第39話 おまいり
砂利を踏む音、蝉の声、涼しい風、へこんだバケツ、壊れかけた蛇口から勢いよく落ちる水、からからと回る柄杓、ちゃぷちゃぷと揺れる水。わずかにあふれた水滴が、ぽつぽつと跡を残すけれど、いつのまにか乾いて消えてしまう。何も無かったかのように。
花の香りがする。
きみの前に杜鵑草の花を添え、夏の暑さを和らげるために水をかける。冷たい石塔は、心なしか涼しげだ。ここはきみが好きな場所、好きだった場所だ。気に入ってくれているといいな。ここに、きみはいないとしても。
では、行くとしよう。
人は過去を清算しなければならない。あの世で、きみに会う前に。
……おまいりは済んだようだね。もう、いいのかい。
……ああ、兄さん。そうですね。もう、いいと言えばいいし、よくないと言えばよくない。死にたいかと問われれば死にたくもなし。生きたいかと問われれば生きたくもなし。もう少しで三馬鹿として生きていけそうだったけれど、巻き込むわけにいかぬゆえ、一人、あらがうことにしようかと。
……己で選んだ道ならば止めはしないさ。
……この十年、あの子のおかげで生き延びたけれど、体に取り込んだ蟲たちがいくらかは残り、少しずつ肥え太ってきたらしい。
もしかしたら、はやく会いたいと残しておいてくれたのかもしれませんね。いやぁ、もてる男はつらい。それか、はやく会いたいのは僕の方なのか。医者が自分の不治の病を知るのは、こんな気分なのかな。兄さんには、最後まで迷惑をかけます。
……構わんさ。おまえの呪い、私が喰って浄化してやろう。
……ふふ、胃もたれするかもしれませんよ。
……ではな。
……ええ、会えるのを楽しみにしています。
……ああ、そのうちにな。




