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第9話 ヒカリが……!

 午前の授業が終わり、昼休みになった。カバンから弁当を取り出す。学校での昼食は夏乃が毎日作ってくれている。おかずのほとんどが手作りな上、見た目も色鮮やかで食欲をそそる。栄養バランスもちゃんと考えられていて、非の打ちどころのない弁当と言えるが……。

 でも、これは……


「なんで、ハート型……」


 ありとあらゆるおかずがハート型をしていた。卵焼き、ウインナー、ミニトマト……。それらはまだ分かるが、中にはどうやってハート型にしたのか、その工程が全く想像もつかないハート型の唐揚げ、ブロッコリーなどがあった。


「凝りすぎだろ……どうやって作ってんだ……」


『今日の愛妹あいまい弁当はいつも以上に力作だよ! あたしの愛、たくさん感じてね♡』


 朝、そう息巻いていたのを思い出す。まさかこんな恥ずかしい弁当だとは思わなかった。

 誰かに見られる心配はないだろうが、念のため隠しながらさっさと食べてしまおう。


 …

 ……

 ………


 ハートにまみれた愛妹弁当を食べ終わったころ、瑠璃からチャットアプリのメッセージが届いた。


『ちょっと体調が悪くなったから、早退するね。今日は一緒に帰れない』


 体調が悪い……。朝は元気そうに見えたが、昨日の夜、寒空の下にいた影響が今になって出てきたのかもしれない。


『分かった。お大事に。学校が終わったらお見舞いに行くよ』

『たいしたことないから、大丈夫だよ』

『優大さんとサラさん、今日も遅いんだろ? 遠慮なんかするなって』

『うん、じゃあお願いするね。でも、外に出たがらない春が、そんなこと言うなんてね。ちょっとうれしい』


 確かに、なるべく外には出たくないのだが、この場合は話が別だ。友達が体調を崩したのに、それを放っておくほど薄情じゃない。瑠璃の両親は忙しくて帰りが遅いからなおさらだ。

 でも、それを伝えるのは気恥ずかしいのでスタンプを送るだけにしておいた。黒猫の横に『お大事に』と書かれているスタンプだ。

 『ありがとう』と同じ種類のスタンプが帰ってきて、チャットはそこで終了した。


「ただの風邪だといいが……」


 瑠璃が体調を崩すことなんてほとんどなかったから、心配だ。


 …

 ……

 ………


 放課を告げるチャイムが鳴るやいなや、席を立つ。

 今日の朝、夏乃は学校の用事で遅くなると言っていたので、家には誰もいない。まずは家に帰ってヒカリの様子を見てから、瑠璃のところに行こう。

 1人で帰るのはいつ以来だろう? とか瑠璃のお見舞いには何を持っていこう? などと、そんなことを考えながら、自宅に辿り着いた。


 夏乃は帰ってないから、扉には鍵がかかっている。ポケットから鍵を取り出し、扉を開く。

 

 すると、そこには………





 ――――――見知らぬ女の子が座っていた。





「……………………え?」


 なんで、玄関に、知らない女の子? え? え??


「あ! ハル! おかえ……」

「すっ、すみませんっ! 間違えました!!」


 バタンッと慌てて扉を閉めた。

 急いでいたせいか家を間違えてしまった……。


「……って、いやいやいや」


 そんなわけない。さっき鍵も使ったし、今改めて見ても、建物の外観は間違いなく見慣れた我が家だ。

 ……もう一度確認してみよう。今度は扉を少しだけ開けて、覗き込むように中の様子を窺ってみると……


 ―――やはり、いる。


 つやつやとした綺麗なセミロングの黒髪に、大きな黄色の瞳。見た目は10歳くらいの小さな女の子が確かに、玄関にぺたんと座っている。


「頭に何か……耳?」


 その女の子をじっと観察していると、頭に黒い猫の耳のようなものがついているのが分かった。


「それに……あれは、しっぽ?」


 そして、女の子の小さなお尻からは真っ黒な、しっぽのようなものが飛び出していた。

 耳としっぽ……。作り物にしてはやけにリアルだ。それにさっきから耳がぴょこぴょこ、しっぽがゆらゆらと動いている。もしかして、本物か? ……いやいや、そもそも本物って何だ? そんなもの存在するはずがない。これは幻視だ。きっと俺は疲れているんだ。


 扉を開けよう。そして……


「見なかったことにしよう」


 疲れによる幻視なんだから、ちゃんと休んだら消えて……


「なんで!? ひどいよ! ハル!」

「うわっ!!」


 この子……しゃべるぞ!? 幻視じゃなかった!


「……ん? というか、なんで俺の名前を……?」

「なんでって……あっ、そっか! 今はこんな姿だから分からなかったんだね! ボクはヒカリだよ! ほら、分かるでしょ? これこれ」


 ヒカリと名乗った小さな女の子は耳をぴくぴく、しっぽをふりふりしながら問いかけてくる。


「……君、ヒカリなのか?」

「うん! そうだよ、ハル!」


 ニッコリと笑って、俺の言葉に肯定する小さな女の子。


「確かにその耳としっぽ、ヒカリのにそっくりだ。それに瞳の色も、ヒカリと同じできれいな黄色だな。なるほど、君はヒカリだったのか……って! そんなわけあるか!」


 混乱するあまり、思わず乗りツッコミというやつをしてしまった。


「にゃあ!?  うぅぅ! どうして信じてくれないの!?」


 小さな女の子は、ぷくっと頬を膨らませながら怒っている。


「なあ、君。どうしてこんなところにいるんだ? ここは人の家で、勝手に入ったらいけないんだぞ?」


 目線を合わせ、なるべく優しい口調を意識して問いかける。


「もぉ! ボクはヒ・カ・リ! ハルに飼われてるからここにいるの!」

「君も強情だなぁ……。自分のお家、どこか分かるかい? 連れて行ってあげるよ」


 無理やり追い出すのも、警察に連れて行くのも気が引ける。この子を家まで送り届けて、なるべく穏便に済ませてあげたい。


「もぉ~! だから、ボクのお家はココなの! ハル! どうしたら信じてくれるの!?」


 この、猫のコスプレ?をした女の子は、どうあっても自分がヒカリだと言い張るらしい。


「うーむ」


 ……今一度、冷静になって考えてみよう。


 朝、家を出るときはこの子はいなかったはずだ。鍵もかけたので、その後に家の中に入ることはできないはず……それなのに、この子は俺が帰ったときにはすでに中にいた。

 そして初対面のはずなのに、俺の名前も、ヒカリのことも知っている……。極め付けにはやけにリアルな、動く耳としっぽ……。


 あれ? この女の子、本当にヒカリなのでは……?


 ……いや、まだだ。まだ認めるわけにはいかない。猫が女の子になるなんて、そんなファンタジーな出来事、簡単に信じていいはずがない。


「ちょっとその耳としっぽ、触ってみてもいいか?」

「うん! いいよ! いっぱい撫でて♪」


 女の子は立ち上がり、俺のそばまで寄ってくる。そして、触りやすいように頭を差し出してくる。

 俺は女の子の頭にある、やけにリアルな猫耳を触ってみる。


「……うわ、あたたかい」


 しっかりと体温を感じ、外から付けたようなものではないことが分かる。生え際を

確認すると、頭からしっかり生えているのも分かった。


「ふわふわで、柔らかい」


 ……こうして触ってみると分かるが、これ、かなり気持ちいい。

 俺はつい楽しくなって、耳をぐりぐりと撫で回す。


「ハ、ハル……っ! キミに撫でられるのは大好きだけど、ちょっとくすぐったいよぅ」

「ああ、すまんすまん」


 だめだ、つい夢中になってしまった。次は……


「しっぽ、触るぞ」

「うん♪ はい、どうぞ♪」


 女の子はニコニコとした顔で俺を見上げながら、垂れ下がっていたしっぽを器用に動かし、前に持ってくる。


「おお、すごいな。自由に動かせるのか」


 目の前でゆらゆらと揺れるしっぽを掴んでみる。こっちもあたたかいし、毛がふわふわで、さわり心地は最高だ。


「付け根はどうなってるんだ……?」


 しっぽの先から根元のほうへ視線を向けていくと、ズボンの中からしっぽが出ているのが分かった。

 ……さすがにこの中を確認することはできない。付け根がどうなってるのか気になるが、相手は小さな女の子だ。もう十分に分かったから、この辺にしておこう。


「ねえ、ハル。ボクがヒカリだって信じてくれた?」

「いや、まだだ」

「えぇっ!? なんでー!」

「本物の……本物という言い方が正しいのかどうか分からないが……とにかく、猫のヒカリがこの家のどこかにいるはずだから探してみる。もし猫のヒカリがいなかったら、君の言うことをとりあえず信じてみよう」


 猫が人になるなんてファンタジー、ありえない。目的も方法も分からなかったが、これはきっと、この女の子のいたずらなんだ。


「ボクがヒカリなんだから探すだけ無駄なんだけど、それでハルが信じてくれるなら……」


 …

 ……

 ………


 ヒカリが普段いるリビングから、キッチンやダイニング、俺や夏乃、大樹さんの部屋、風呂場やトイレまで……家中をひっくり返す勢いでありとあらゆる場所を探したが、見つけることはできなかった。


「いない……。まさか、本当に君がヒカリだっていうのか……?」

「だから、最初からそう言ってるでしょ? 信じてくれた?」

「……ああ、とりあえず信じるよ」

「ほんと? わーい! やっと信じてくれた!」

「あ、でも最後にもう一度、耳を確認していいか?」

「耳? うん! いいよ♪」


 やっぱり、この耳は人工的なものではない。信じるしか、ないのか……。


「にゃふふぅ。ハルに撫でられるの、やっぱり好きー。気持ちいいし、嬉しいよ!」

「……ただいまー! あっ、お兄ちゃん何し……ええぇぇぇぇぇぇっ!! 何、その子!?」


 ヒカリの頭を撫で回していると、夏乃が帰ってきた。

 ……まずい。何も知らない夏乃から見たらこの状況、完全に……


「ち、ちがっ……」

「いやああああああ!! お兄ちゃんが小学生の女の子を誘拐して監禁してる!!!」

「おい!? ふざけるな! 俺がそんなことするか!」

「ずるい! あたしもお兄ちゃんに監禁されたいのに!」

「何言ってやがる! ちょっと落ち着……」

「……夏乃ちゃん、落ち着いて。春の説明を聞こう?」


 ツッコミを入れようとしたが、夏乃の後ろから聞こえてくる声に遮られた。


「……あれ、瑠璃? なんで瑠璃がいるんだ? 体調が悪かったんじゃないのか?」


 今日は体調不良で学校を早退したはず……。


「体調はもう大丈夫。元気だよ。さっき下校中の夏乃ちゃんに偶然会って、ついてきたんだよ」

「お、おう、そうか。元気ならいいんだが……って、それより聞いてくれ! ヒカリが女の子になってしまったんだ!」

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