第2部20話 交渉(酒守視点)
「それで、キヘンニハナと可笑しな反理想郷の答えは、YES、それともYES? ニャハッ、YES以外答えなんてないニャッ」
またたび流星群のリーダー”ニャンダ”が相変わらずの軽い口調でそう言った。協力して無限回廊を踏破するはずのクラン連合であるにもかかわらず、こう何度も自らの利権を確保しようとするまたたび流星群の連中には、嫌気がさす。椛は澄ました顔をしているが、内心はらわた煮えくりかえっているだろう。
そして、苛立ちを隠そうともしないのが、可笑しな反理想郷のリーダー“不貞腐れバウム”である。
「愚案にもほどがあるぞ、ニャンダ!! クラン連合は無限回廊踏破のために結成されたのだ。またたび流星群がショートカットを見つけたから無限回廊踏破の報酬を全て差し出せだと!? 恥を知れ!!」
「ニャハハ〜、死に損ないバウムがうるさいにゃ〜。そもそもクラン連合は無限回廊20層の攻略にプレイヤーの厚みが欲しいから結成された組織にゃ。しかし、無限回廊のショートカットが見つかった今、クラン連合の力を借りる理由は皆無。最終層くらいうちのクランと新興クランで手を組んで踏破しちゃってもいいニャ〜。でも、クラン連合は付き合いが長いから、まず最初に話を持ちかけてあげたにゃ。これはニャーの親切心?いや、慈悲の心にゃ」
「慈悲だと……!? この腐れ外道が……! 腐った性根は死ぬまで治らんようだな……」
不貞腐れバウムはそういうと、ユニークアイテムである自慢の杖“アブラカタブラ“を構える。
「にゃははっ! ネクロマンサー職がこんな近距離でニャーと張り合おうなんて片腹痛いにゃ〜。その名の通り野垂れ死にバウムだにゃ〜」
ニャンダは冗談で返すが、その目は笑っていない。なよっとした見た目とは裏腹に“金剛拳“と異名がつくニャンダは拳を構えた。
「お、おい、やめておけ、バウム」
「ニャンダも口を慎むんだ」
ピリつく空気の中、双方の取り巻きからも止める声が上がるも両者の睨み合いは終わらない。
そしてついに、両者が激突すると思われたその時ーー
椛が瞬く間に両者の間に入り、ふたりの鼻先に刃を突きつけた。ニャンダには椛のユニークアイテム“舞散紅葉刀“が、そして、バウムには見覚えのある包丁(笑)が向けられている。
「ふたりとも矛を収めてください。この舞葉郭におけるクラン連合のうちわ揉めは許しません」
椛が凛とした声色でそう言うと、ふたりともバツが悪そうに引き下がった。
ボクは思わず鳥肌が立ってしまった。ニャンダも不貞腐れバウムもバレンタイン・オンラインでは名の知れた一流プレイヤー。そんなふたりを力づくで抑えてしまった。
普段の椛は崩壊気味だが、やはりバレンタイン・オンラインを代表するプレイヤーなのだ。
しかし、これ以上椛に任せるとキャラ崩壊が悪化しそうなので、ボクが口火を切ることにする。
「キヘンニハナとしては、タイムパンドライトの権益を手放してもいい」
椛がボクの方を二度見したが、無視だ。
「ただし、バレンタイン・オンラインのシナリオを進める上でタイムパンドライトが必須となる場合は、対価を払った上で借用、もしくはシナリオの攻略に協力してもらうことを条件とする」
ニャンダは他のクランと組んでもいいと強気な姿勢を見せてはいるが、キヘンニハナの戦闘力や、可笑しな反理想郷の財力は喉から手が出るほどほしいはずだ。それならばまたたび流星群はクラン連合とともに踏破するのが既定路線と考えてもいい。無理に話をこじらせないほうがいいだろう。
「ニャハハ、さっすがキヘンニハナの参謀“教授“シュシュ。冷静な判断だにゃ〜」
教授という二つ名は不本意ながら、ボクの独特な話し方が教授っぽいというところから始まっている。参謀などという頭脳明晰そうな肩書きは後からついてきたものだ。
「無限回廊踏破の権益を放棄するだと? 冗談は寝てから言うんだな!」
不貞腐れバウムは一度振り上げた拳の落とし所が見つけられないだけ。そう、不貞腐れているだけ。ならば助け舟を出してやるのがボクの役割だろう。
「ならば、こういうのはどうだろうか。権益を放棄する代わりに黄昏都市ネクロスタシアのクランの拠点選びの際、第一決定権を可笑しな反理想郷に付与する、というのは?」
「ニャー!? それは反対だにゃ! ニャーの好みの立地が取られてしまうにゃ!」
「可笑しな反理想郷は隠れ家のような目立たない場所を好む。目立ちたがりの貴殿らとは嗜好は被らないと推測している。さらに、第二決定権はまたたび流星群に付与しようじゃないか」
椛が何か言いたげな表情をしていたが、無視だ。
「にゃあ……わかったにゃ。またたび流星群はその条件を飲むにゃ」
「ふんっ、今回に限ってはキヘンニハナの献身に免じて条件を飲んでやる」
ふたりとも渋々といった様子でうなずいた。
「それでは早速、無限回廊踏破に向けて作戦を練りましょう。20階層まで無傷で行けたとしても、階層主の討伐は簡単ではないと推測します。情報収集、およびパーティ構成、必要となる装備の検討を早急に行いましょう。では、次の踏破検討会は3時間後とします!」
椛の締めの言葉でクラン連合の会議はこれにてお開きになった。ボクも足早に退室しようとしたところで椛がボクの行く手を阻む。
「さて、シュシュはお夕飯を食べていってくださいね。今から料理を始めますので手と首を洗って待っていてください。あ、特に首周りは念入りにお願いします」
どうやら注文の多い料理店が開店したようだ。ふむ、少々勝手しすぎたか。




