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第6話 提灯行列


 歳を重ねるたびに、何かをくす。


 落ち着いた、大人になった、そういう言葉の陰で、あかるさと快活さがこぼれ落ちていく。走ることを忘れた大人は、その不幸に気付きもしない。


 出会ったころの怜子は、明るさそのものだった。太陽のような光は、しかし、すこしずつ憂いを帯び、かげを含んで、そのぶん美しさをまとった月のような光へと変化していった。


 成長には、どこか哀しい響きがある。


 もう幼いとは言い難い年齢になり、庭を駆けまわるようなことも少しずつなくなっていった。僕らは少年になり、少女になった。はっきりとは分からない感情が芽生え、互いに何かを意識していた。ただ、それは触れなくてもいいもの、触れてはならないもののように思えて。どこまでいっても屑屋くずや餓鬼がきでしかない僕は、そのことに触れたくはなかった。


 親の言いつけや家の決まりが絶対だった頃を通り過ぎて、子どもは疑問をもつことで大人になっていく。


 なぜ、外へ出ては駄目なのか。


 一度、怜子に聞いてみたことがある。まだ幼いころは、御屋敷の人はそんなものと思いもし、ご令嬢やら華族やら、外のけがれた世界とは合わないのだろうと疑問に思うことすらなかった。


 僕の問いかけに、怜子は不機嫌そうに黙りこみ、下を向いたまま、しばらく何も答えなかった。やがて、絞りだすように一言、


 むしがいるからよ。


と、つぶやいた。蟲って? と、重ねて問いかけたい気持ちを無理やり抑えつける。


 怜子の表情は見えなかったけれど、そのつらそうな声には、そうさせるだけのものがあった。それを読みとれるほどには僕も成長していたのだろうか。ところが、一方で、まだすべてを呑みこめるほどの歳ではなかった。

 若さというものは、ときに、無謀、無思慮、無遠慮ながら、道もわからぬまま突き進む力を有しているもので、あの活発な怜子のどこか怯えたような姿が悲しく、腹立たしく、許せない、いや、やるせない気持ちで、


 そんなの関係ない。外へ行こう。


と誘っていた。なにも知らぬくせに。


 怜子は気乗りしない様子で、散々しぶっていたものの、最後には折れて、屋敷の外へ出ることを約束した。人目が多い昼間をさけて、冬の長夜ちょうやに怜子を迎えにいった。


 しばれるような、とでも言いたい寒さは、純粋に外気によるものだったのかどうか。思い返してみると、怜子が屋敷の裏口をあけるやいなや、冷気が襲ってきたような気もする。


 とはいえ、その容易なことは拍子抜けするほどで、外へ出るに、なんの妨げもなかった。あるいは、それまでずっと、怜子が勝手に外へ出ることなど無かったからかもしれない。


 そこで、はたと困ったのは、外へ出てどこへ行くかだった。外へ出ることが目的で、その後、どうするか。そんなことは、まるで頭になかったわけだ。


 さて、愚かな小僧は考えた。


 なにか綺麗なものを見せてやりたい。そこへ思い浮かんだのは狐火のような提灯行列よ。堤の上から坂をくだって門を抜けていく人々、それはまるで流れる川のよう。


 すこし離れた堤から見おろす花街は、澄んだ夜気やきの向こうで、きらきらと漁火いさりのように輝いていた。


 ただ、届くのは華やかな光だけ。


 と、体に滲み入る寒さに耐えがたくなってきたころ、遠く、火事でもないのに、かんかんと半鐘の音が響いてきた。

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