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第7話 俺が生きているのは……

「ご飯だよ~、ヒカリちゃん」

「にゃ~」

「はあぁ~~。かわいぃ~」


 俺と夏乃が朝食を急いで摂っている間、瑠璃にはヒカリの相手をしてもらうことにした。今はヒカリに朝ごはんをあげているのだが、瑠璃はとろけきった顔でうっとりとしていた。

 瑠璃は可愛いものが好きだ。その可愛いの頂点に君臨するであろうヒカリを目の前にし、うっとりしてしまうのも無理からぬことだ。

 ヒカリが朝ごはんを食べ終わったタイミングで、瑠璃がねこじゃらしのおもちゃを取り出し遊び始める。


「瑠璃ちゃん、楽しそうだね」


 夏乃も朝食を食べながらその様子を見ていたようだ。


「瑠璃はヒカリが好きだからな」

「瑠璃ちゃん、可愛いね」

「……」


 確かに、ヒカリとじゃれている時の瑠璃は可愛い……かもしれない。その無邪気な笑顔は魅力的だと思わないこともない。でも口にするのは恥ずかしくて黙ってしまう。


「ふふっ」


 夏乃が脈絡なく笑い出した。


「なに笑ってるんだよ?」

「なんでもなーい! ほら、早く食べないと遅刻しちゃうよ!」


 ……まあいい。夏乃の言う通り、早く朝食を食べることにしよう。


 …

 ……

 ………


 身支度を整え、登校の準備ができた。


「待たせたな、瑠璃。準備できたぞ」

「え? もう? ……残念。もう少しヒカリちゃんと遊んでたかったのに」


 瑠璃は名残惜しそうに、ねこじゃらしをしまった。


「ねぇ、最後にだっこしていい?」

「時間ないから、ちょっとだけな」

「やたっ」


 両手で小さくガッツポーズをする瑠璃。嬉しそうだ。


「ん~~~~っ! やっぱ可愛いぃぃ。すりすり」

「にゃぅぅ」


 ヒカリを抱きかかえ、頬ずりをしている。なんとなくだが、ヒカリが迷惑そうにしているような気がする。


「お、おい、瑠璃。そろそろ……」


 ギブアップ! とばかりに瑠璃の頭を何度もタップしているヒカリを見かねて声をかける。


「……はっ! あまりの可愛さに、我を失いかけてた……。ごめんね、ヒカリちゃん」


 頬ずりをやめヒカリを下ろそうとしたとき、爪が引っ掛かったのか、瑠璃の髪留めが地面に落ちた。


「あっ! ほーせきが!」


 すぐに気付いた瑠璃がそんな声をあげる。


 ほーせき、か……。瑠璃がいつもつけているこの髪留めには宝石……のようなものが1つ付いている。

 きれいな瑠璃色をしているそれは、一見すると宝石のラピスラズリのようだが、実際のところただのガラスにすぎない。

 俺と瑠璃が幼稚園児だったころ、一緒に砂場遊びをしているとき見つけたものだ。

 たしか俺が「ほーせきだ!」とか言って瑠璃にプレゼントしたんだっけ……。


「傷ついてないかな……私の宝物……」


 あれからもう10数年もの時が経つのに、未だに大事にしてくれている。それが宝石のようないいものじゃないことなんて、瑠璃もとっくの昔に気付いているはずなのに。

 ……でも、俺のプレゼントをここまで大事にしてくれているのは、素直に嬉しかった。


「よかった……。傷ついてない」


 髪留めを拾いあげ、めつすがめつ眺めたあと、安堵の息を漏らす瑠璃。そして前髪に髪留めをつけてから立ち上がり、俺に笑いかけてくる。


「じゃ、行こ、春」

「ああ」


 今日もまた3人揃って家をでて、いつものように学校への道を歩いていった。


 …

 ……

 ………


 放課を知らせるチャイムが鳴るやいなや身支度を整える。憂鬱な学校が終わり、小さくため息をつき立ち上がる。

 瑠璃の教室に向かう途中、ポケットに入っている携帯電話が震えた。夏乃からの電話だった。


「もしもし」

「あっ! 出るの早い! もぉ~、お兄ちゃんったら、愛しの妹の声をいち早く聞きたかったんだね!」

「切っていいか?」

「あー!あー! ごめんうそうそ! ちゃんと用事があるから!」

「なんだ?」

「えっとね、今日の朝いろいろあって言い忘れてたことなんだけど……今からお父さんのお見舞いに行こうと思うんだけど、一緒に行かない?」


 大樹さんのお見舞い……そろそろ、顔を見せなきゃいけないと思っていたところだ。ちょうどいい。


「ああ、そうだな。たまには顔を出さないとな。校門で待っててくれるか? すぐに瑠璃と迎えにいくから」

「うん、分かった。待ってるね。ちゅっ♡」

「ちゅっ、じゃねえよ。それやめ……って切りやがった」


 通話が切れた携帯電話をポケットにしまう。


 瑠璃と合流し、夏乃の待つ白桜中学校の校門に向かった。


 …

 ……

 ………


「お兄ちゃーん! 瑠璃ちゃーん!」


 瑠璃と一緒に白桜中学の校門に向かうと、夏乃が手をブンブンと振りながら走ってきた。

 猛スピードでこちらに近づいてくる。なにをそんなに急いでいるのか知らないが、あっという間に距離が縮まって……


 って、このままだと……ぶつかる!?


「お兄ちゃーーん!!! 吶喊とっかーーーーーん!!!」

「危ね」


 突撃してくる夏乃にぶつからないよう、ひらりと身をかわした。


「ちょおぉぉ!!! けっ……おっ、あっ、はっ、ほっ、っとと……セーーーフ! 陽中夏乃1等兵、見事な平衡感覚で陣没回避! ……じゃなくて! ひどいよ、お兄ちゃん! 妹の愛の吶喊を避けるだなんて! もう少しで可愛----い妹がケガしちゃうところだったんだよ! 瑠璃ちゃんもなにか言ってあげてよ!」

「今のは本当に危なかったよ、春。転んでケガしてもおかしくなかった」


 ……確かに。つい反射的に避けてしまい、夏乃が勢い余って転ぶ可能性を考慮していなかった。夏乃にはケガなんてして欲しくない、毎日を夏乃らしく元気に明るく過ごして欲しい。だからさっきのは反省しなければならないが……


「俺も悪いが、そもそも夏乃があんな無茶しなければいいんじゃないか?」

「できると思う? 夏乃ちゃんだよ?」


 そう言って瑠璃が「ふふっ」といたずらっぽく笑う。


「無理だな」

「でしょ? 夏乃ちゃんの、お兄ちゃん大好き! って気持ちは誰にも……夏乃ちゃんさえも止められないんだよ。好きって気持ちが溢れて、ときどき……いや、しょっちゅう暴走しちゃうけど、お兄ちゃんならちゃんと受け止めてあげなきゃ」

「さっすが瑠璃ちゃん! よく分かってるぅ! でもあたし~、お兄ちゃんだけじゃなくて~瑠璃ちゃんも大好きなんだぁ。すりすり~」

「はぶっ。な、夏乃ちゃん……っ」


 夏乃が瑠璃に抱きついて頬同士をすりすりさせている。瑠璃は困惑と照れが入り混じったような、微妙な笑みを浮かべていた。


「春……っ! 夏乃ちゃんを止めて……っ」

「え~! そんなこと言わないでよぉ! あたしたち、親友でしょ? 瑠璃ちゃん好き~! すりすり~!」

「うぅ~……春ぅ……」


 瑠璃が恨みがましい視線を送ってくる。


「親友なら、ちゃんと受け止めなあげなきゃ。だよな?」


 それからしばらくの間、夏乃が瑠璃から離れることはなかった。


 …

 ……

 ………


「じゃあ、私はお父さんに会いに行くから。今日はここでお別れかな? じゃあね、2人とも」

「おう」

「じゃあね~」


 病院に着き、ロビーで瑠璃と別れる。受付で面会の手続きを済ませ大樹さんがいる病室に向かう。

 

 病室のベッドには、クッションに背を預け窓の外を眺める大樹さんがいた。

 俺たちの入室に気付いた大樹さんが口を開く。


「いらっしゃい。春、夏乃」


 そう言って柔和に微笑む大樹さん。優しい表情をしている。よかった、どうやら元気みたいだ。

 大樹さんは穏やかな人柄で、初めて会う誰もが優しそうという第一印象を受けるだろう。


「お父さん、体調はどう?」


 心配そうに夏乃が尋ねた。


「最近はだいぶ安定してきたよ。初めの頃は、迷惑をかけてすまなかったね」

「迷惑だなんてぜんぜん思ってない。思うわけないよ、お父さん」

 

 大樹さんが入院してからもう半年以上経っている。大樹さんが患っているのは幻覚や幻聴、異常行動などを引き起こす精神病だ。難病で、入院してからしばらくは症状がひどく、大変な入院生活だったという。


 お互いに近況報告を済ませ、何気ない会話を繰り返していると、大樹さんは少し神妙な顔でこう口にした。


「夏乃。ちょっとのどが渇いたから温かいお茶を買ってきてくれないか」

「うん、緑茶だよね。買ってくるよ!」


 夏乃が病室から出て行ったあと、大樹さんが口を開いた。


「さて、春。クラスで友達はできたかい?」

「……」 


 どう答えようか迷ってしまう。大樹さんには心配をかけたくない。でも、嘘もつきたくない。


 ……悩んだ末、正直に話すことにした。


「いや、まだクラスに友達は……いない」

「……そうか」


 どこか申し訳なさそうな表情で大樹さんがそう呟き、続ける。


「君がそんな風に育ったのは……いや、この言葉は君を責めているわけじゃない。これはきっと、僕のせいなんだ。僕が、あの時―――」

「大樹さん」


 ……違う。それは、違う。


 俺は少し強めの口調で大樹さんの話を中断させる。


「大樹さんのせいじゃない。それは絶対に違う。俺はあの時、大樹さんに救われたんだ。どうしようもなく辛い日々を……救ってくれたんだ。大樹さんがいなければきっと、俺はどこかでくじけてた。今、俺がこうして生きているのは、大樹さんのおかげなんだ。まだ、俺には………弱い心を捨てきれない俺には、心配しなくても大丈夫だなんてとても言えないけど……。もう、そんなことは言わないで欲しい」

「……ありがとう」

「お礼を言うのはこっちの方だよ。ありがとう、大樹さん」


 ちょうど話が途切れたタイミングで、夏乃がペットボトルのお茶を持って帰ってきた。


「お父さん、お茶買って来たよ。って、どうしたの?」


 大樹さんの僅かに潤んだ瞳を見たからか夏乃が問いかける。


「なんでもないよ。ただ、2人に会えて嬉しかっただけだよ」

「ふふっ。そうなんだ。ならもっと面会に来ちゃおうかな?」


 夏乃は嬉しそうだ。


「いや、何度も言っているけど、君達は勉強や友達を優先しなさい。僕はもう元気だよ。面会なんて本当にたまにでいい」

「う~ん。お父さんがそういうなら……」


 しぶしぶ、といった感じに夏乃は頷く。


「そろそろ面会時間も終わりだろう? 2人で仲良く気をつけて帰りなさい」


 俺たちは別れの挨拶をし病室を後にした。

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