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第83話 ハッピーナイトメアシンドローム


 ――――――――夢の世界から、現実へと戻ってくる。


 私がお家を出た後、ヒカリちゃんはうまく春を説得出来たみたいだった。後から来た、何も知らないフリをした私がヒカリちゃんを軽くフォローして、春にヒカリちゃんが人間になったことを、とりあえずは受け入れてもらえた。


 あとは、現実で私がお父さんを説得して、これからも継続して夢の中に入れるように……


「瑠璃」

「あ、お父さん……」

「おはよう。ぐっすり眠ってたね。もう朝の7時だよ」


 ……朝の7時? 確かに、窓の外が明るい。ということは、約7時間もの間、ここで眠って夢を見ていたんだ。


「……さて。どうしてこんなことをしたのか、話してもらうよ」


 お父さんは隣に椅子を用意して座り、私の顔を真剣な表情で見つめながらそう言った。

 深夜に春の病室に忍び込んだことを、お父さんはとがめるつもりなんだろう。


「ごめん、お父さん。どうしても知りたかったことがあって……」

「知りたかったこと?」


 昨日の私は、すぐにでも夢の中のヒカリちゃんに会いたくて、深夜にも関わらず病院を訪れた。

 春は夢を見ていて、目を覚ますためのヒントが夢の中にあって、それを確かめるために春の夢の中に入って……などと説明して、お父さんはなんて思うだろう?


「ねぇ、お父さん。今から私が言うこと、信じてくれる?」

「もちろん信じるよ」


 お父さんは、間髪入れずにそう答えた。


「本当に? あまりにも現実離れした話だし、いくらお父さんでも、信じてくれるかどうか……」

「どんな話であっても、瑠璃の言うことなら信じるさ」


 私の目を真っ直ぐに見据えて言う。


「でも……でもっ。本当に、あり得ないような話で……。私だって、このことを他の人から聞いたとしたら、絶対に信じられないと思うから……」

「瑠璃はお父さんの、大事な大事な娘だ。信じる理由なんて、たったそれだけで十分なんだよ。だから、何でも話してみなさい」

「お父さん……」


 ……そうだったね。お父さんはいつでも、私のことを信じてくれた。


 昔、お父さんにウソをついたことがあって、その時のお父さんも、少しも疑うことなく信じてくれた。私はそんなお父さんを見ると心が痛くなって、ウソをついたことを泣きながら謝った。お父さんはウソをついたことを咎めたりせずに、ただ優しく私を抱きしめてくれた。


 お父さんはいつだって私の味方で、いつだって私のことを信じてくれていた。

 だから私も、お父さんのことを信じないといけない……ううん、信じたい。

 さっき夢の中であったこと、その全てを、お父さんに話してみよう。


「私が知りたかったことは、春が目を覚ます方法だよ」

「……どういう意味だい? 瑠璃がそれを知りたいのは分かってる。お父さんだって……。でも、どうしてそれが、深夜に病室にやって来るなんて非常識な行動に繋がるんだ?」

「私が昨日ここにきて起きたこと、春が眠り続けるようになってから起きた不思議なこと……ありのまま全部、話すよ」


 まだ私自身、整理が出来ていない話だけど、ひとつひとつ思い返しながら語る。


「おととい……初めての面会の時から、私はここで夢を見るようになったの。最初は自分の夢だと思ってたんだけど、だんだんと、そうじゃないって思うようになって……。私は今、その夢が春の見ている夢で、私も春と同じ夢を見たんだって考えてる」

「……まず、春くんが見ている夢だって思った理由を聞かせて欲しい」


お父さんはいぶかしむような、困惑したような表情を浮かべ私に問いかける。


「その夢の中に、春の大切なあの子が出てきたから……」

「あの子って?」

「小学生の頃、春がお世話をしていた捨て猫のことだよ。ヒカリちゃんっていう黒い子猫なんだけど、私はあの子のことをよく知らないから、私の夢に出てくるなんて考えにくいんだ。それで、ヒカリちゃんが出てきたのは春が見ている夢だから、って思うようになったの。もう亡くなってるけど、春は今でもヒカリちゃんのことを大切に想ってるはずだから……」

「……分かった。じゃあ、春くんの見ている夢を、瑠璃も一緒に見ていると思ったのは? 夢を共有しているなんていう結論に思い至れたのは、なぜなのかな?」

「その夢は、家で眠った時には見ることが出来なかったから。きっと、共有するには近くにいないといけないんだと思う。それに他にも、あの夢は普通の夢とは違うところがたくさんあった」

「どういう違いが? 瑠璃と春くんはどんな夢を見たのか、詳しく教えてくれるかい?」

「私は春のそばで目を閉じると、急に眠くなって、すぐに意識が夢へと切り替わるんだ。そして、夢の中で目を覚まそうって考えたら、すぐに起きることが出来て……。こんな不思議なこと、今まで一度もなかった。夢の内容は……」


 私はここで今までに見た夢のことを、順を追って丁寧に話した。夢を見ていると自覚があることや、夢は不気味なほどにリアルで、ほとんど現実と変わらないことなども話した。


「それで、さっき見た夢の話だけど……。そのヒカリちゃんっていう子猫に、私と同じように意識があることが分かったんだ」

「……意識が? でも、そんなこと……」

「私も最初はありえないって思ったよ。だけどね、ヒカリちゃんと話せば話すほど……ヒカリちゃんの春への想いに触れれば触れるほど、どんなにありえないような話でも、ただの創られた存在じゃないって思うしかなくなった。ヒカリちゃんは、誰よりも強い意志を持ってあの夢の中にいるってことを、私はさっき、痛いほどに分かってしまって……あ、いや、お父さんはそれじゃあ納得しないよね……」


 私は、夢の中でヒカリちゃんが語ったことを思い返す。ヒカリちゃんは亡くなってからずっと、春の守護霊のような存在として見守ってきたこと、その繋がりがあったからこそ、夢の中に意識を持って現れることが出来たことを、お父さんに話した。


「素敵なお話だね」

「信じてくれるの?」

「さっき言った通りだよ。瑠璃の真剣な話を、疑ったりなんてしないさ」

「……うん。じゃあ、続けるね。ヒカリちゃんは春のことをよく知ってるみたいだったから、夢について色々教えてもらって……。夢を共有していると確信できたのも、ヒカリちゃんの話を聞いてからなんだ。……ヒカリちゃんが言うには、春が目を覚まさないのは夢を見続けているからなの。夏乃ちゃんが亡くなったというつらい現実から目を逸らすために、春は夏乃ちゃんが生きている夢の世界を創り上げて、そこに閉じこもるように眠り続けている。夢の世界は現実とほとんど変わらなくて、ただただ平和で幸せな日常があるだけ……。それはもう現実では絶対に手に入らないものだと思ってるから、春は目を覚まさない。あの夢は、春が創り出した“幸せな夢”なんだよ……」

「幸せな夢? まさかとは思っていたが、()()()()()なのか……?」


 お父さんは、片手で頭を抱えるような仕草を見せて、疑うように呟いた。


「やはりって? 何か思い当たることがあるの?」

「ああ。実はお父さんも、検査の結果から春くんが夢を見続けていることには気付いていたんだ。眠り続ける春くんの脳波を解析すると、通常ではあり得ない不可解なものだったんだ。脳波の他にも脈拍や血圧、眼球運動などから分かったのは、春くんがレム睡眠をずっと続けているということ……」


 ……レム睡眠? なんとなく聞き覚えがある言葉だった。確か睡眠には2種類あって、片方がそんな名前だった気がする。


「通常、睡眠中は一定の周期でレム睡眠とノンレム睡眠繰り返しているが、今の春くんの場合、ノンレム睡眠の状態が()()()()()()んだ。レム睡眠が占める割合は2~3割が正常なのに、検査した限り、全てがレム睡眠だった」

「レム睡眠とノンレム睡眠は何が違うの?」

「分かりやすく言えば、脳が働いているのがレム睡眠で、休んでいるのがノンレム睡眠だよ。そして、レム睡眠の時の大きな特徴は、“夢を見る”ということ。つまり、レム睡眠を続けている春くんは、夢を見続けている可能性が高いんだ」

「夢を見続ける……。ヒカリちゃんが言ってたことと一緒だ……」

「体に異常がないまま眠り続ける、春くんの現在の状態について、過去に同じような症例がないか調べたんだ。すると、いくつかの症例報告と論文が見つかった。それを見た時は眉唾な話だと思っていたが、瑠璃が聞かせてくれた話と“幸せな夢”という言葉で確信したよ」

「症例報告にはどんなことが書いてあったの? その人たちはちゃんと目を覚ましたの?」

「……2割が目を覚まして、残りは今も眠り続けているみたいだ。その2割の中で最短が2ヶ月ほど、最長で4年という記録もあった」

「たった2割……。それに、そんなに眠り続けるなんて……っ。まさか春は、その人たちと同じ病気なの?」

「……おそらくは。それで、目を覚ました2割の患者は、口を揃えてこう言ったらしい」



 ――――()()()()()()()()()、と。



 そう、お父さんは神妙な顔つきで言った。


「なりたい自分になれる夢、ファンタジーの世界のような夢……幸せな夢の内容は、人それぞれだった。そして、目を覚ました患者の全員が、眠り始める前に耐えがたい苦痛を味わったという記録がある。目を覚ましていない患者の中でも数例、家族や友人の言葉から、そのような事実があったことも確認されている。この病気の原因はそこにある可能性が高いと、論文には書かれていた。これは、春くんの境遇と合致してしまうんだ……」

「……そんな」

「何らかの要因で目を覚ました患者の中で、その後、なぜ夢から覚めたんだ、と発狂してしまう事例もあったみたいだ。この病気はきっと、耐えがたい苦痛から逃れるために発症する。苦痛のない、幸せな夢を見るために、眠り続ける。春くんの場合、夏乃ちゃんの死という苦痛から逃れるために自殺を選んだが、一命を取り留めた。命は助かったが苦痛が消えたわけではなく、春くんはこの病気を発症し、今に至る……」


 お父さんは、まるで頭の中を整理するように、ゆっくりと、そして自分に言い聞かせるように語った。きっと、お父さんでも分からないことだらけで、すごく困っているんだと思う。


「この病は、ただ安らかに眠って“幸せな夢”を見続ける。当人にとっては幸せな夢なのかもしれないが、残された人にとってそんなのはまるで悪夢のよう……。だからこの病は“Happy Nightmare Syndorome”と名付けられた。日本での症例はまだないから、訳すとすれば“幸せな悪夢症候群”だろう」

「幸せな、悪夢……」


 過去の症例が少ない珍しい病気みたいだけど、春がそうだと考えてほぼ間違いない。経緯も症状も“幸せな悪夢症候群”そのものだ。


「春を夢から覚ます方法は……その病気の治療法は、ないの……?」

「2割の患者が回復してはいるが、どうして目を覚ましたのかは分かっていないらしい」


 治療法はまだ存在しない、ということ……?


「だが、苦痛が原因で発症するならば、その苦痛を取り除くことが出来ればあるいは……」

「春の感じている苦痛は、夏乃ちゃんの死……。取り除くってどうやって? 死んだ人は、2度と生き返ることはないんだよ……」

「それは……」


 お父さんは困ったように口ごもる。そんな方法はないって分かってるんだ。

 ……やっぱり、確実と言い難いけど、ヒカリちゃんが話してくれた方法を試してみるしかないみたい。


「実はね、ヒカリちゃんに春の目を覚ます方法を教えてもらったの。でも、私自身はその方法に自信が持てずにいるんだ」

「その子は、何と言ってた?」

「私がいれば、春は必ず夏乃ちゃんの死を乗り越えることが出来るって……私が春の生きる希望になれるんだって、言ってた。だけど私は……ヒカリちゃんの言うことは信じてるけど、どうしても自信が持てなくて……私なんかじゃ……」


 涙が溢れそうになるのを必死で堪える。


 ……こんな調子じゃダメだ。自信が無くたって、私はヒカリちゃんを信じて、やらなきゃいけないの。


「……ヒカリちゃんはね、春と私が一緒に過ごすことが大切だって言ったんだ。だから私は、これから春が目を覚ますまで……夢の中に入り続けようと思う。どれだけ時間がかかるか分からないけど、私がきっと、春の生きる希望になってみせる」

「夢の中で、ふたりが一緒に過ごす……か。春くんの症状は、今の医学では手の施しようがないのが事実だ。身体的に異常が見られないのなら、夢の中で春くんの心に直接働きかけるのが有効な手段なのかもしれない。それはきっと、瑠璃にしか出来ないことなんだね」

「……うん、ヒカリちゃんもそう言ってくれた。ねえ、お父さん……私、これから毎日、夢の中の春に会いに行きたい。でも、ここは病院だからそれが難しいことは分かってる。だから……」

「分かってるよ。瑠璃は何も心配しなくていい。心置きなく夢の中に入れるようにする」

「お父さんは大丈夫なの?」

「院長の権限を濫用することになってしまうだろうけど、分かった上で瑠璃に協力したいんだ。瑠璃は春くんのためならどんなことでもやると思ったから」


 お父さんの言う通り、春が目を覚ましてくれるならどんなことでもやるつもりだった。


「医者としても父親としても、間違っているのかもしれない。でもお父さんは、瑠璃の幸せを一番に考えたい。瑠璃の幸せがなんなのか、君の親として分かっているつもりだ」


 私の幸せ……。それは春がいないと成り立たない。お父さんは私のことを分かってるから、そんな風に言ってくれたんだね。


「ありがとう、お父さん。じゃあ、今日の夜から毎日、私がここで眠れるようにして欲しい。正確には夜10時くらいから、次の日の朝8時くらいまでなんだけど……出来そう?」

「どうしてその時間なんだい?」

「大変なのは分かってるよ。でも、今日みたいに夜中じゃないとダメなんだ。春が見ている夢は、()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいだから」


 私はヒカリちゃんと話し合って導き出した、夢と現実の時間のズレについてお父さんに伝えた。


 ヒカリちゃんはある時突然、現実から夢の中に意識が飛んだという。ある時とは、春が病院に運ばれた日の夜のことだ。気が付けばヒカリちゃんは、黒い子猫の姿で春の家の中にいた。ヒカリちゃんは、何が何だか分からないまま、そして久しぶりの猫の体に戸惑いながらも急ぎ春の部屋に向かうと、ベッドでぐっすりと気持ちよさそうに眠る春を見つける。


 それが夢の始まりだったと、ヒカリちゃんは語ってくれた。あの日の夜に現実から意識が飛んだ時、それが春が夢を見始めた時で、夢の中では朝だった。それ以降、夢は一度も途切れることなく、現実と同じスピードで進むことになる。

 春が夢を見始めた時の現実での時間と、夢での時間は覚えていない。そうヒカリちゃんは言ったけど、私が今までに見た夢についても考えてみると、10時間ほど先にズレていることが分かった。今までの夢はどれも現実と日付は一緒で、昼に眠りにつくと夢の中では夜だった。さっきは日をまたいだ頃に眠りについて、夢の中で目覚めると2時間目の授業中の10時過ぎだった。


「……つまりだ。例えば、春くんが夢を見始めたのが現実時間で夜の9時とすると、春くんの夢は、夢の中の時間で朝7時にベッドの上で眠っているところから始まったということになる。そして、夢と現実の時間の流れが同じで連続しているものなら、10時間のズレが生じたままになる」

「うん。春と一緒にいるために夢の中に行くのに、その夢の中が深夜だったら意味ないでしょ? だから夜の10時に眠って、夢の中で朝の8時に目を覚ます。それから日中を春と一緒に過ごして、夜になったら夢から目を覚ます……そう出来たら一番だって、私は考えてる」

「面会時間でもない、それも深夜に病室にいられるように……か。お父さんはさっき、瑠璃の幸せを一番に考えたいと言った。瑠璃のために出来ることはなんでもしたい。だが、何日も病室に泊まることなんて、たくさんの問題が出てくる」

「……そうだよね。お父さんはこの病院の院長で、責任もある。もしこんなことがバレたら、きっと大変なことに……」

「出来ないと言ったわけじゃない。最大限の努力をしてみるよ。それが、瑠璃と春くんのためになるならね」

「……うん、ありがとう」

「病院では引き続き、検査と経過観察を行っていく。有効な治療法が見つかればそれでよしだが、望みは薄いだろう。眠り続ける春くんとコミュニケーションがとるには、夢の中に入るしかない。どうか春くんの心に寄り添ってあげて欲しい。瑠璃と春くんなら、きっと大丈夫だよ」


 お父さんはそっと微笑んで、励ますように私の頭を優しく撫でてくれた。


「今日の夜から夢の中に入れるようにするよ。夢の中に入ることが体にどんな影響を及ぼすか分からないから、瑠璃はお家に帰ってしっかり休みなさい。夜、準備が整ったら連絡する」

「分かった。お願いね、お父さん」


 …

 ……

 ………


 お父さんから電話が入ったのは、夜の10時前だった。


「行くの?」


 通話を終えた私に、お母さんが問いかけてくる。お母さんには事情を話しているので、私が今日病院に泊まることは知っている。


「うん」

「もう遅いから、送っていくわ」

「ううん、すぐ近くだから、大丈夫だよ。お母さんは仕事で疲れてるんだから、もう休んで」

「……分かったわ。気を付けてね」

「うん、行ってきます」


 いつでも出られるように準備をしていたから、お母さんにそう言うなり家を飛び出した。

 はやる気持ちを抑えつつ、それでも小走りになって病院に向かう。中に入るとお父さんが待っていて、春の病室へ一緒に歩いていった。


 病室に入って早速、お父さんが口を開く。


「春くんの担当の看護師さんには事情を説明して、全面的に協力すると言ってもらえた。しばらくの間ここには誰も来ないから、安心して夢を見ることが出来るよ」

「ありがとう。じゃあ、私は……」


 ベッドの横に置いてある椅子に座ろうとした時、お父さんの手が私の肩を優しく叩いた。


「その前に、少し話がある」

「どうしたの?」

「医者として父親として、瑠璃が春くんの夢に入ることを認めるのが、本当に正しいことなのかまだ分からない。ハッピーナイトメアシンドロームという病はほとんど解明されてなくて、確実なことは何もないんだ。今まで何回か夢に出入りして異状はなかったとはいえ、これからはどうなるか分からない」

「まさか、今更ダメだなんて言わないよね……?」

「そうじゃないよ。ただ、これから春くんの夢に入り続けるなら、相応の条件を受け入れてもらわないといけない。これは、ハッピーナイトメアシンドロームという未知の病に関わっていく上で、慎重を期すためにどうしても必要なことなんだ」

「その条件って?」

「お父さんは、瑠璃の体に悪い影響が出てくることを一番心配している。春くんと夢を共有している時、瑠璃は自分の意志で目を覚ますことが出来るけど、外部からの刺激では目を覚まさない。これは、今の春くんと同じ状態だ。それに、瑠璃が春くんの夢の中に入れる理由もよく分かっていない。これから体に何か異状が起きたら、夢に入ることは禁止する。それが嫌だからと言って隠すことは許さない。瑠璃は、自分の体がおかしいと思ったら、正直に話すこと。いいね?」

「……うん」

「あとは、定期的に検査を受けること。異状が見つかれば、当然、夢に入る許可は出せないよ」


 お父さんは続けて、夢の中で過ごす時間の制限や、私が眠っている間は脳波を測定することがある、などといった条件を出した。全ては私を想ってのことだったので、特に異論を挟むようなことはしなかった。


「じゃあ、行ってくるね」


 そう言うと、お父さんは私に笑いかけてくれる。


 私も笑顔を返し、椅子に座って、春の右手をそっと握った――――――――


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