第1部1話 店を閉めた女
お久しぶりです。居酒屋やってみたいな〜と思ったので、まずは小説の中で初めてみることにしました!
「う゛う゛う゛う゛う゛」
冬眠明けのクマのような唸り声をあげながら、布団から顔を出し、スマホを確認する。昼の12時近い。スマホのバックライトが消えると、そこに自らの顔が映った。
ひどい顔だった。不細工かどうかという話ではなく、目の下のクマがまるで紫のクレヨンで塗りつぶされたようになっている。顔はむくんでいて、まるで顔が濡れて力が出ないアンパ〇マンのようだ。
以前であれば、お店に出勤している時間帯だ。でも、もはやその必要もなくなった。
私”洒落こころ”が経営していた酒場”御洒落”は、一週間前に閉店した。だから今は無職、いわゆるニートというやつだ。
その事実を再認識したことで、ため息が漏れる。飲食店経営者がニートにジョブチェンジするのは至極簡単だ。お店を閉めるだけで、魔法のようにニートという肩書に塗り替わる。スキルも必要なければ、MPも消費しないお手頃魔法だ。
重い体を起こすと、目の前に山積みになった段ボール箱が現れ、私の前に立ちはだかった。昨夜届いた荷物だ。しかも7箱も。
昨夜は何をするのも億劫だった。今日こそ、正式に抗議をしよう。私は舌打ちをして送り主に電話をかけた。
「おい酒守、断りもなくひとのうちに大量の荷物をよこしてるのはどういう了見なの? いつからうちはあんたの倉庫になったのかな?」
「おお、それは失敬失敬。事前連絡を忘れていたようだ」
この、妙なしゃべり方をするのが、酒守という男だった。付け加えておくが、彼氏とかそういうのでは断じてない。ただの腐れ縁の成れの果てだ。
「さっさと引き取りに来なさいよ」
「ふははは、それはできない相談だ。何故ならボクは今、東南アジアを旅行中なのだよ。もう少し尊宅で保管願おう」
「旅行中にネットショッピングするあんたの頭は何本のネジが外れちゃってるのかな? 特大のネジをネットショッピングしてあんたの家に送り付けてやるからね。着払いで」
「おいおい、先輩に向かって酷い仕打ちじゃないか? 後輩たるもの先輩の願いを聞き入れる耳を持ちたまえ」
「はあ? あんた、私より年下でしょ? いつから先輩になったのよ?」
「洒落店員、キミはニートになったのだろう? それならば、ボクが”ニート”の先輩であるというのはまぎれもない事実だ」
「いや、何、ニートの先輩って? ニートに先輩も後輩もあったもんじゃないでしょ」
「ニート歴の浅い洒落店員は知らないのだね。ニート界隈には上下関係というものが確かに存在するのだよ」
「ニート界隈の諸事情なんて知るか、ボケ。何年もニートしてるやつが威張るな」
「まあまあ。お祝いと言っては何だが、晴れてニートを襲名した洒落店員に、贈答品があるのだよ。ブルーの箱を開けてみたまえ」
「つまらないものだったら、この段ボール全部開封して、きれいに分別して、ゴミ出ししてやるからね。ちなみに明日は紙ゴミの日だから、本と雑誌は明日までの命よ」
「ははっ、それはおっかないね!」
私はイラつきながらも青い箱をたぐりよせ、乱暴に開けてみる。すると、中からヘルメットのようなものが出てきた。
「……原付なんて持ってないんだけど?」
「洒落店員はあいかわらず面白い冗談を言うなあ。これは充実したニート生活を送るための必須アイテム”ヘッドギア”だよ。ボクと一緒にVRゲーム”バレンタイン・オンライン”の世界に繰り出そうじゃないか?」
「はあ!? VRゲーム!? なんで私が、しかもあんたと!?」
「気分転換に旅行でも誘いたいところだけれども、店を潰して金欠だろう。せめてVR空間で冒険でもすれば気もまぎれると思ってね」
「いや、大きなお世話よ!」
「あ、すまない。ボクはこれから観光名所のハンマーライオンを見に行く予定でね。13時に”アプサラス・コースト”でおち会おうじゃないか。それでは失敬っ!」
「あ、こら待て。勝手に決めるな――」
そこで電話が切れてしまった。私は再び、盛大に舌打ちした。
VRゲーム”バレンタイン・オンライン”は私でもニュースで耳にしたことはあった。最新のVR技術で人間の五感すべてを忠実に再現。その利用者数は100万人を超える化け物のようなゲームだという。
「あいつ、許さんっ! 本当の上下関係というものを体に叩き込んでやる……!」
私は酒守への仕返しといういびつな目的のために、バレンタイン・オンラインへ足を踏み入れることになったのだった。