第75話 “死ぬ”ということ
昨日積もった雪はほとんどとけていたから、今日はヒカリといっしょにお母さんさがしができる。わくわくしながらかせんじきにやって来て、いつものようにヒカリをよんだ。
「ヒカリ~、出ておいで~」
ボクがこうやってよびかけると、ヒカリはダンボールからひょこっと顔を出す……はずなんだけど……。
「あれ? ヒカリ、どうしたの?」
近づいても、ヒカリがダンボールから出てこない。ふしぎに思って中をのぞきこんだら、そこにはヒカリのすがたがなかった。寒くないようにってたくさん用意した布をめくってみても、ヒカリはいない。
「外で遊んでるのかな……」
ボクが来た時にお家の中にいないなんて、初めてのことだった。ヒカリはひとりで遊んだりしない子だと思ってたけど……。
……まあ、ヒカリも大きくなって、いろんなものにきょうみを持ち始めたってことかな。いわゆる、おとしごろってやつだね。
「……しょうがないなあ」
ボクは、外に出ているヒカリをさがして歩くことにした。ヒカリは、この時間になるとボクが来るって分かってるはずだから、そう遠くには行ってないと思うけど……。
「ヒカリー! どこにいるのー?」
ヒカリをよびながら橋の下をひと通りさがしてみたけど、見つからなかった。せの高い草やしげみの中はさがしてないけれど、ボクの声を聞いたらヒカリは出てきてくれるはずだから、この辺にはいないんだと思う。
ボクは、橋の下をはなれて、さくらの木が生えている方をさがすことにした。
「ヒカリー! 今日もご飯持ってきたよー! ……あっ、いた!」
ヒカリは、いつかみたいにさくらの木のそばにいた。木によりそうように、体を伸ばして寝転がっている。
「こんなところで寝てたら、かぜ引いちゃうよ。ほら、お家にもどって、ご飯食べよう?」
ボクがそう声をかけても、ヒカリは眠ったまま……かと思ったら、
「……あれ? 起きてたんだ」
寝転がるヒカリをのぞきこんだら、大きくて黄色い、くりくりとしたかわいい目が開いていた。
「もう……。起きてるなら返事くらいしてよ」
いつもはボクを見るとうれしそうにかけよってくれるのに、そんな風にされたらさみしいよ。
「ねえ、ヒカリ。いつまでも寝転がってないで、ご飯食べようよ。おなかすいてるんでしょ? ねえったら……」
いつまでもそこから動こうとしないヒカリにじれったくなって、体をゆすってみる。
「あれ……ヒカリ?」
ヒカリが、ぴくりとも、動かない。それに、体が……すごく冷たい。
「ヒカリ……? 返事してよ……動いてよ。……ヒカリ! ヒカリっ!!」
何度ゆすっても、声をかけてもヒカリは反応しない。
体全体がこおってしまったみたいに固くなっているから、きっと、寒さで動けなくなっちゃったんだ……。
「病院……早く連れて行かなきゃ……っ」
ボクにはどうすればいいか分からなかったけど、病院に連れていけば、すぐにヒカリを元気にもどしてくれるはず……。
そう思って、動かなくなったヒカリをだきかかえ、急いで病院に向かうことにした。
ヒカリとのぼうけんで、この町のことにはくわしくなっていたから、動物病院がどこにあるのかは分かっている。かせんじきからどの道を通れば一番近いか、頭の中で考えながら、全力で走った。
10分くらい走り続けて、やっと動物病院にたどり着く。
「ハァ……ハァ……。助けてください! ヒカリが……ヒカリが動かなくなったんです!」
病院の中に入ってすぐにさけんだ。周りにいる人がこっちを見ているけど、そんなことは気にしていられなかった。
「お願いします! この子を見てあげてください!」
「……どうしたのかな?」
おくのとびらが開いて、白衣を着た女の人が出てくる。そして、ボクの目の前でしゃがんでそう言った。
「この子、外でたおれてて、寒さで動けなくなったんです! 声をかけても、さわっても、ぜんぜん反応がないんです! このままだと死んじゃって、天国に行っちゃうかもしれない! お願いします、いつもの元気なヒカリにもどしてください!」
「……ちょっと、その子を私に見せてくれるかな?」
「はい、お願いします」
見やすいように、だきしめていた腕をゆるめる。お医者さんは、ヒカリの体をさわって、悲しそうな顔をした。
「死後硬直が全身に……。この子は、もう……」
しごこうちょく? なにそれ? ヒカリは、しごこうちょくっていう病気になっちゃったのかな……。ちゃんと治るといいんだけど……。
「……ヒカリは元気になりますか?」
ボクがそう聞くと、お医者さんは目をつぶって、首をゆっくりと横にふった。
「ねぇ、僕。残念だけど、この子はもう助けてあげられない。元気になることは、もうないんだよ……」
「……どうしてですか? なにかの病気なら、治してくれるんじゃないんですか?」
「元気がないのは、病気のせいじゃなくて……この子がもう、死んじゃってるからなんだ」
「……え? 死んじゃってるって……」
このお医者さんは何を言ってるんだろう? ヒカリは、天国じゃなくてちゃんとここにいるのに、もう死んでるだなんて……。
「お医者さん。ヒカリはまだ天国に行ってないから、死んでないんだよ。だから、早く治してくれませんか?」
「ううん。受け入れたくないかもしれないけど、この子はもう死んでいる」
……お医者さんはまちがってる。ヒカリが死んでるなら、どうしてヒカリの体はここにあるの? 死んでるなら、ヒカリの体はここになくて、天国に行ってるはずなんだ。
ここにいるってことは、ヒカリが死んでないってことなのに、どうして分からないの?
「悲しいけど、死んだ子は、この病院じゃどうすることも出来ないんだよ。……ごめんね」
……もういい。お医者さんがヒカリを治してくれないなら、ボクが自分でなんとかする。
「ヒカリは死んでないもん!」
「あっ、ちょっと!」
…
……
………
病院を出たあと、走って走ってかせんじきまでもどってくる。
……ヒカリはまだ動かない。
体を温めたら元気になると思って、ダンボールの中の布でヒカリを包んでだきしめ続けた。
「ヒカリ……お願い……動いて……っ」
こんなにあたたかくしてるのに、ヒカリの体は冷たい……。動いてって何度お願いしても、ぴくりとも動かない……。
周りが暗くなってくるまでだきしめ続けても、ヒカリはずっと冷たくて、動かないまま……。
『この子はもう死んでいる』
お医者さんがそう言ってたことを思い出す。
「“死ぬ”っていうのは、天国に行くことじゃなくて……」
……今のヒカリみたいに、動かなくなるってこと?
それはお医者さんでもどうすることもできなくて、たぶん、ずっとこのまま……。
冷たくなって、ボクの声も届かなくなって……。かわいい鳴き声も聞くことも、頭をなでた時のうれしそうな顔を見ることも、いっしょに楽しく遊ぶことも……ヒカリと今までしてきたことぜんぶぜんぶ、出来なくなって……それが、この先もずっと続いていく。天国なんて本当はなくて、あの元気なヒカリは2度ともどってこない。
“死ぬ”っていうのは、そういうことなんだ……。
……じゃあ。
ボクのパパとママも、ヒカリと同じで、もう2度と……?
「あ……あっあっ……ああっ。パパ、ママ、ヒカリぃ……っ」
大切なもの、ぜんぶなくなっちゃった。ボクは、これから先、ずっとずっと、ひとりぼっちなんだ……。




