第1部4話 アプサラス・コースト
アプサラス・コーストは街の西側に位置しているという。ということで、私は西へと足を向けた。山道を行くこと20分、眼下に円形のくぼみが現れた。
「ここが、アプサラス・コーストか……」
山の頂上付近に現れた火山の噴火跡。横文字でけったいな名前をつけたもんだ。露天商のおっさん曰く、
「水の悪魔が封印されていると言われるアプサラス・コースト。絶対に近づいてはいけない。近づけば悪魔の餌食となるだろう」
とのことだが、待ち合わせ場所に指定されてしまっているのでしょうがない。時刻を確認すると14時30分。待ち合わせ時間から、すでに一時間半が経過している。ていうか、13時にアプサラス・コースト集合なんて、無理ゲーじゃん。
とりあえず、くぼみの底付近にに何組か人影がたむろしているのが見えるから、酒守の姿がないか探してみようか。
ん、待てよ? 私、酒守がどんなアバターなのか知らないじゃん。どうやって探すんだよ?
「あいつ……」
罠にでもはめられた気分で、怒りがこみ上げてくる。もはや殴るだけでは気が済まない。底なし沼にでも沈めてやらねば。そのとき、ふと、あることに気づいた。
見渡しただけでも、3組のパーティーがいる。しかも、5人以上で構成された”ちゃんとした”パーティーだ。そんな彼らは、散策する様子もなければ、穴を掘ったりと作業をする様子もない。まるで、何かを待っているように、頑なにその場にとどまっている。
「……みんな何をしに来ているんだろう??」
そう思った次の瞬間、地面が揺れ始めた。
「へ、何? 地震?」
机の下に隠れたくとも、机がない。いや、岩が転がってきたら机に隠れてても、机ごとぺしゃんこか。そんなどうでもいいことを考えているうちに揺れは次第に大きくなっていく。
しかし、他のプレイヤーたちはまったく動じる様子がない。
「よし、時間だ! しっかり捕まってろよっ!」
近くに陣取っていたパーティーは、体の大きな戦士のアバターに他の面子がしがみついた。
「おい、あの女、大丈夫か? 自殺願望でもあるのかよ?」
「構うな、入水後のダンジョン攻略のことだけを考えろ」
同情と侮蔑の入り混じった視線で光合成する私。嫌な予感しかしない。何が始まるの?
次の瞬間、私の身体が押し上げられた。ふわっとかそういう生易しいものじゃない。ロケットにでも乗っているかのような、風圧で顔がペシャンコになる凶暴なやつだ。
「ふおおおおおおおお!?!?」
何かの正体は水だ。水が噴火する火山、いや、水山かーーなんて見たことも聞いたこともない。まあ、ゲームだもんなあ……。
大質量の水柱によって私の身体は上空へと押し上げられ、次の瞬間、空中へと放り出される。
そして、気づく。私だけ他のパーティーとは打ち上げられた先が違う。ダンジョンがどうこうと言ってたから、正しいポジション取りをすると、水柱がダンジョンまで連れて行ってくれるのかもしれない。
それじゃあ、私を待ち受ける運命はいかに!?
一瞬の無重力を味わい、お次は落下。まるで黒ひげ危機一髪の黒ひげになった気分だ。
「ひえええええええええ!?!?」
ちょっとちびったかもしれない。でもずぶ濡れだからバレないか? あ、VR上ではごまかせても、現実でもちびってるかもしれない。まあ一人暮らしだし、いっか。と冷静にどうでもよいことを考えていると、目の前に地面、いや、水面が迫ってきた。
私の運命はいかに!?