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第33話 墓あらし


 明日は満月というその前の晩。


 明石と二人で、せっせと土を掘っていた。一心不乱に穴を掘るという行為は、どこか後ろぐらい愉悦を感じさせる。


 死と生と、穴と子宮と。


 単純作業のくりかえしのなか、はやく土に還りたい、そう感じる瞬間がないとは言えない。僕たちは、本当は早くねむりたい。


 くらい思いを、カツンという音が遮った。


 棺桶を眺めながら、明石が汗を拭う。


「やれやれ、すっかり泥まみれだ。光雄、覚悟はいいな。人は弱いもの。必ず、心に穴がある。蟲どもは、媚びへつらう振りをして、知らぬ間に入りこんでくる。やがて、宿主も気付かぬうちに心の臓を食い破るだろう。だからこそ、常に己の心を見据えねばならぬ」


 うなずきを返して、表面を覆う土を落とし、棺桶を開いた。


「みなさい、遺体がない」


 と明石がいうのは、怜子の遺体のことだ。せっせ、せっせと掘っていたのは怜子の墓であり、冥婚後、ここに葬られたはずだった。


「妙な期待をするなよ」


 ほんの少し抱いた思いを見透かしたかのように明石に釘をさされた。


「生き返ったわけじゃない。外法により使役されておるだけさ。傀儡くぐつの技に踊らされる人形のように、いぬどものように、舞を舞う鬼のように。姿かたちが怜子嬢のようであっても怜子嬢ではない。女当主の意のままに踊る抜け殻でしかないことを忘れるな」


「わかってますよ」


 応じる自分の言葉に信をおけない。死別した新妻に会えるなら、会えるならば、それがたとえ死体であっても。


 自分がどんな表情をしていたのか、どんな感情でいたのかもわからない。


 そんな自分を不信の目でみていたのかもしれないが、明石から明晩の手筈について話があった。屋敷では番犬を飼っているのだという。赤、黒、白、橙、緑、青、鳥、熊、蛙、蛇、鼬、蝶。それぞれの文字に沿う仮面を被った連中だ。称していぬ


「これら人ならざる者たちは、もともと呪いを受けていた者だけでなく、無理やり蟲を喰わせて変化させた者も多いと聞く。人と蟲が溶けあった者たちよ。小夜が抑えるはずだが、数も多いからね、いくらかは逃すだろう」


 そこまで言って僕の方をじろじろ見ると、はぁ、と溜め息をついた。


「あまり荒事は得意ではなさそうだね」


「それはちょっと失礼では?」


「じゃあ得意なのかい」


「いえ、不得手です」


「ほらみろ。まあ、わかっていたことではあるがね。いいか、前も言ったとおり、いぬは小夜が、火伏せりは私が抑える。きみは、鬼を抑えてくれ」


「鬼ですか」


「ああ、鬼さ。舞を舞う死者をこそ鬼という。女当主と怜子と。そして、怜子と呼べば討てぬだろう。仮面を被らせるのは、いつも残された者たちだ。鬼と呼び、鬼を討て。酷な話といえば酷な話だろう。けれど、あの子に引導を渡すことができるのは、きみしかいない」


「やりますよ。気持ちは変わりません」


「いいだろう。では、黄泉同行にならぶ秘術を伝えよう。その名を使狗使神しくししんの法といい、外法の極みではあるが、手っ取り早く力を得るにはこれ以上のものもない。蟲喰いの儀を基として、そのことわりを外れたところに生まれた。あえて蟲を浄化せず、自らに憑かせることでその力を奪い取って行使する。失敗すれば、己自身が化物として使役されることにもなろうか」


 話しながら懐を探り、明石が小さな竹筒を取りだした。ちゃぷちゃぷと水の音がする。


「ここには半ば浄化された蟲を封じてある。うまく行けば、獣じみた力と俊敏さ、何物をも引き裂く爪を得ることができるだろう。月夜にこそ真価を発揮する類いのものが入っている。本当は使いたくない。そうだからこそ、私の手元に残ってもいるのだが」


 小夜には内緒だぞ、と、孫に小遣いを渡す好々爺のような表情で竹筒を手渡された。


 しかし、清純な色合いと水の音でさえ、その竹筒の不吉さあるいは惨めさを隠すことはできず、それは、満月に近い月の光に濡れて、不満げに、手のひらで震えていた。


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