第2部6話 好き嫌い
私は駄洒落の営業方針を決定した。
営業時間: その日の気分
場所: 神出鬼没
売り上げ目標:なし
やる気あるの?とつっこまれそうだけど、私は至って真面目だ。営業時間を固定してしまったら営業時間中に北門を守備してるおっちゃんたちは来れないことになるし、場所を固定してしまえば屋台のどこにでも出店できるというメリットをつぶしてしまうことになる。
それに、売り上げ目標については、バレンタイン・オンラインでの相場がわかるまでは決められない――といろいろと理屈をこねてみたけど、要は『何にも縛られずに自由にやりたい』という、ただこのひと言に尽きる。
こんなめちゃくちゃな営業方針でもちゃーんとおっちゃんたちは来てくれるしね。ということで、今日は天気がいいのでアルヴィの噴水前でお店を開いてみた。
「見つけたぞい姐さん! 今日も飲みにきたんじゃ!」
早速ジンさんが4人の部下を連れてやってきた。ジンさんは私が店を開くと必ずといっていいほど現れる。どうやらネクロスタシア中に部下を放って網を張っているようだ。
最近知った事実なんだけど、ジンさんってネクロスタシア守護兵団の団長なんだって。団長が陽の高い真昼間から飲んだくれて、この国の防衛は大丈夫なのかと疑いたくなる。
「いらっしゃい。何にする?ってソルティ・オーシャンしかないけどね!」
私はそう言っていつものようにソルティ・オーシャンを振舞った。そこで奇妙なことに気づいた。
もうゾンビ豆を食べる必要はなくなったんだから、ゾンビ化してる兵士はいなはず。でも、ジンさんが連れてきた部下のひとりがゾンビ化したままだったのだ。よくよく見ると、彼だけはソルティ・オーシャンに口をつけていない。
「ソルティ・オーシャン飲まないの?」
「……」
彼は仏頂面のまま口を開かない。
「ティービーは変わりもんでな。気にせんでおいてくれ」
気にせんでおいてくれ、と言われてもカウンターに座ってそんな顔されたら気になるだろうが。私はお客の笑顔が見たいのだよ。
「キミ、ソルティ・オーシャン嫌いなの?」
すると、彼はコクンと頷いた。
「なーー姐さんの酒が飲めんというのか!? すまんな、姐さん。気を悪くせんでくれ」
「何言ってるの。人それぞれ好みがあるのは当然のことでしょ? ソルティ・オーシャンしかないうちのメニューがいけないんだよ」
すると、彼がここぞとばかりに口を開いた。
「……麦酒が飲みたい」
「麦酒かあ」
麦酒ってビールのことだよね。ビール、おいしいよね。キンキンに冷えたジョッキで飲むビールは、人生を謳歌するための燃料と言っても過言ではない。ああー、もう! 私も飲みたくなってきちゃったじゃん!
「1000年前はベルズ通りにうまい麦酒を出すケロケロ亭という酒場があってな。ティービーもその頃の味が忘れられんのだろう。爽やかな喉越しにフルーティーな味わいといったら天にも昇る気分じゃった。それがまたベルズ通りで飲める日を夢見てしまう――オホンッ! ティービーよ、姐さんを困らせるんじゃない!」
「いや、ジンさんも相当ビール飲みたがってるでしょ。自分のこと棚に上げて部下を叱るんじゃないよ」
うなだれるジンさん。そろそろメニューの開発が必要な頃合いだと思っていたし、やはり酒場にはビールは必須だ。
「ティービー、要望ありがとう。なんとかビールが作れないか模索してみることにするよっ!」
すると、ティービーの顔がぱっと晴れやかになり、何度も頷いた。あーあ、言っちゃった。彼ががっかりしないためにも、必ずビールを飲ませてやろうじゃないか。