第2部30話 終戦
ネクロスタシアの街に響き渡る剣戟の音。女剣士とジンさんの刃がぶつかり合う音だった。
その息を飲むような戦いに、私は思わず見惚れてしまった。女剣士とジンさんの武の力は互角。激しいぶつかり合いを何度も繰り広げるも、両者有効打は少なく、削り合いが続いている。
「うはははっ! 屍人の黒装束の特殊効果【絶望のオーラ】を回避するために、鎧の継ぎ目を狙ってくるとは、あっぱれじゃわい!」
「そういうあなたも、舞散紅葉刀の特殊効果【無色刀明】で消えているはずの太刀筋が見えているようですね。流石、階層主といったところでしょうか」
「うはははっ! 今まで似たような使い手ともやり合ったことがある! 伊達に長生きしとらんわい!」
……なんか、ふたりとも盛り上がってるね。うらやましくなんてないんだからねっ!
「それでは、これは見えますでしょうか? 【伍の葉裂】」
女剣士の周りに5本の舞散紅葉刀が浮遊し始める。
「【伍の葉裂】は一時的に刀を5本操れるようにするスキルです」
5本の刃は一気にジンさんを襲った。
「ぬうっ……!」
「そして、5本の刀にはいずれも【無色刀明】の特殊効果が付与される。つまり、不回避ということです……!」
チャンスと見たのか、女剣士は怒涛の攻勢をかける。
「【伍刀流 落葉の舞】」
目にも止まらぬ斬撃の数々がジンさんを襲った。ジンさんの鎧の継ぎ目から血が流れ始める。
「……!」
「トドメです。【奥義 秋終龍】」
あれ? ここ、ネクロスタシアのはずだよね? なのに、私が今いるのは燃えるように紅葉した森の中。まるで吹雪のように赤い椛の葉が舞い散っている。
突然、突風が吹いた。大量の椛の葉が風に乗り、まるで昇り龍を型どるように渦を巻く。その真っ赤な龍は、まるで獲物を見つけたかのようにジンさんに襲いかかった。
「風魔法の威力を1.5倍にするフィールド効果を付与し、切れ味を極限まで高めた風魔法の斬撃ーー私の最大火力です」
「ジンさん!?」
私はそう叫んだが、椛の葉の濁流に飲み込まれたジンさんへは届かない。濁流は次第に細くなり、そしてついに終わりを迎えた。
ジンさんの屍人の黒装束が砕け散った。ジンさんの全身から大量の血が流れる。しかし、ジンさんはしっかりと立っていた。
「そ、そんな……。HPはゼロのはずなのに、なぜ倒れないの!?」
「ワシは“不死“。打撃、斬撃、病、あらゆる苦痛に耐える」
とりあえず、生きててひと安心。驚かせないでよね。ていうかHPゼロで死なないとかそんなのありか? ちょっぴり女剣士には同情してしまう。
「ーーそして、その痛みは、我の武力の糧となる。ーー【屍人の血塗装束】」
血が固まり、まるで重鎧のようにジンさんの身体を覆った。その手には深紅の大鎌。
「だ、第3形態!? まだ先があったのですか……」
「うはははっ! 【屍人の血塗装束】を使うのは1000年ぶりじゃ! 誇るがよい、そして、散れ!」
「!? はやーー」
ジンさんの刃は、女剣士に構える隙も与えず、体を一刀両断。女剣士は呆然とたたずんだまま、ポリゴン化した。
侵入者はいなくなった。これで、ティービーの仇は取れたよね……?
「おつかれ、ジンさん!」
私は思わず駆け寄って抱きついた。
「これこれ、血がついて汚れるじゃろうて!」
「そんなの、ジンさんが無事ならいいの! でも、ジンさんてこんなに強かったんだね!? 普段はただ飲んだくれてるおっさんにしか見えないのに!」
「うはははっ! やる時はやるんじゃ!」
「……姐さん。我もがんばったぞ?」
「そうだねっ! 助けてくれてありがとっ、ドラゴン氏!」
ドラゴン氏にも抱きついた。
「「ワシらもがんばったぞっ!」
「うんうんっ! おっちゃんたちもありがとっ!」
ジンさんもドラゴン氏もおっちゃんたちも、みーんな大好き。私の自慢のお客さんだっ。
「よしっ、祝勝会やるかっ!」
「うはははっ! 姐さん秘蔵の10倍ωとやら、まだ口にしておらんのじゃ! 戦勝祝いに振舞ってくれっ!」
「おっけーい! 任せとき! 私も飲む! ベルズ通りで飲み直しだっ!」
「……姐さん、まだ敵が潜んでるかもしれん。我の背に乗るがいい。送っていこう」
「いや、過保護かっ! 大丈夫! ベルズ通りなんて目と鼻の先なんだからーー」
その時、私は信じられないものを目にした。瀕死の重傷を負った猫野郎が目と鼻の先にたたずんでいたのだ。
あれ? あいつジンさんにやられてたじゃん。何でこんなところにーー
声を上げる間もなく、猫野郎は風のように四足歩行で駆け、私の懐に潜り込む。
「に〝ゃーたちが黙ってやられると思ったら大間違いに〝ゃあ〝あ〝あ〝あ〝あ〝!!
「「姐さん!?」」
みぞおちに思いっきりグーパンをくらった。一瞬、呼吸が止まる。
あちゃー、パンチくらうとホントに痛いのね。こりゃ、死んだわ。でも、野良猫一匹にやられるジンさんじゃないし、あとは任せておけば大丈夫かな。祝勝会できなくて残念だなあ。
初めての痛みを噛みしめながら、私の視界は暗転した。




