第2部14話 魔王様の憂鬱(ベルズ視点)
女が部屋から出ていった後、俺は思わずその場にへたれこんだ。まさか、プレイヤーがこんなにも早くこの城へ到達するとは予想外だった。
「カイト、助言なんてしてもいいダニ?」
その時、突然姿を現したのは相棒のセリーヌだ。ウサ耳をぴょこぴょこさせて、黙っていれば可愛いやつなんだが、毒舌でかなわない。
「あれくらいいいだろ。ネタバレではないし、ニッチではあるけど、公にされている情報であることには間違いない」
「言い訳がましいダニ〜。濡れアンパンなんか後ろ足で砂かけてやればいいダニ」
セリーヌが魚のしっぽのような足で砂をかける素ぶりをする。
「濡れアンパンて彼女のこと?」
「そうダニ。顔が濡れて力が出ない状態の某ヒーローに似てるダニ。そんな濡れアンパンに助言なんて、さては惚れたダニ?」
「ば、ばか、誰がだっ! 目つきといい、顔に入った入れ墨といい、完全にあっち系の人間だったぞ……」
しかし、見た目は置いておいて、彼女に惹かれるものがあったのは確かだ。彼女と話していると、まるで旧知の仲のように何でも話したくなってしまうし、助けたくなってしまう。
俺がペラペラとバレンタイン・オンラインの仕様を話してしまったのもそのせいだ。
そして、帰り際に向けられた笑顔。話している時は目つきが悪かったから、そのギャップでちょっとドキッとしてしまった。いや、ギャップ萌えとか別にないんだけどーー
そこで、セリーヌのジト目が向けられていることに気づいた。
「そ、それよりも、彼女、ここまで侵入したということは、孤龍とネクロスタシア守護兵団は倒されたってことか?」
ネクロスタシア攻略の正規ルートは、“不死の軍団“ネクロスタシア守護兵団を討ち、黄昏城の大鍵を入手の上で、ネクロスタシアに入都。
その後、無限回廊で手に入る“時を巻き戻す石タイムパンドライト“で1000年前のネクロスタシアにタイムスリップした上でピレイナ山脈へ入山。弱体化したアイソレートドラゴンを打ち、《龍の羅針盤》を入手(このタイミングで“ケロケロ亭の麦酒“のレシピも入手可能)。
現在に戻ってきたら黄昏城に潜入し、《龍の羅針盤》を用いてミニ無限回廊を抜け、時静の間へ侵入。時を司る魔王との対決、という流れを辿る。
ネクロスタシア守護兵団はまだしも、孤龍は弱体化なしには勝てない仕様のはず。それにもかかわらず勝ったということなのか。だとしたら、プレイヤーが俺の予想を超えて強くなりすぎてしまったのか。
「いや、ネクロスタシア守護兵団も、孤龍も健在ダニ」
「は? じゃあ彼女は何で《黄昏城の大鍵》も、《龍の羅針盤》も持っているんだ?」
「多分、NPCの裁量で、NPC自らアイテムを手放したんじゃないかと思うダニ」
「そんな設定したか? セリーヌの設定ミスじゃないのか?」
「そんなわけないダニ。NPCの裁量が広すぎることは半年前から警鐘を鳴らしていたダニ。耳を傾けなかったカイトが悪いダニ」
「ぐおおお、マジかあああ!」
「ちなみに、濡れアンパンは《アイソレートドラゴンの爪笛》と《しわあわせカエル》も持っていたダニ」
「はあああ!? ネクロスタシア界隈に設置したユニークアイテム、大半が持っていかれてるな……。後からネクロスタシア来るプレイヤーたち涙目だな……」
まったく世の中うまくいかないことだらけだ。
まだ魔王“ベルズ・コンカサント“のキャラメイクは終わってないし、以降のシナリオも未完成。突然背水の陣に立たされてしまった俺氏、涙ちょちょきれちゃうよ。
不幸中の幸いだったのは、彼女に攻略する意思がなかったことだ。俺は一応、職業:時を司る魔王でログインしていて、時間停止魔法というチートまがいの魔法が使えるが、ここまでたどり着くほどの力量があるプレイヤーに正面からやり合って勝てる自信はない。
ボスが簡単にやられてしまっては立つ背がないし、何よりこれ以上シナリオを進められるのはまずい。今回はなんとか引き下がってくれたが、この調子では油断はできない。彼女の攻略の絶対阻止。これが喫緊の俺の課題となりそうだ。
「それにしても、その格好は何ダニ? 流石に酷いダニ」
「え、そう? 悪くないと思ったんだけどなあ」
「カイトはセンスがないから自分で衣装を選ぶのは自重するダニ」
セリーヌがそういうと、俺の姿がポリゴン化し、再構築された。
頭には2本のツノが生えた鬼の姿。髪はグレーのオールバックで、片目鏡をかけたイケオジだった。燕尾の長いグレーのスーツ。首からは鎖で繋がれた懐中時計が下がっている。ちょっと時を司ってるっぽい。
「おお、サンキュー! それっぽく出来上がってるじゃんっ! ベルズ・コンカサントのキャラデザ、これで決定!」
「世界的にも一目置かれるタイトルのキャラデザがこんな風に決まってるなんて、口が裂けても言えないダニ……」
「時間がないんだからしょうがないじゃん!」
「時間がないのにこんなところで油を売ってていいダニか?」
「やばいな、そろそろシナリオ検討会議の時間だ。そ、それじゃあ俺は仕事に戻るから、また侵入者が来たらGMコールしてくれ」
「わかったダニ」
GMの仕事が落ち着いたら、彼女の酒場にも行ってみたいなあ。……なんて仕事が落ち着いたことなんて一度もないんだけどね。




