第1部12話 クラン連合緊急会議(酒守視点)
舞葉郭はボクの所属するクラン“キヘンニハナ“のクランハウスで、遊戯都市和樂の中央付近に位置する。五重塔をモチーフにした和風建築で、突出して背が高いので、街のどこにいてもすぐに見つけられる。ボクが舞葉郭の最上階に出向くと既に顔馴染みのクランメンバーが勢揃いしていた。
そして、驚くことに、クラン“可笑しな反理想郷“とクラン“マタタビ流星群“のメンバーも見受けられる。
「全員揃いましたね。それでは最新の状況を共有したいと思います」
奥から現れたのは我らがキヘンニハナのリーダー“椛“だ。深紅の長髪に合わせた紅葉の刺繡入りの上品な着物姿。見た目や話し方はおしとやかそのものなのだが、戦闘となると最強の剣士に一変する。バレンタイン・オンラインでは誰しもが一目おく存在だ。
「先ほど、ワールドマップが更新され、無限回廊の終着地点に“黄昏都市ネクロスタシア“が現れました」
「「なーー!?」」
「誰かが、あの難攻不落の無限回廊を踏破したっていうのか!? 攻略のために結成された俺たちクラン連合が足踏みしてるっていうのによ!?」
「無限回廊の踏破は、クラン連合が編成した10組のパーティーですらなしえなかった。そんなことが、一般のプレイヤーにできてしまうとは……」
皆が絶句し、押し黙ってしまった。
「踏破を表明したクランは?」
ボクの問いに椛は首を振った。
「現時点では確認できていません。踏破の可能性があるのはクラン“シキゾフレニア“や“夜更けのパレード“くらいでしょうか」
「あいつらは承認欲求を濃縮還元したような奴らだろう。踏破したのなら、すぐに自ずとラッパでも吹き始めるだろうに」
「しかし、それ以外には有力なクランはない。新興クランの“シクハック・ロンリネス“がジャイアントキリングをかましたという筋は?」
「あいつら、昨日20層ある無限回廊の3層目でつまづいてたぜ? すぐに先へ進めたとは思えねえな」
またもや重い空気が立ちこめる。
「……ネクロスタシアまでの別ルートがあるのでは?」
ボクがそういうと、皆が一斉に振り向いた。可笑しな反理想郷のリーダーである”不貞腐れバウム”が苛立ちながら口を開いた。
「その議論はし尽くされている。確かにネクロスタシアはウルルカ海を渡った先にあり横断が出来そうに見える。しかし、それは大間違いだ。船で航行した場合、“大海の裂け目“と呼ばれる大渦に飲まれて100パーセント航行不能に陥る。また、アプサラス・コーストの噴水転移でウルルカ海へ潜水し、徒歩で向かうという手もあるが、潜水中は戦闘不可ということもあり、大量のシザーテイルシャークにより、無抵抗のまま蹂躙されてしまう。以前、防御主体のパーティーが大量の回復薬を保持した上で横断を検証したが、10分も持たなかった。以上のことから、我らが出した結論は、ウルルカ海を渡ってネクロスタシアへ行くことは不可能、だ。このため、無限回廊が唯一のルートだ」
不貞腐れバウムの述べたことは熟知している。なぜならこの検証を提案したのはボクだからだ。だからこそ、何か見落としがあったのではと疑ってしまう。不貞腐れバウムも見落としの可能性を薄々感じ取っている。だから苛立っているのだろう。
ーーそういえば、洒落もアプサラス・コーストの噴水転移で飛ばされた可能性があるのだった。この急展開と何か関係が? ……まさかな。
ボクは思わず自嘲した。
「ネクロスタシア開拓の先を越されたことよりも、大きな問題があります」
そう言ったのは椛だった。
「ネクロスタシアの開拓者ボーナスが奪われてしまいました。白物家電シリーズの3種の神器のうちのひとつが解禁されたとの噂です。クラン連合で確保できなかったのは、正直大きな痛手となります」
”開拓者ボーナスとは、新たな街を発見した際に、発見したプレイヤーに与えられるユニークスキルのことである。そして、スキル”白物家電シリーズ”、特に”三種の神器”と呼ばれるユニークスキルは、超強力な生産支援スキルだと言われている。
すでに、キヘンニハナが確保した”除菌に長けた洗濯機”は、一定時間アイテムのデバフ効果をノーリスクで取り除くことができる。ドーピング効果のあるアイテムの使用時にデメリットがなくなるという、チートまがいの能力を有する。
「今回の開拓者ボーナスを各クラン1名ずつへ付与、というのがクラン連合の結成条件だったはずニャ。結成条件もう一回見直すのも面倒にゃし、もう解散しちゃうかニャ?」
そう軽い口調で言ったのはマタタビ流星群のリーダー”ニャンダ”だった。
「開拓者ボーナスをなしにしても、無限回廊踏破で得られるアイテム”時を停止させる石タイム・パンドライト”はクラン連合を続ける理由に値するものではないでしょうか」
「そうかもしれないニャ~。でも、踏破で得られるタイム・パンドライトは1つ。所有権の割合を上げてもらわにゃいと割にあわないニャ~」
「おい、言わせておけば――」
取り巻きがそう叫んだのを椛が片手で制す。
「わかりました。タイム・パンドライトを手に入れたあかつきには、その所有権は、キヘンニハナ20%、可笑しな反理想郷40%、またたび流星群40%といたしましょう」
「なーー」
「にゃーんだ。さっすが椛姉さん、交渉もお手のものニャ。またたび流星群は異論なしニャ」
「可笑しの反理想郷としてもその案で問題ない」
「それでは、無限回廊の突破に向けて、今後もクラン連合を継続していきましょう。予定通り、明日アタックを仕掛けます。前回阻まれた16階層の対策を念入りにお願いします。それでは、これで解散といたします」




