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第28話 屍人


 みき様が半死半焼の姿で救い出された後、僕もそうだが、明石も相当後悔したときく。もっと早く動いていれば、また、たとえ道を誤るとしても花札などで決めるべきではなかったと。


 しかし、事実はそのように選び取られ、そのように刻まれた。


 燃えた刻み煙草が煙となって元に戻ることのないように、僕たちの選択も煙となって霧散していく。後手に回った事実は事実として動かしがたく、その後の流れも思わしくないものとなっていった。あのときイカサマをしてでも勝ちに行っていれば、あるいは、きみも死なずに済んだのだろうか。


 話は少し前後するけれど、みき様が炎にまかれた夜が来るまでに、何度か、怜子が体調をくずすことがあった。


 その都度、心配して駆けつけたが、夏風邪か何かだと思いたかった。

 しかし、蟲喰いの儀が負担となり、寿命を縮めているに違いなく。一族の使命だとか、世に降りかかる災難だとか、そんなことは知ったことじゃない。そう思って、何度、怜子をさらって逃げようと考えたことか。

 後年、酒を酌み交わしながら明石から聞いた話では、いっその事、そうさせてやろうとの気持ちもあったという。しかし、と、酒を流し込みながら、



 ……しかし、結局のところ、そうはさせなかった。おもえば、子どものころからずっと後悔ばかりだ。良いと思う選択を重ねても良い結果がでるとは限らない。ままならぬものよ。


 胡蝶を飛ばし、女当主の意図を推し量り、こうであろう、こうはなるまいとさかしらに見抜いていたつもりで何も見抜いていなかった。

 もちろん、すべてが見当違いだったわけではなく、火伏せりとの交合を怜子にさせるつもりだったのは確かだろう。それが一族の使命によるものか、そうでないかは別として、怜子はまだ必要であり、それまで殺されることもあるまいと踏んでいた。

 それは確かにそのとおりで、 怜子が死んだのは、自らの術によるものであったよ。


 もしかしたら、師匠には予感があったのかもしれん。ああ、黄泉同行の秘術だ。人を呪わば穴二つ、それを逆手に取ったもの。自分の死と引き換えに、呪う相手方を確実に黄泉路へひきずりこむ。まさか怜子に使えるとも、まさか怜子が使うとも思わなかった。

 私の読みが甘かった。きっと、きみのために使ったのだろうな。人の道を外れた女当主のもとで、自分が死ぬ前に、好きな男を守りたかったのさ。


 女当主とともに暮らし、同じく蟲喰いをしてきた怜子には分かっていたのかもしれない。蟲喰いの儀をくりかえすほどに、少しずつ自分というものが何か別の物に入れ替わっていくことが。私たちは、日々、食べるものでできている。それは肉体も精神も同じだ。

 いまとなっては本当のところはわからぬし、わかりたくもないが、女当主は蟲を喰うことで蟲に喰われ、やがて取って代わられてしまっていたのではないか。


 蟲とは人の想いであると、師匠からそう聞いているだろう。


 というのも確かなものではなく、あの眼をみていると、いわゆる亡霊のようなものではないか、何も考えていないようで考えている人格の欠片かけらのようなものがあるのではないか、そんなことを思わされもする。

 それらが寄り集まって、この世に抱く恨みつらみを晴らすべく、再び、世に出ようと、生を得ようとしないとは言えない。受肉といい、孵化という。どう表現するかは知らず、 女当主の体、怜子が喰ってきた蟲たち、吉原の穢れを溜めこんだ火伏せり、三位一体となって現れ出ようとしていたのに違いない。そうなれば、いわば九尾の狐の如き災いをはらんだであろう。

 それを防ぐために、もっとも確実で効果的な術が黄泉同行であった。すなわち怜子自身の命を使って、女当主の命を絶つことによって。


 だが、残念ながら術は効かなかった。


 いや、効いたが、意味を為さなかった。なぜなら、そのころには、女当主はこの世のものではなかったからだ。そう、あれは、屍人しびとだった。

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