衣を羽織ったブリキのロボットがゴミをかき分けて姿を現した。
マッドサインはキヘンニハナのメンバーで、主に情報収集や検証作業を行っている研究者ーー要はバレンタイン・オンラインのオタクだ。
その知識量はバレンタイン・オンラインで1、2を誇る。しかし、そんな彼でさえも出来損ないポーションについてはノーマークだった。それだけ出来損ないポーションというものは特異な存在なのだーーそれにしても、この部屋汚すぎる。私は思わず眉をひそめた。
「……少しはガラクタを捨てたらどうなんです? 特に、ここに山盛りになっている砂なんて、何に使うんですか?」
「な、なんと、椛ロボにはこれがガラクタに見えるロボか!? 雲上都市サグラダを支える浮遊石の欠片ロボ! 浮遊石はオブジェクトでアイテム化できないから、またたび流星群のカンガルーニャをスイーツで買収して、【何でもフワフワに削れるかき氷器】で削ってようやく採取したロボよ!?」
「そ、そうですか……」
フワフワな砂を集めて砂場でも作るつもりだろうか。思わずため息が出た。
このように、バレンタイン・オンラインへの情熱が、時に思わぬ方向に向いていることもある。
「ところで、出来損ないポーションの検証状況はいかがですか?」
「……あまり芳しくはないロボ。出来損ないポーションを生成するためには2種類の材料が必要ロボ。しかし、この世界には材料となりそうなアイテムが五万とあるロボ。それをしらみつぶしに試していくには、膨大なアイテム量と時間が必要だロボーーただひとつ、とっかかりになりそうな点を見つけたロボ」
「本当ですか!?」
マッドサインはカクカクとうなづいた。
「これを見てほしいロボ」
マッドサインはユニークスキル【ロボットアーム】を発動した。このスキルは、他人のスキルを【ロボットアーム】に覚えさせることで、同じスキルを発動できるというものだ。つまり、レアなスキルであろうと、クランにひとりだけ使い手がいれば、マッドサインはそのスキルを発動できるということだ。そして、それは【手軽にポーション作りができるミキサー】も例外ではない。ただし、ユニークスキルは発動できないのと、その発動の対価はスキルポイントではなく、現金払い。ものすごくお金のかかるスキルなのだ。
「【手軽にポーションづくりができるミキサー】を発動し、《サンクドレイルの湧き水》+《ユーフラッカ草》でミキサーを回す。すると、【出来損ないポーションφ】が出来上がる。このポーションの効果を見ると……」
「回復”微”と『すべての状態異常からの回復』となっていますね……?」
「そうロボ。《サンクドレイルの湧き水》の効果である、『すべての状態異常からの回復』が引き継がれたロボ。その他のパターンで試しても結果は同じ。出来損ないポーションは結局のところ、材料となる液体の効果がそのまま引き継がれてしまう出来損ないでしかなく、元のアイテムの効果を上回るような結果は生まれない可能性が高いロボ」
「そうですか……。しかし、なぜそれがとっかかりになるのですか?」
「椛ロボが回収してきた”ポーションメーカー”のポーションと、ロボの作ったポーションの名前を比べてほしいロボ」
「名前ですか……?」
アイテム名:出来損ないハイポーションω
レア度: ★☆☆☆☆
効果: 回復“小“、一定時間、ポーションの効果が10倍になる。
アイテム名:出来損ないポーションφ
レア度: ★★★☆☆
効果: 回復“微“、すべての状態異常からの回復。
「ロボが作ったのは、出来損ないポーション。しかし、”薬使い”の作ったポーションは出来損ないハイポーションなんだロボ」
「つまり、”ポーションメーカー”の使っているスキルは、【手軽にポーション作りができるミキサー】の上位スキルであると?」
「その可能性が高いロボ。ということで、【手軽にポーション作りができるミキサー】のスキル保有者にミキサーをフル稼働させて、上位スキルの発現を試みるロボ。良いロボか?」
「はい、もちろんです。出来損ないポーションの検証のためであれば、キヘンニハナは支援を惜しみません」
「その言葉、待っていたロボ」
マッドサインはふたつ折りにされた紙きれを渡してきた。
「これは?」
「買い出しを頼むロボ」
マッドサインから受け取った紙を開くと、そこには膨大な量のアイテムの名前が記されていた。
「こ、こんなに必要なのですが!? 攻略に失敗してクランの公庫はかなり寂しくなっているのですが……」
「今、支援を惜しまないと約束したばかりだロボ。出来損ないポーションは最優先事項なのだロボ?」
「うぅ、その通りです。わかりました。……全部ですか?」
「全部ロボ!」
ああ、頭が痛い。シュシュ、斬り捨てないでさくさくっと刺すくらいで我慢するから早く帰ってきておくれ……。




