第1部3話 ヘイトを一身に集める女
「ここがバレンタイン・オンラインか……」
セリーヌの姿がポリゴン化し、目の前が暗転。再び視界が開けると、私は教会の中にいた。年輪を感じさせるような荘厳な作りの教会だ。現実だったら間違いなく世界遺産だろう。
「見慣れない顔じゃな……ラフマントス神に祈りをささげるのは初めてか?」
この教会の神父らしき者、おそらくNPCだろう――が近づいてきた。私はしかたなく頷く。
「そうか。であれば、この世界の理から少し説明してやろう。今からさかのぼること1000年前、第三次悪魔大戦が勃発し――」
「あー、いいからそういうの。この世界に興味はないし、先を急いでるもんで」
そう、ウサ耳オバケの千本ノックのせいで時間が押している。一刻も早く酒守のアゴにアッパーを叩きこみ、このゲームともおさらばしたい。
私は何かしゃべり続けている神父を置き去りにして、教会を後にした。
「おお……」
意図せず感嘆の吐息が漏れた。扉を抜けた先に待ち受けていたのは、海岸線沿いに広がる街並みだった。ホワイト基調の建物が眼下に広がり、その先には青い海と晴れ渡る空。それぞれがしっかり青く、もはや海と空の境目がわからなくなっている。ということで――
「ここはどこだろう?」
そして、“アプサラス・コースト“というのはどこにあるのだろうか。とりあえず、誰かに尋ねてみよう。
「あ、すみません、少しお伺いしたいんですけど」
教会の付近にいたプレイヤーらしき男に話しかけてみる。すると、
「あん? アントニー様になんの用だ――!?!?」
私の顔を見るなり、まるで悪魔でも見たかのように狼狽した。
「し、失礼しましたっ!!」
男はそう言って小さくなって逃げていった。こんなテンプレのような避けられ方ってあり?
私は諦めずに他のプレイヤーにも声をかけてみる。しかし、皆一様にテンプレのごとく私のことを逃げる、避ける、無視する。次に声をかける相手を探していると、プレイヤーたちの会話が耳に入ってきた。
「なあ、さっきの極道女、まだやってるみたいだぜ?」
「ああ、初心者狩りが流行ってるって聞いたけど、あんなあからさまなやついるんだな」
「このバレンタイン・オンラインでは、現実におけるプレイヤーの思考や経歴が色濃く映し出される。あんなあからさまにヤバい外見しているやつは、間違いなく反社だ」
「だよな。ホントいい迷惑だ。さっさとゲームやめてほしいもんだ」
くそっ、開始早々なんで不要なヘイトを一身に受けなきゃならんのだ。どれもこれも全部あのウサ耳オバケのせいだ。
こんなことなら神父の話をもう少し聞いておけばよかった。結局、露天商のNPCからアプサラス・コーストの位置を聞き出すまでに一時間かかった。