第71話 ボクもキミも、ひとりぼっちじゃない
帰りの会がおわった。放課後はいつも図書室で本を読んですごすんだけど、今日は週に1回のお休みの日だから、すぐに学校を出る。
お家にはすぐに帰りたくなかった。おじさんとおばさんはまだ帰ってないだろうけど、ボクはお家がきらいだから、なるべくならいたくない。
ボクは、大好きなあの場所に向かう。お家を通りすぎて着いたところは、思い出がたくさんのかせんじき。ここにいるだけでなんだか少し心が落ち着くから、ボクはこの場所が大好きだった。
……今日は、さくらの木を見に行こう。花はさいてないけど、みどり色のはっぱもきれいだと思う。木のかげに入って、いつもかばんに入れてる、お気に入りの本を読んですごすのがいいかな。
大きなさくらの木のみきにもたれかかってすわる。かばんから本を取り出して開いた。
本を読むのは、とても好き。本を読んでいる時は、まるで自分もその世界にいるように感じられて、いやなげんじつをわすれられるから。
中でもこの本は、もう何回も読んだ一番のお気に入り。男の子と小さな猫の物語。仲良しなふたりが、なくしものをさがしに色んな本の中に入ってぼうけんをする、すてきなお話。
ボクも、こんないやな世界じゃなくて好きな本の世界に入れたら、幸せになれるのかなぁ……。
…
……
………
本を読み始めて30分くらいたった時だった。
「みゃあ~」
ボクがもたれかかってすわっている木のうらがわの方から、ねこの小さな鳴き声が聞こえてきた。
のらねこかな? そう思いながら立ち上がってうらがわにまわってみると、そこには小さな小さな黒い子ねこがいた。
たぶん、生まれてからそんなにたってない。こんなに小さな子ねこが、どうしてひとりでいるんだろう? お母さんねことはぐれちゃったのかな?
「……キミも、ひとりぼっちなの?」
「シャーッ」
少し近づいて声をかけると、子ねこは立ち上がり小さな白い歯をぼくに向けて、いかくしてくる。きっと、ボクのことがこわくて、近よらないでって言ってるんだ。
これ以上近づいたらにげてしまうと思って、ボクは一歩下がって様子を見る。すると子ねこは、いかくをやめて体を丸めた。目をとじて、おびえるように小さくちぢこまるすがたは、元気があるようには見えなかった。
この子ねこはたぶん、ご飯をぜんぜん食べてない……。頭とくらべて細すぎる首や体を見て、ボクはとてもかわいそうだと思った。
このままひとりぼっちでいたら、この子はたおれちゃうかもしれない。なにか食べる物をあげたいけど、どうしよう?
うーん……やっぱり子ねこだし、牛にゅうがいいのかな? お肉やお魚はまだ食べられないかもしれないし……。
牛にゅうなら、たぶんお家にあるから取りに行こう。お家はすぐ近くだから、急いだら10分くらいで持ってこれる。
「今から牛にゅうを持ってくるから、ここを動かないでね」
子ねこは目を閉じたままで、ボクの言葉には反のうしない。いなくなっちゃわないか心配だったけど、ボクは走ってお家に向かうことにした。
…
……
………
牛にゅうを持ってもどってきたら、子ねこは同じところに、変わらないしせいで丸くなっていたので安心した。
れいぞうこの中に使いかけの牛にゅうがあったから運がよかった。これなら少しくらいへっても、おじさんとおばさんにはバレない……と思う。ボクは、れいぞうこにさわるのをきんしされてるから、バレちゃったらすっごく大変。でも、この子のことをほうっておけないから、勇気を出して持ってきた。
いつも使ってないお皿を食器だなのおくから持ってきたから、それに牛にゅうを入れて、地面に置く。お皿のそばにいたらこわがって飲んでくれないだろうから、はなれたところで見守ることにした。
子ねこは起き上がってお皿を見ているけど、近よってこない。おなかがすいてるはずなのに、どうしてだろう?
「それはキミのために用意したんだから、飲んでもいいんだよ。だいじょうぶ、きっとおいしいよ」
「シャーッ」
声をかけてみても、子ねこはいかくするだけで飲もうとしない。
「うーん……」
ボクが見えるところにいるからいけないのかな? この子からは見えないように、木のかげにかくれて待ってみよう。
……5分くらいかくれて待ってみたけど、子ねこは一歩も動いてくれなかった。
おかしいなぁ……ボクがこの子なら、まよわずにぜんぶ飲んじゃうと思うんだけど……。
お皿をじーっと見てるから飲みたい気持ちはあると思うんだけど、どうして飲んでくれないのかな? もしかして、ボクが用意したものだから……? この子はボクのことをけいかいしてるみたいだから、そんなボクが用意したものなんて飲めないって思ってるのかな……?
だとしたら、どうすればこの子に牛にゅうを飲んでもらえるだろう? ボクはキミの味方で、キミに元気になってほしくて用意したんだよって伝えたいけど、どうすれば……。
「……あ。そろそろ帰らなきゃ……」
いつのまにか、まわりが暗くなりはじめていた。おじさんかおばさんが帰ってくる前に家にいないとおこられちゃう。学校が終わったらすぐに帰ってこいって言われてるから……。この前なんか、すぐに帰らなかったのがバレちゃっていっぱいお仕置きされたから、今度はなにをされちゃうか分からない。……でも、この子のことがすっごく気になる。
……連れて帰る? ……ううん、お母さんねこがくるかもしれないし、それはダメ。それに、連れて帰ったとしてもおじさんとおばさんにバレたら、この子までボクみたいにひどいことをされちゃう。
「……ばいばい。牛にゅう、ちゃんと飲んでね」
このまま置いておけば、ほんとうにたおれそうになった時には飲んでくれるだろうし、今日はとりあえず帰って明日また様子を見にこよう。
牛にゅうを飲んで元気になって、お母さんねこがむかえに来てくれたら一番いいけど、どうなるかなぁ……。
…
……
………
昨日の子ねこに会うために、当番があるからってウソをついていつもより早めにお家を出た。
おじさんとおばさんはボクのことが大きらいで、ふだんはお仕置きの時以外はそんなにかかわってこないんだけど、学校のことになると別だった。学校ではああしろ、こうしろってしつこく言ってくる。早めに登校するなって言うのもそのひとつ。たぶん、ボクにしてることが学校にバレるのがこわいんだと思う。長くいれば、それだけバレるかのうせいが高くなるもんね。
学校とは反対方向に歩いて行って、かせんじきについた。かいだんを下りて子ねこがいたさくらの木に向かって歩いて行く。
「……いない」
昨日いたところとその周りを見わたしてみるけど、子ねこのすがたはない。お皿に入った牛にゅうがちっともへってないし、心配だ。ボクが帰ってから、お母さんねこといっしょにどこか遠くに行ったのなら、それでいいんだけど……。
もしもまだひとりきりでいるとしたら、とてもかわいそうだと思って、ボクはもう少しだけさがしてみることにした。
並んでる他のさくらの木を周りを見たり、川ぞいを歩いたり、はしの下をさがしたりしたけど、子ねこはどこにもいなかった。
「きっと、お母さんねこに会えたんだよね」
そう思ってボクは、お皿をかたづけて学校に行くことにした。そろそろここをはなれて学校に向かわないと、ちこくしちゃう。ちこくしたことがおじさんとおばさんに知られちゃったら、きっとひどいお仕置きが待ってる。
お皿を置いたさくらの木の近くにもどって来た時「みゃあ」という小さな鳴き声が聞こえてきた。
鳴き声のしたほう……さくらの木の下を見ると、昨日の子ねこが丸くなっている。
「そこにいたんだね。キミ、真っ黒だから気付かなかったよ」
まだひとりぼっちだったのはざんねんだけど、どこかでたおれたりしてなくてよかった。よかった、けど……昨日より元気がない気がする。ボクが話しかけても、近よっても昨日みたいにいかくしてこない……。
牛にゅうを飲まないから元気が出ないんだよ……。この子はこんなによわってるのに、どうして牛乳を飲んでくれないんだろう……?
子ねこは、ボクが近よっても動かないし、いかくもしてこない。それならと、こっそり持ってきてた新しい牛にゅうをランドセルから取り出して、古いのと入れかえたお皿を、子ねこのすぐそばに置くことにした。けれど、すぐ近くにあって見えてるしにおいもするはずなのに、子ねこはやっぱり飲んでくれない。
このままここにいても何もできないしちこくするのもいやだったから、ボクは学校の帰りにまたここに来ると決めて、かせんじきをはなれることにした。
…
……
………
学校が終わった後、急いでかせんじきにやってきた。子ねこは朝と同じで、さくらの木の下にいた。牛にゅうは……へってない。
「どうして飲んでくれないの……? このままだと、キミはほんとうに死んじゃうよ……」
寝てるわけじゃないのに、朝の時と変わらないしせいで丸くなる子ねこを見て、ボクは本気でそう思った。この子はたぶん、少しも動きたくないほど、元気がなくなっちゃってるんだ。
……もしかしたら。おなかがすきすぎて死んじゃいそうなのに、それでも牛乳を飲もうとしないのは……もう死んじゃいたいって思ってるからかもしれない。
キミはきっと……ボクと同じなんだね。
ずっとひとりぼっちで、くるしくてつらくて、さびしいのにたえられなくなって、生きることをあきらめたくなっちゃってるんだ……。
ボクは、いつかパパとママがむかえに来てくれるからがんばれるけど、この子はどうなんだろう……? こんなにがりがりになっちゃってるから、ずっと会えてないのは分かるけど……。
はぐれた? 見すてられた? 天国に行っちゃった?
……どんな理由だとしても、きっといつかまた会えるよ。
だから……
「キミは、お母さんがいなくて、ひとりぼっちでさみしいんだね。だいじょうぶ、きっといつか帰ってきてくれるよ。だから、キミがお母さんに会えるまで、キミがさみしくないように、ボクがそばにいてあげる」
ボクたちは、にたものどうしだから、きっといいお友だちになれると思うんだ。
「キミはもう、ひとりぼっちじゃないよ」
ボクはそう言って、子ねこをそっと抱き上げた。さっきまでの元気のなさがウソみたいにあばれているけど、下ろしたりしない。
ボクは、抱き上げた子ねこを、むねにやさしくだきしめてみた。手をつめでひっかかれてすごくいたいけど、やめない。キミとボクはお友だちだって……キミはもうひとりぼっちじゃないって、分かってほしかったから。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
しばらくだきしめ続けると、ボクの気持ちが伝わったからか、ただつかれただけなのか分からないけど、子ねこはおとなしくなった。
地面に下ろしてあげると子ねこはボクの方をみて「みゃあ」って鳴いた。そのひょうじょうは、なんとなくだけど、今までよりやわらかいような気がする。
「……牛にゅう、飲んでくれる?」
ボクの気持ちが伝わったなら、きっと飲んでくれる。そう思って、お皿を子ねこの目の前においてみた。
……すると子ねこは、すごいいきおいで牛にゅうをぺろぺろとなめ始めた。
「やった……っ! 飲んでくれた!」
ちゃんと伝わってる! そう思ったら、とてもうれしくなった。もういちどこの子をだきしめたい気持ちをぐっとこらえて、飲み終わるのをじっと待つ。
たくさんあった牛にゅうは、あっという間に無くなった。やっぱり、すっごくおなかがすいてたんだ。
「みゃあ~」
牛乳を飲み干した子ねこは、ゴロゴロとのどを鳴らしながら、ボクの足に頭をすりすりしてくる。なんだか心が通じ合ったような気がして、またうれしくなった。
抱き上げてみると、子ねこは元気な鳴き声を上げる。顔も、なんとなく笑っているように見える。牛にゅうを飲んだだけですぐに元気いっぱいになるわけじゃないだろうけど、ひとまずは安心かな。
「ボクとキミは、お友だち。ひとりぼっちなんかじゃないよ」
もういちどむねにだきしめると、子ねこはすぐにスヤスヤとしたねむりにつく。
ボクは子ねこをだきしめたまま、木にもたれかかってすわる。
むねの中で子ねこが目をさますまで、そうやってすごした。




