第2部18話 みんなで試飲会
ーーゴオオオオオッ!!
まもなく雷鳴のような唸り声を上げながら、空からドラゴン氏が舞い降りた。
唸り声からして、随分とお怒りな様子。マズったかな? ジンさんやおっちゃんたちは身構えてるし。
「おおおおおい、姐さん! 随分と遅いじゃないか……! 待ちくたびれてしまったぞ! あまりにも遅いから、そろそろ様子を見に行こうとしていたところだった……!」
怒りの矛先が違ったー。酒飲みに来る気満々じゃん。思わずジンさんと顔を見合わせちゃったよ。
「ま、まずは、助かったのか……?」
「うん、そうみたいだねえ」
ドラゴン氏の予想外のひと言に、ジンさんは目を白黒させてるし。大丈夫って言ったじゃんねえ。
「前回会ってから、1週間くらいしかたってないじゃん! それに新作できてもいないのにちょくちょく呼んでたら迷惑でしょ?」
「そんなことはないぞ。むしろ毎日だって構わない。今日はどこで何をしたかといった情報共有など、すべきことはたくさんあるだろう」
「いや、束縛強めな彼氏かよ」
思わずツッコんでしまった。
「して、新作はできたのか?」
「あたぼうよっ! 目ん玉しっかりひん剥いときなっ!」
私はそう言ってカウンターに新メニューを叩きつけた。それと同時におっちゃんたちからどよめきが起きた。
〜駄洒落 お品書き〜
ヤケクソ爆弾酒
業火酒
業火酒炭酸割り
甘酸っぱい青春っレモンサワー
ちょっと渋いぞっ白秋緑茶サワー
駄洒落エール
ソルティ・オーシャン
オレンジーノ
「火事になりそうなラインナップじゃな……!」
「飲み代のせいで火の車にならないように気をつけてねっ!」
「うはははっ! こりゃ一本取られたわい。いや、しかし、麦酒が見当たらんのう……」
「ふふっ、お探しのものはこれ、駄洒落エールっ!」
私はそう言って、ビールが並々と注がれた樽ジョッキを差し出した。
「この雲のような泡末は、まさは……!」
ジンさんは勢いよくジョッキを煽った。
「ぷはあ! こりゃまさしく、1000年前にケロケロ亭で飲んだ麦酒の味じゃっ!」
「ホントか、ジンさん!? 姐さん、俺にもくれっ!」
「俺もだっ! 頼むっ!」
「はいはい順番にね~」
「我は!? 我専用の酒もあるのだろうな!?」
話に置いてきぼりにされていたドラゴン氏がスネ始めていた。
「ドラゴン氏に飲んでほしいのは、これっ! 業火酒よ……!」
「ほほう、業火とな。我にピッタリな名ではないか。まさしく、我専用にふさわしいっ!」
「いや、勝手に専用にしないでよね」
私はそう言ってグラスを差し出した。
「ふむ、業火といいつつ、見た目は琥珀色で落ち着いた色合いだな……。どれ、味の方はというとーーおおおおおお!?」
ドラゴン氏は唸りながら天に向かって灼熱のブレスを吐き出した。まるで火山の噴火。ブレスは一瞬で天を突き抜け、雲がドーナツの形を作った。
ブレス一発がまるで天災のようなんですど……。営業妨害ですか?
「まさに苛烈! 業火と呼ぶにふさわしい酒だ! 気に入ったぞ!」
「気に入ってくれて何より! でもブレスは吐かないように。次吐いたら出禁だからね?」
「す、すまん、気をつけよう」
そんなことしてるうちにおっちゃんたちの注文が溜まっちゃった。さばくぞおおおーーん? 遠巻きでおろおろしているあの子って、ティービーだよね?
「ティービー! 約束の麦酒、作ってきたよ!」
きょとんとした表情のティービーにジョッキを渡した。ティービーは少しの間、麦酒に浮かぶ気泡を見つめた後、一気に煽った。
「これだ……」
「ん、何だって?」
「この味だよ、姐さん……」
ティービーはそう言って、めそめそと涙を流し始める。おいおい、私が見たいのは泣き顔じゃなくて、笑顔なんだけどなー。
すると、ジンさんが困惑する私の肩をぽんっと叩いた。
「理解してやってくれ、姐さん。ティービーはこの駄洒落エールを飲むことで、己の宝を取り戻したんじゃ」
「宝物……?」
ジンさんは大きくうなずいた。
「1000年前、我らネクロスタシア守護兵団には不死の呪いがかけられた。しかし、我らの家族や友人はそうではなかった。命以外のすべてを失うことこそが我らに課せられた罰。そんな我らに残された唯一の宝が”過去の記憶”なんじゃ。しかし、記憶も時とともに風化していく。風化した我らの記憶は、過去に感じた匂いや味といった五感により、時折呼び起こされるのじゃ」
「姐さん、駄洒落エールを飲んだら、ケロケロ亭で妻と一緒に飲んだときのことを思い出したよ。本当にありがとう……!」
ティービーがやっと笑顔を見せてくれた。まるでポーションでも飲み干したかのように私の心ゲージが回復していく。こっちこそありがとうだよ。
「我らにとっては記憶こそが何物にも代えがたい宝。この味に再びあいまみえることができて、わしらは今、幸せじゃ」
他のおっちゃんたちも大きくうなずいている。ああ、そんなこと言われたら店主冥利に尽きるよね。ちょっと大変だったけど、ビールを作れてよかったなあ――
――ゴーン、ゴーン
その時、突然、鐘を打ち鳴らす音が聞こえた。腹の底に響く重低音。ネクロスタシアでは耳にしたことがない音だった。
「何の音だろ、これ――」
おっちゃんたちに目を向けて、思わず絶句してしまった。みんなの目つきがいつにもなく鋭い。
「……何が起こってるの?」
「敵襲の鐘の音じゃ」
ジンさんが低い声で言った。
「敵襲? このネクロスタシアに?」
ジンさんは深くうなずいた。
「さて、皆の衆。ネクロスタシアへの攻勢を試みる不埒な連中がいるようじゃ。我ら守護兵団、1000年ぶりの仕事じゃぞ。心の準備はよいか?」
「「おおおおお!!」」
おっちゃんたち、いや、ネクロスタシア守護兵団の雄叫びが街中にこだました。いったい何が起ころうとしてるのだろうか、私は戸惑うばかりだった。




