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第81話 届かない想い


 次の日になって、私はまた春の病室を訪れていた。


 昨日の夜は、あの夢が見れますようにと願いながら眠りについたけれど、見ることは叶わなかった。

 お家では、あの夢を見ることが出来ない。これは、私の仮説の正しさを裏付けるような事実だ。


 もしあの夢が、本当に春が見ているものだとして。私が夢の中で春に会って「目を覚まして」と伝えたら……?


 試す価値は十分にあると思った。


 私はこれまでと同じように、春の右手を取って、ベッドにうつ伏せにもたれかかる。

 夢で会えますように……そう願うと、すぐに意識が遠くなっていった――――――――






 ――――――――今回、目を覚ましたのは、お家のダイニングだった。


 私は、お父さんとお母さんと一緒に食事をしている。壁に掛けられた時計は9時すぎを示している。窓の外が暗いし、食事のメニューから察するに、今は夕食中だと思う。前回、前々回とパターンが違うけど、ここは間違いなく、あの夢の中だ。


「どうしたんだ、瑠璃? 急に固まって」


 お父さんが私の顔を見て、不思議そうに聞いてくる。


「ううん、なんでもないの」


 私は平然を装い、コップのお茶を飲んだ。


 それにしても、ここが春の夢の中だとするなら、この状況はおかしい気がする。春が関与していない今の状況で、夢が普通に進行してることに納得がいかない。思えば、今までもそうだ。私の部屋の中とか、春の知り得ない情報が、はっきりと再現されている。


 ……ダメだ。余計なことは、考えちゃダメだ。今は、春の目を覚まさせることに集中しなきゃ。一度試してみるんだ、考えるのはそれから。

 きっと私が夢に干渉したことで、私の持っている情報が春の夢に影響を与えたんだ。今はそういうことにしておこう。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせて、席を立つ。


「まだ残ってるわよ? もういいの?」

「うん」


 私は、トイレに行く素振りを見せて、家から飛び出した。


 向かうのは河川敷だ。春を呼び出し、事実を伝えて、目を覚ましてもらおう。


 河川敷に着いて、電話で春を呼び出した。橋の欄干にもたれて待っていると、春がやってくる。


「ごめんね、こんな時間に」

「いや、それは別に構わないが……話ってなんだ?」


 ここは、春が見ている、春が創り出した夢の世界。目の前にいる春は、私が創り出したのではなく、春本人。

 その前提は間違ってるかもしれないけど、やるだけやってみよう。


 キミは夏乃ちゃんが亡くなったことに絶望して、自殺を試みた。だけど命は助かって、キミは今、夏乃ちゃんもあの子猫もいる“幸せな夢”を見続けているんだ。

 そう伝えて、私が夢から覚めてとお願いすれば、春は目を覚ましてくれるかもしれない。





 ――――でも……本当に、そうなの? ()()()()()お願いを、本当に聞いてくれるの?





 私はちゃんと生きているのに、春は世界に絶望して、自殺を選んだ。


 つまり、私は、春にとっての生きる希望にはなれなかった。

 そんな私がいたところで、春は、絶望しかない元の世界を生きようと、思ってくれるの?


 どんなにつらくても、私がそばにいる。だから目を覚まして……そう伝えても、春の心はきっと、動かない。


 もしここが本当に、春が創り出した幸せな夢の世界だったとしても、私には春を夢から覚まさせることは出来ない……。


 私じゃ、春の光には、なれないんだ……。




「大丈夫か?」


 春が、心配そうに、私を見ている。


「ごめん、なんでもないの。あのね、あの子……ヒカリちゃんとは、いつ、どこで出会ったの?」


 春の反応を想像すると怖くてたまらなくなって、私は真実を話せずに、気付けばそんなことを尋ねていた。


「え? ヒカリ?? なんで今そんなこと聞くんだ?」


 きっと私は、思い詰めたような表情をしていた。その割には何気ない質問だし、わざわざ呼び出してまで聞くようなことではないから、春は困惑している様子だ。


「まあ、いいじゃない。とりあえず、聞かせてよ」

「あ、ああ。……ヒカリはこの橋の下で捨てられていたんだ。5か月くらい前か……たまたまそれを見つけて、飼うことにしたんだ。……というかこの話、したことなかったか?」


 ヒカリちゃんはもうとっくに亡くなっているはずなんだけど、今の春の中ではそういうことになってるんだね。


「うん……そうだった」

「どうしたんだ? 昨日の夜といい、今といい、なんかおかしいぞ? 心配になってくる」

「ごめんね。心配してくれて、ありがとう。でも、別におかしくなったりはしてないよ。私は、私。何も変わってないから、安心して。今はまだ話せないけど……私は、大丈夫だから」

「分かった。……他に話、あるか?」

「ううん。わがままに付き合ってくれて、ありがとね」

「わがままだなんて思わないさ。……ほら、あんまり長いことここにいると風邪引くぞ。送ってくから、早く帰ろう」

「……うん」


 ふたりで並んで歩き始める。不安で不安で、胸が締め付けられるようにひどく痛む。

 この夢が春が創り出したものだと疑っているのに、勇気が無くてそれを確かめることすら出来ない私に、これから何が出来るのだろう……?


「……ん」

「……え?」


 春が、私に向かって、手を差し出した。


「……ありがと」


 私は、その手を、ギュッと握りしめる。胸の痛みが、少し軽くなった。


「……やっぱり、優しいんだね。……大好き」


 恥ずかしいから、春の耳に届いてしまわないように、小さく、小さく呟く。

 ……ずっと隠し続けてきた、私の大切な気持ち。


「ん? なんか言ったか?」

「ふふっ。なんでもないっ」


 春の優しさも、伝わってくるぬくもりも、本物だと思える。やっぱり、ここにいる春は、紛れもなく春自身だ。

 ここが春の創り出した夢の世界だと判断するには、それだけでも十分じゃないかと思ってしまった――――――――






 ――――――――病室で目を覚ますと、お父さんが隣にいた。


 時間を確認すると、11時半ちょうど。面会時間が始まって30分しか経ってないけど、また検査をするために来たのかな。


「おはよう、瑠璃」 

「うん。おはよう、お父さん」

「面会をするのも大事なことだけど、来てすぐに眠ってしまうなんて、疲れがたまってるんじゃないかい? 無理はいけないよ」


 気遣わしげな表情をして、お父さんが問いかけてくる。


「大丈夫だよ、ちょっとウトウトしちゃっただけだから。最近はご飯もしっかり食べてるし、夜もちゃんと寝てるから」


 これもあの夢に関する不思議なことだったけど、春の手を握って目を閉じると、それまで眠くなかったのに、夢へといざなわれるようにして急激な睡魔に襲われる。

 今お父さんに伝えた通り、私は決して疲れを感じているわけじゃなかった。


「また検査するの? 外に出てた方がいい?」

「ああ、ちょっと気になることがあって……。今日も時間が掛かりそうだから、来たばかりだけど帰ってしっかり休みなさい。疲れというのは、気付かないうちに溜まってるものだよ」

「……うん。分かった」


 お父さんの気遣いを無碍むげにはしたくない。春のそばにいたかったけど、私はお家に帰ることにした。


 …

 ……

 ………


 時刻は日付が変わる少し前。私は、急いで病院に向かっていた。


 ……どうしても、今すぐに、夢の中で確かめたいことがあるからだ。


 昨日見た夢で聞いた、女の子の声についてだ。病院から帰って、あの夢のことを色々と考えた。


 私が出した結論はやっぱり、あの夢は春が見ている夢ということ。夢を共有していることについてはいくら考えても分からなかったけど、なぜかそういうことが出来るんだと今は納得しておく。


 そして、夢の中で突然、頭の中に響いた声……。あれはヒカリちゃんの声だったんじゃないかと思っている。その場にいたのは春と私と、突然乱入してきたヒカリちゃんだけで、そうと考えるのが自然な気がしたんだ。


「私の名前を呼んで、話があるって言ってた……」


 あれが春の見ている夢なら、ヒカリちゃんは春が創り出した存在と言える。

 私が考えたのは春がヒカリちゃんを通じて、おそらく無意識的に何かを伝えようとしているということだった。


 春が目を覚ますためのヒントを、ヒカリちゃんが握っている……。そんな確信めいた予感がしていた。



 病院に辿り着く。この時間は正面の入り口が開いていないから、裏に回り込んで、関係者出入口から中へ入ることにした。

 私は関係者じゃないけど、院長であるお父さんを言い訳にすれば、とがめられてもやり過ごせる。


「あら? 瑠璃ちゃん? こんな時間にどうしたの?」


 出来れば誰にも見つからずに春の病室まで行きたかったけど、運悪く看護師さんに声を掛けられてしまった。

 ……いや、運が良かったのかもしれない。その看護師さんとは顔見知りで、私にいつも優しくしてくれていたから、悪いようにはされないはずだ。


「あの……。急用があって、お父さんに会いに来ました。今、どこにいるか分かりますか?」


 そう尋ねて、気付いた。もしお父さんが春のところにいたら、私は夢の中に入ることが出来ない。こんな時間に来たことを怒られて、帰りなさいと言われてしまうはずだ。理由を話しても、あんな突飛な話を信じてくれるとも限らないし……。それに、お父さんはいなくとも看護師さんがついている可能性が高い。

 私は春の夢の世界に入りたい一心で、行き当たりばったりな行動をとってしまっていた。


「さっき春くんの検査が終わって、今は事務室にいると思うよ」


 ……良かった。とりあえず、お父さんは病室にはいないみたい。看護師さんがいるかもしれないけど、ここまで来てしまったなら、もう行けるところまで行くしかない。


「分かりました。ありがとうございます」

「案内しましょうか?」

「いえ、大丈夫です」


 お礼と、ウソをついてしまったことへの謝罪の意味を込めて、頭を下げる。看護師さんを見送った後、春の病室に向かった。


 幸い、春の病室には誰もいなかった。私が眠っている間に誰かが来るかもしれないので、早速夢の中に入ることにする。眠る私を見つけられたら騒ぎになるだろうけど、後の事なんて今は考える余裕はなかった。


 椅子に座り、春の右手をそっと握ると、すぐに意識が遠のいていった――――――――

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